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第二章 神女の憂鬱
神女のさだめ2
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「神女様の座に就けるのは、ご承知の通り、我が国の第一王女様です。王女様がお一人もお生まれにならなかった御世は、〈黄昏時〉と呼ばれます」
「なぁに、それ。まずいことでも起きるの?」
「とてもまずいです。神殿勤めの者たちに張り合いがなくなります」
その程度なら神女がいようといまいと、ちっとも不都合がないのではないか──などと言ったら、いくらエファリューでもただでは済まなさそうだ。黙って、アルクェスの口から語られる神女の条件に耳を傾け、疑問が浮かべば問いかけた。
「エメラダは五つから神女の座に就いたのよね? それはどういう理由で?」
「先代様のお加減が芳しくなく、お務めを果たせなくなったからです」
神女は基本的に、神殿に通って祭壇に鎮座していられる限り、年齢の区切りはないという。本人が退位を望むか逝去するかが、神女の代変わりの「頃合い」だ。
エメラダの叔母である先代神女クレイラ姫は、二十六歳という若さで胸に不治の病を抱え、早々に座を退いたのだという。エメラダが神女となると間もなく、後を託すように眠りについたそうだ。ミアの話と相違ない。
「あの御方も素晴らしい神女様でした。わたしはエメラダ様にお仕えする身と定められてはおりましたが、神の教えを志し、初めて祈りを捧げたのはクレイラ様です。病さえなければ現在も、祭壇から包み込むような微笑みで見守っていてくださったことでしょう」
細められた空色の瞳は、エメラダを語る時と似通った眼差しをしている。彼にとってはクレイラもエメラダもまさしく神女、信仰の対象ということであろう。
ロニー卿との噂について知っているのか、下世話な探りを入れてみたいところだが今は堪えて、薄っすら感じる闇にエファリューは切り込む。
「でも叔母様がいつまでも神女の座に居座っていたんじゃ、せっかく育て上げたエメラダをお披露目できないわね」
「まさかそれもメラニー姫に伺ったのですか?」
食い気味に尋ねるアルクェスの顔には、驚きと怒りと……悲しみが滲む。
どんな追及を受けても、エファリューはそらとぼける用意をしていたのだが、彼があまりにも直情的な反応を見せるので、面食らってしまった。それをアルクェスがどう受け取ったかは定かでないが、わずかに傷付いたような面を伏せて、彼は呟いた。
「信じてください、エファリュー。わたしは……ハルストレイム家は、クレイラ様を殺めてなどおりません」
眉を顰めるエファリューに、彼はとうとう神女にまつわる全てを白状した。
「第一王女様の御誕生に併せて、侯爵または伯爵家から一名、教育係として側付きが選ばれます。神殿の外の者を付ける最たる目的は、閉鎖的な神殿内において、特定の神官と神女様を結びつけることで派閥が生まれ、神の教えが分断するのを防ぐためです」
しかし神殿内に撒かれなかった争いの種は、外で芽吹いたと彼は嘆く。
「側付きを輩出した家の中には、身内が仕える王女様が長く神女様の座にあることを、家名を盛り立てる誉れと捉える者も少なからずいるのです。神女様を貴族の見栄の張り合いに利用するとは、なんと愚かで罰当たりなことか」
アルクェスの苦々しい顔が、彼はそんな思惑などとは全く別の場所にいることを証明している。
「そのような背景があるため、代変わりには黒い噂がつきものではあるのです。先代様のように、在位が短かった場合などは特に」
「黒い噂って……」
「畏れ多くも、当代の神女様を退位に追い込むため、次代を擁立する側があれこれ画策することです」
ハルストレイム家が一枚噛んだとか殺めただとかの不穏な言葉が、闇の中で形を成していく。事故や病に見せかけて……ということか。
過去、たいへん長寿の姫が神女を務めていた折りには、二代に渡る神女候補がその席を待つこととなり、笑顔の裏で恐ろしい椅子取り合戦が繰り広げられた記録もあるという。
「つまり……」
エファリューはようやく青ざめるしかない真実に辿り着いた。
「次の神女候補が生まれたら、わたしも暗殺の危険と隣り合わせってことじゃない!」
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