36 / 114
第二章 神女の憂鬱
神女のさだめ
しおりを挟む「サラにおかしなことを吹き込んだのは貴女ですか、エヴァ!」
ミアに差し出された濡れ布巾で、アルクェスは口紅を拭き取る。白い肌を染めるのは、拭いきれない紅の色か、それとも隠しきれない動揺の色か。
エファリューは長椅子にゆったり寝そべり、挑発的に笑む。
「なんのことかしらぁ? そんなことより、お腹が空いたわ。ミア、何か作ってきてちょうだい。ぱぱっとじゃダメよ? わたしのために、じっくりと腕によりをかけたフルコースでお願い」
料理人でもないのにそんなの無理だ、と言いたいところだが、ミアは姫の意を汲み、ぺこりと頭を下げるや部屋を出ていった。
「エヴァ、勘違いをされては困ります。身代わりの代償として、貴女の生活を保証する約束はしましたが、侍女たちを侮っていいと誰が言いましたか」
「あら、ごめんなさい。わたしもまだ神女様に関わるすべてを教えられたわけではないから……、貴方のお望み通りのエメラダ様にはなれないみたいで」
怪訝な顔の教育係を、指一本で引き寄せて着席させる。
「神女の座について、隠していることがあるなら教えなさい」
「唐突に何です? 隠していることなどありませんよ」
「嘘おっしゃい。代変わりについて、何も聞いていないわ」
メラニーという妹の存在を目の当たりにしたことで、王族の系譜を考え直したのだと誤魔化してエファリューは切り出す。
「面倒な親戚付き合いから切り離された環境に満足して、考えもしなかったわたしもどうかしていたけれど、貴方も敢えて考えさせないようにしていたんじゃなくて?」
「そんなつもりはありません。ただ……貴女の仰る通り、問われませんでしたし、わたしには何ら特別なことではなかったので、お伝えするのを忘れていたかもしれません」
喰えない男だとエファリューはほぞを噛んだ。
代変わりの裏に、知ればエファリューが断るだろうと彼に思わせるだけの何かがあるに違いないのだ。もっと冷静でいれば気付けたはずなのに、あの時は夢のような好条件にすっかり舞い上がってしまっていた。
「しかしどうしたのです? 急にそんなことを言い出すなんて、やはりメラニー姫が何か……」
例によって、敬虔な信奉者は穏やかでない目だ。
ミアにまで累が及ばなければ、生意気な小娘などエファリューの知ったことではないので、否定はせずにおいた。気付かれないよう飲み込んだあくびを利用して潤ませた瞳で、上目遣いにアルクェスを見つめる。
「いろいろ、噂を聞かされたわ。代変わりがどうのと言っていたけど、何のことだか……。さっぱり分からないから不安で、何も言い返せなかったわ……」
ぷるぷると肩まで震わせるといかにも、か弱い子兎のようだ。
「エ、エメラダ様……なんとおいたわしい」
時計は、あと四周ほど針を回さなければ朝にならない。アルクェスの眠気と疲労はとっくに限界に達していて、まともな判断がつかなくなっていた。
「わたしに分かるように、アルに教えてほしいの。おねがい」
「くっ……その顔でお願いとは姑息な……まさしくエヴァの子か」
踊らされていると感じながらも、アルクェスはエメラダに逆らえない。上手に顔を使ったエファリューの勝ちだ。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても
千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活
束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。
初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。
ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。
それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。
お幸せに、婚約者様。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。
捨てられ妻ですが、ひねくれ伯爵と愛され家族を作ります
リコピン
恋愛
旧題:三原色の世界で
魔力が色として現れる異世界に転生したイリーゼ。前世の知識はあるものの、転生チートはなく、そもそも魔力はあっても魔法が存在しない。ならばと、前世の鬱屈した思いを糧に努力を続け、望んだ人生を手にしたはずのイリーゼだった。しかし、その人生は一夜にしてひっくり返ってしまう。夫に離縁され復讐を誓ったイリーゼは、夫の従兄弟である伯爵を巻き込んで賭けにでた。
シリアス―★★★★☆
コメディ―★☆☆☆☆
ラブ♡♡―★★★☆☆
ざまぁ∀―★★★☆☆
※離婚、妊娠、出産の表現があります。
どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら
風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」
伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。
幼い頃から家族に忌み嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。
それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。
何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。
そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。
学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに!
これで死なずにすむのでは!?
ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ――
あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる