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第二章 神女の憂鬱

神女のさだめ

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「サラにおかしなことを吹き込んだのは貴女ですか、エヴァ!」

 ミアに差し出された濡れ布巾で、アルクェスは口紅を拭き取る。白い肌を染めるのは、拭いきれない紅の色か、それとも隠しきれない動揺の色か。
 エファリューは長椅子にゆったり寝そべり、挑発的に笑む。

「なんのことかしらぁ? そんなことより、お腹が空いたわ。ミア、何か作ってきてちょうだい。ぱぱっとじゃダメよ? わたしのために、じっくりと腕によりをかけたフルコースでお願い」

 料理人でもないのにそんなの無理だ、と言いたいところだが、ミアは姫の意を汲み、ぺこりと頭を下げるや部屋を出ていった。

「エヴァ、勘違いをされては困ります。身代わりの代償として、貴女の生活を保証する約束はしましたが、侍女たちを侮っていいと誰が言いましたか」
「あら、ごめんなさい。わたしもまだ神女様に関わるすべてを教えられたわけではないから……、貴方のお望み通りのエメラダ様にはなれないみたいで」

 怪訝な顔の教育係を、指一本で引き寄せて着席させる。

「神女の座について、隠していることがあるなら教えなさい」
「唐突に何です? 隠していることなどありませんよ」
「嘘おっしゃい。代変わりについて、何も聞いていないわ」

 メラニーという妹の存在を目の当たりにしたことで、王族の系譜を考え直したのだと誤魔化してエファリューは切り出す。

「面倒な親戚付き合いから切り離された環境に満足して、考えもしなかったわたしもどうかしていたけれど、貴方も敢えて考えさせないようにしていたんじゃなくて?」
「そんなつもりはありません。ただ……貴女の仰る通り、問われませんでしたし、わたしには何ら特別なことではなかったので、お伝えするのを忘れていたかもしれません」

 喰えない男だとエファリューはほぞを噛んだ。
 代変わりの裏に、知ればエファリューが断るだろうと彼に思わせるだけの何かがあるに違いないのだ。もっと冷静でいれば気付けたはずなのに、あの時は夢のような好条件にすっかり舞い上がってしまっていた。

「しかしどうしたのです? 急にそんなことを言い出すなんて、やはりメラニー姫が何か……」

 例によって、敬虔な信奉者は穏やかでない目だ。
 ミアにまで累が及ばなければ、生意気な小娘などエファリューの知ったことではないので、否定はせずにおいた。気付かれないよう飲み込んだあくびを利用して潤ませた瞳で、上目遣いにアルクェスを見つめる。

「いろいろ、噂を聞かされたわ。代変わりがどうのと言っていたけど、何のことだか……。さっぱり分からないから不安で、何も言い返せなかったわ……」

 ぷるぷると肩まで震わせるといかにも、か弱い子兎のようだ。

「エ、エメラダ様……なんとおいたわしい」

 時計は、あと四周ほど針を回さなければ朝にならない。アルクェスの眠気と疲労はとっくに限界に達していて、まともな判断がつかなくなっていた。

「わたしに分かるように、アルに教えてほしいの。おねがい」
「くっ……その顔でお願いとは姑息な……まさしくエヴァの子か」

 踊らされていると感じながらも、アルクェスはに逆らえない。上手に顔を使ったエファリューの勝ちだ。


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