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第一章 闇魔女はスパルタ教師に囲われる!?

エファリューの本気2

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「──エヴァ、明日は試験をしようと思います」

 クリスティア建国八百年の歴史を、夢現に聞いていたら、突然そう告げられた。
 今回に限り、随分とエメラダの出仕が遅れているのではないかと、神殿から催促があったという。

「その時々で前後はありましたが、さすがにこれ以上引き伸ばしては、要らぬ詮議を受けるやもしれません。明日、貴女を試します。そこで及第点を満たしたなら、すぐにでも出仕していただきましょう」
「不合格なら行かなくていいということかしら?」
「愚かですね、エヴァ。その時は神官どもを抑え込み、あなたには残る日程で、眠る暇も子竜に会う暇も与えず、骨の髄まで叩き込んでもらうだけですよ」
「うひぃ……」
「ないとは思いますが、もし、わたしを納得させるだけの合格点を叩き出したなら、この契約の中で叶えられる範囲の願いであれば、何でも叶えてあげましょう」

 アルクェスは強気だ。どうせ無理だとたかをくくっているが、少しでもエファリューの競争心に火が点けばと煽る。
 エファリューも勿論そんなことは承知だが、「何でも願いを叶えてもらえる」とあらば、挑戦するにやぶさかではない。

「二言はないわね、アル?」
「勿論ですとも」

 それでエファリューは、どんな願いにするか夢を膨らませるのに大忙しで、その後の講義はほとんど上の空だった。これでは到底、明日の試験なんて文字通り、無理難題というものだ。


 ◇  ◇  ◇


 教育係の執務の都合で早めに講義が終わったので、湯浴みまでの時間をエファリューは自由に過ごすことができた。その上、城に落ちた日のスコーン以来、初めて間食にありつけた。
 ご機嫌の足取りで庭園を巡りながら、願い事を検討していると、不意に足元から声を掛けられた。
 生垣の根元に黄金色の頭が揺れている。見れば、マックスが地に這いつくばって、落ちた枯葉や枯れ枝を拾っていた。

「ご機嫌麗しゅう、。聞いたぞ、明日はアル先生の試験なんだって?」
「ええ、そうなの。合格してご褒美を貰うのよ。だけど願い事が多すぎて決まらないの」
「そうかい、そうかい。それは楽しみだな」

 マックスは無精髭を撫でて、大笑いしたいのを堪えているようだ。それから作業ズボンのポケットに手をやると、大きな拳を握ってエファリューの眼前に差し出した。

「じゃあ明日、ちゃんと頑張れるように、お嬢さんにこれをあげよう」

 ごつごつした指に、たくさんのマメの痕をこさえている。出来ては潰れてを繰り返してきたのだろう、すっかり固く根付いている。まるで武人の手だとエファリューは印象を抱き、庭師の仕事のハードさを垣間見た。
 マックスの手のひらには、闇の珠が十個から乗っていた。すべて庭園で掘り当てたものだという。
 エファリューは大感激だ。先日、気付いたが、ここで獲れる闇の珠は非常に魔力が濃厚で美味だったのだ。光の加護に満ちたこの地だからこそ、生き残った闇は普通より濃いのだろう。

「マックス! ありがとう、大好き!」

 ぎゅっと抱きつくと、マックスの体はアルクェスとまるで違う、厚く堅い腰回りをしていた。

「おいおい、アル先生から合格を貰いたかったら、こんなことは御法度だろう?」
「はっ……! そうね、マックスにまで迷惑をかけたらいけないわ。これはありがたく頂戴して、明日に臨むわね」
「おう、頑張れ」
「マックスも。だけどもう日が傾いてきたわ。そろそろお疲れ様の時間よ」
「はいはい、姫様が仰せなら、遠慮なく仕事を切り上げさせてもらうかね」

 その晩、珍しくも勤勉なことに書斎で試験勉強に励みながら、エファリューは甘美な闇を舌の上で転がした。一つ、二つと放るたびに頭は冴え、体の疲れは癒えていく。
 いよいよ珠を食い尽くすと、途端に眠気がやって来た。侍女のミアに手を引かれ寝室へ向かうまでに、一枚、二枚と扉をくぐる。
 そうして寝台に寝転んだエファリューは、アルクェスへの願い事をとうとう見つけた。

「そうだわ。どうして今まで気付かなかったのかしら!」

 もうこれしかない、と心に決めて、明日に向けて瞳を閉じた。



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