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第一章 闇魔女はスパルタ教師に囲われる!?
うまい話には裏があったけど、やっぱりうまかった。2
しおりを挟む「スフェーンの城郭都市ファン・ネルでは、随分と優雅な暮らしをしていたようですね」
背中しか見えないが、とても美しい笑顔をしているのだろうとエファリューは眉を顰めた。嫌味なくらいに綺麗な笑顔を肩越しに見透かすと、彼の口調は穏やかだが冷たい。
「エファリュー・グラン。二十歳」
アルクェスの長い人差し指と中指に挟まれているのは、エファリューの通行証だ。エファリューはシーツの上から胸を抱いた。遠出する時は失くしたり盗まれたりしないように、素肌に付ける胸当ての、底上げ部材の中に埋め込んでおくのだ。それを彼に引き摺り出されたのかと思うと、かっと顔が熱くなった。
素性は全て調べ尽くしたと彼は言う。
「……その歳にして、あれだけの借金を作るとは、たいしたものです。しかしおかげで、こちらとしては貴女を繋ぎ止める理由ができました」
「まあ。たいそうなご身分の御方が、吹いたら折れてしまうような、か弱い野の花のようなわたしを脅そうって言うの?」
「野の花は踏みつけたくらいで、枯れやしません」
すっぱりと彼は言い捨てる。
「貴女の作った借金は全て、わたしが清算いたしました。もう覚悟を決めなさい、貴女はわたしに買われたのです」
「あら、それはありがとう! だけどわたしは、貴方にはなんの義理もありませんから、逃げ出すことに一切の抵抗も感じないわ!」
「そうですか。それはとても残念です」
アルクェスは通行証を懐にしまうと、代わりに親指と人差し指に何かをつまみ直して、肩越しにエファリューに見せつけた。
薄く透き通った空色の、未熟な鱗だ。
「罪のない命を奪いたくはないのですがね」
「このっ……外道!!」
「金にだらしない咎人に言われたくありません」
さ、どうします──と、彼は嗤った。
選択肢などなかった。
「……わかったわ。あの子の命を保証してくれるのなら、エメラダを名乗ってやってもいいわ」
エファリューはすべらかな音を置き去りに寝台を降りて、アルクェスのもとへ歩み寄る。いつまでも背を向けたままの男に腹が立って、エファリューは彼の肩を掴んで振り向かせた。
「だからとっとと、この名も無きわたしに、姫のドレスとやらを着せてちょうだい」
紗を透かした光に、惜しみなく裸身を晒す。もう彼に対して遠慮も媚びも要らないので、ちっとも恥ずかしくなかった。
寧ろ意外なことに、アルクェスの顔の方がみるみる真っ赤に染まっていく。
「み、みだりに人前で肌を晒すものではありません!」
「なによ、どうせ貴方が脱がせたか、脱がさせたかしたんでしょ?」
「それは……──サ、サラっ!!」
ここに、とどこからともなく赤毛の侍女が現れた。
「姫様にお召し物を!」
「承知いたしました」
大きなため息をついて、エファリューに背を向けた彼は耳の端まで真っ赤だ。
(おやおやぁ?)
サラに、続き間へ連れていかれながら、エファリューはにまにま笑った。エファリューに比べたら些細なものだが、弱みを握っておくに越したことはない。
(裸ひとつで真っ赤になるなんて、意外と可愛いものじゃない)
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