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イードとの出会い
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しおりを挟むあまりに呆気なく閉ざされた扉に、フェリチェは拍子抜けするとともに、何か釈然としない思いがして立ち上がる。
「ちょっと待てええええ!!」
フェリチェは思わず、木戸を開けて青年の家に乗り込んでしまった。
「え、なに……」
「こういう時は普通、ほとぼりが冷めるまでどうとか言って、傷付いたフェリチェを匿ってくれるものじゃないのか!」
青年は迷惑そうでこそないが、困惑している様子だ。
「えええ、そうでもないと思うけど。それに君、人間が苦手そうなこと言ってなかった?」
「はっ。そうだった! ……ちょっと待て。フェリチェは何だかおかしいぞ……。体もふわふわしてるし、頭もぼーっとする」
「もしかして、あいつらに酒でも飲まされた? ……なるほど。その様子じゃあ、フェネットが表を歩くのは確かに危ないね。じゃあ正気に戻るまで、ここでゆっくりしていきなよ。もちろん、君がいいならだけど……ね?」
彼にフェリチェを引き留める気はないらしい。あくまで選ぶのはフェリチェだと、回答を待っている。
「くっ……見知らぬ街をこのままうろつくのは、さすがにフェリチェも賢明とは思えん。背に腹はかえられぬ……。しばし世話になるぞ……」
「どうぞ、ごゆっくり」
おずおずと敷居をまたぎ、フェリチェは青年の住まいをさりげなく検分した。
居間の壁のほとんどが棚で埋められており、難しそうな書物が整然と並んでいる。何卓か並んだテーブルには雑多な物が置かれ、離れていてもフェリチェには匂いで薬草や薬品の類だとわかった。
「空いてる椅子にてきとうに座って。寒ければ毛布も出そうか。……そんなに警戒しなくても、物は多いけど、掃除と洗濯はまめにしているから大丈夫だよ」
「……お前、学者か? こういうの、人間の学校で見たことあるぞ」
「顕微鏡。ものをより精密に視るためのものだよ」
今は芋のデンプン質を調べているところだと、器具を覗かせてくれたが、フェリチェには何のことかさっぱりだ。
「学校っていうのは、アンシアのかな?」
「そうだ。フェリチェはアンシアのフェネットの長フェリクスの長女だ」
「そう」
希少種の姫と告げても、彼の表情はひとつも変わらなかった。
「俺はイェディェル。ご覧の通り、学者あるいは研究者で通ってる」
「イ……エ……」
「発音が難しい? イードでいいよ。みんなそう呼ぶ」
「イード」
「そう、上手上手」
褒められて心なしか気を良くしたフェリチェは、大きな耳が勝手にぴこぴこ動いた。
「フェリチェはな、仲のいい娘たちからはチェリと呼ばれているぞ」
「チェリ? 人族語の桜桃に似た響きで、可愛いね」
不意に微笑みかけられ、フードの奥に覗く瞳と視線が絡んだ途端、フェリチェは急に頬が熱くなるのを感じた。
「か、可愛いだと……? ふ、ふんっ。そんなことを軽々しく言うオスは信用しない!」
飛び退るようにその場を離れるも、まだ酔いの醒めない頭はふらふらして、またもつまずいてしまった。その拍子に、近くにあったソファに、はからずもお邪魔する形となってしまう。
「せっかくだから、お茶でも淹れようか」
「い、要らん! 今は仕方ないから休ませてもらっているが、長居をするつもりはない! 施しも受けんぞ!」
「そう? なら特にお構いしないよ。俺はこれからご飯にするけど……」
「好きに食え。フェリチェのことは気にするな」
「なら、遠慮なく」
外套を脱いで台所に立つイードを、フェリチェも遠慮なく観察した。
歳の頃は二十代前半といったところで、ぱっと目を引くわけではないが、端正な顔立ちをしている。フードが払われ、露わになった黒髪は少し癖が強く、ふわふわといかにも柔らかそうだ。
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