上 下
6 / 74
イードとの出会い

2

しおりを挟む

 あまりに呆気なく閉ざされた扉に、フェリチェは拍子抜けするとともに、何か釈然としない思いがして立ち上がる。

「ちょっと待てええええ!!」

 フェリチェは思わず、木戸を開けて青年の家に乗り込んでしまった。

「え、なに……」
「こういう時は普通、ほとぼりが冷めるまでどうとか言って、傷付いたフェリチェを匿ってくれるものじゃないのか!」

 青年は迷惑そうでこそないが、困惑している様子だ。

「えええ、そうでもないと思うけど。それに君、人間が苦手そうなこと言ってなかった?」
「はっ。そうだった! ……ちょっと待て。フェリチェは何だかおかしいぞ……。体もふわふわしてるし、頭もぼーっとする」
「もしかして、あいつらに酒でも飲まされた? ……なるほど。その様子じゃあ、フェネットが表を歩くのは確かに危ないね。じゃあ正気に戻るまで、ここでゆっくりしていきなよ。もちろん、君がいいならだけど……ね?」

 彼にフェリチェを引き留める気はないらしい。あくまで選ぶのはフェリチェだと、回答を待っている。

「くっ……見知らぬ街をこのままうろつくのは、さすがにフェリチェも賢明とは思えん。背に腹はかえられぬ……。しばし世話になるぞ……」
「どうぞ、ごゆっくり」

 おずおずと敷居をまたぎ、フェリチェは青年の住まいをさりげなく検分した。
 居間の壁のほとんどが棚で埋められており、難しそうな書物が整然と並んでいる。何卓か並んだテーブルには雑多な物が置かれ、離れていてもフェリチェには匂いで薬草や薬品の類だとわかった。

「空いてる椅子にてきとうに座って。寒ければ毛布も出そうか。……そんなに警戒しなくても、物は多いけど、掃除と洗濯はまめにしているから大丈夫だよ」
「……お前、学者か? こういうの、人間の学校で見たことあるぞ」
「顕微鏡。ものをより精密に視るためのものだよ」

 今は芋のデンプン質を調べているところだと、器具を覗かせてくれたが、フェリチェには何のことかさっぱりだ。

「学校っていうのは、アンシアのかな?」
「そうだ。フェリチェはアンシアのフェネットの長フェリクスの長女だ」
「そう」

 希少種の姫と告げても、彼の表情はひとつも変わらなかった。

「俺はイェディェル。ご覧の通り、学者あるいは研究者で通ってる」
「イ……エ……」
「発音が難しい? イードでいいよ。みんなそう呼ぶ」
「イード」
「そう、上手上手」

 褒められて心なしか気を良くしたフェリチェは、大きな耳が勝手にぴこぴこ動いた。

「フェリチェはな、仲のいい娘たちからはチェリと呼ばれているぞ」
「チェリ? 人族語の桜桃チェリーに似た響きで、可愛いね」

 不意に微笑みかけられ、フードの奥に覗く瞳と視線が絡んだ途端、フェリチェは急に頬が熱くなるのを感じた。

「か、可愛いだと……? ふ、ふんっ。そんなことを軽々しく言うオスは信用しない!」

 飛び退るようにその場を離れるも、まだ酔いの醒めない頭はふらふらして、またもつまずいてしまった。その拍子に、近くにあったソファに、はからずもお邪魔する形となってしまう。

「せっかくだから、お茶でも淹れようか」
「い、要らん! 今は仕方ないから休ませてもらっているが、長居をするつもりはない! 施しも受けんぞ!」
「そう? なら特にお構いしないよ。俺はこれからご飯にするけど……」
「好きに食え。フェリチェのことは気にするな」
「なら、遠慮なく」

 外套を脱いで台所に立つイードを、フェリチェも遠慮なく観察した。
 歳の頃は二十代前半といったところで、ぱっと目を引くわけではないが、端正な顔立ちをしている。フードが払われ、露わになった黒髪は少し癖が強く、ふわふわといかにも柔らかそうだ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

処理中です...