恋喰らい 序

葉月キツネ

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恋喰らいとして

私の仮説

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 結局時間をつぶす方法は適当な小説を買ってお茶を飲むこと以外思いつかなかった。
 近くの本屋で話題になっている文庫本を購入し、コーヒーチェーン店に入った。昼ごろではあるが幸い数席空いている。それでも席が混んでいるのは、談笑を楽しんでいる妙齢の女性グループ、真剣なまなざしでパソコンを見つめながら作業をしているスーツの男性、若い夫婦など様々な人間がひしめき合っているからだ。
 購入した本の題材は「浮気」。重い作品でなく、妻にばれないように工作をするが、ボロが出てばれかける夫を面白おかしく作品にしたコメディものだ。近々実写の映画化もする人気作品らしい。
 浮気というと現実で考えると最低な行為ではあると思うが、今見まわしているこの中に浮気をしたことがある人がいるかもしれないし、今現在している人もいるかもしれない。人間の心は、動きやすいものだと思う。母親がいても、私の無意識な誘惑に耐えられなかった父のように。私が特別なのは自覚しているけど、それはあくまできっかけだ。父が母親を裏切る行為に及んでしまったことに私は腹を立てている。
 きっかけを与えた私は仕方ない、恋喰らいとしての体質のようなものだ。私を責める人はいない、自分自身も含めて。
 
 小説を読んでみると結構面白い。流されやすく、自分に甘い主人公が浮気をしてしまい、自分の保身のために嘘を重ねていく。それが不思議とばれず、嘘が本当にその通りになってしまって引っ込みがつかなくなり、いつ嘘が崩れるのかが読めないあたりがとてもよかった。話の緩急があって読むとどんどん時間を忘れてのめりこんでいった。最後は男が周りから信頼を失って一人身になるという今までのしっぺ返しを食らう結末まで含めていい作品だった思う。映画が公開されたら見に行ってみようかと思える小説だった。
 小説の中で浮気相手と会うシーンで主人公は「浮気はお菓子のように甘い」と言うシーンがある。それがとても印象的で気になった。いけないこと、禁止されている事を行うことで感じる罪悪感とは裏腹に、わくわくとした感じを覚えるのは今日のズル休みで私は感じた。浮気とズル休みでは規模は違う、だが本来やってはいけないという根本事態は変わらないはずだ。
 罪悪感を持つ気持ちは昨日の味と近いのではないか、妻がいるのに、実の娘に向けてしまった気持ち。罪悪感を募らせてあんな甘美な味になったのかもしれない。時間つぶしで私は新しい仮説を一つ得たのだった。
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