反逆の英雄と吸血鬼の姫君

嶋森航

文字の大きさ
上 下
14 / 35

可愛い君のため

しおりを挟む
「浮かない顔をしていますわね」
「まあね」

 週末、クラムデリア城に帰ると、ミーシャちゃんは変わらず出迎えてくれた。気遣わしげな声が心地よく耳を鳴らす。

「って、なんか作ってたの?」

 視線を落として色々なことを考え込む形だったので、ミーシャちゃんの服装を見て一瞬息が詰まる感覚があった。普段の淡緑を基調としたドレスに黒のエプロンを身につけている。

「ええ、焼き菓子を作っておりましたわ」

 なぜわざわざ焼き菓子を、と思い至ったところで、口が勝手に動いた。

「もしかして俺が帰ってくるのを楽しみにしてたとか?」
「そ、そんなことないですわ!」
「照れちゃって可愛いなぁ」

 やっぱりミーシャちゃんとの会話は和む。思わず頭に手が伸びた。自分とは何もかも違う絹糸のような艶を放つ髪は、触り心地が段違いだ。

「もー、撫でないでくださいまし!」

 もー、だって。なんだこの可愛い生き物は。ミーシャちゃんは紅く染まった頬をパタパタと仰ぎつつ、視線を背ける。

「でもまあ、貴方が帰ってくると思って準備していたのは認めますわ。余計な話をしてないで、早く座りなさいな」
「ああ、ありがとう」

 椅子を引いてくれたので、素直に腰を据える。窓の外に目を向けると、今にも雨が降り出しそうな曇天だった。
 一度部屋を出て行ったミーシャちゃんは、さらに盛り付けた焼き菓子と紅茶を盆に乗せてすぐに戻ってきた。

「それで、悩み事はなんですの?」

 単刀直入に尋ねてくるが、どう説明していいのか頭の中でまとまらない。そして思いついたことをポンと言い放った。

「なあ、ミーシャちゃんは俺が魔法を使えるかもって言ったら驚く?」
「驚く、というよりは、頭がおかしくなったのかと心配しますわね」

 何を言うのかと思えば、と深くため息をつく。この世界で魔法を使える人間は歴史上にも一人としていないのだ。そのような反応をするのも当然と言えよう。
 なかなか言葉での表現は難しい。魔法というより、魂の内側から捻り出すような不気味な代物だ。そして目に映ることはない。魔法以上の的確な言い表し方が見つからなかった。

「今度武闘大会っていうのがあるんだけど」
「ええ、知っておりますわ。魔術大会でもいいのに、魔法の使えない人間も参加するため、武闘大会なんて物騒な名前がついていますわね。それがどうかしたのかしら?」

 武闘大会と言えば、確かに武によって決着をつけるもので、野蛮なイメージは拭えない。魔法学校ならば魔法学校らしく、別に魔術大会でも誰も文句は言わないだろうに、変なところで律儀というかなんというか。

「出ようと思ってるんだ」
「何を考えておりますの!?」

 今度はドン引きするのではなく、逆に距離を詰めてきた。手に持っていたクッキーを握り潰してしまうほどの驚きだったらしい。欠片が幾つも頬を掠めた。

「そんなに驚くこと?」
「本気で気が狂ったのかと思いましたわ」
「どうして?」
「クラムデリア魔法学校の武闘大会は、吸血鬼のための大会ですのよ。国賓が招かれる時だけは、学校が体裁を保つために人間も出場させて、ワザと善戦に見せかけて最終的には吸血鬼が勝ち、人間を穏便に退場させますの。裏を返せば、それほど人間には不利な大会なのですわ。悪いことは言いませんわ。辞退しなさいな」

 つまり、元々人間の出る幕は無いということだ。ミーシャちゃんの口ぶりだと、今年は国賓が招かれないらしい。

「いやぁ、ちょっと色々あってなぁ。できそうにないや」

 俺は歯切れ悪く視線を彷徨わせるしかなかった。これほどの拒否反応を示されるとは思っていなかったのだ。

「はあ、一応理由を聞いておきましょうか」
「吸血鬼に喧嘩を売られた」

 俺が自信満々にそう告げると、ミーシャちゃんは頭を抱えた。

「そんなことだろうと思いましたわ。あれほど関わるのは極力避けなさいと申し上げたのに。絡まれても全速力で逃げればわざわざ追ってくることはないとあれほど」
「だってしょうがないだろう。人間の女子生徒が貴族の吸血鬼に難癖つけられてたんだ」

 ミーシャちゃんを馬鹿にされたから、とは口が裂けても言わない。根本の原因はシェリルが絡まれていたのを助けたことだし、そもそも武闘大会に出なくてはいけなくなったのは、あいつらが執拗に絡んできたからだ。

「デグニス・ドラーゲルのことを尋ねてきたのはそういう理由だったのですね」
「いや、まあ」

 あの侯爵家は王都でも評判が悪いですからね、とため息をつく。やっぱり思想の偏りで腫れ物扱いされているのか。それに気付かないのは滑稽と言う他ない。

「武闘大会の期間だけ、欠席してもよろしいのではないかしら?」
「それだけはダメだ」

 理不尽な現実が目の前で起こっていて、それを認知しながら敵前逃亡するというのは絶対にしたくない。たとえ当たって砕けたとしても、悔いは残らないだろう。

「その目をするときの貴方は危なっかしく見えますわ」
「目が据わってる?」
「そうですわね」
「はは、面目ない」
「いいですの? 絶対に無理はしないこと。別に負けたって誰も気にはしませんわ」

 そうは言うが、デグニスとかいう貴族は俺に恥をかかせるために土俵へと引き込むつもりなのだ。勝利と敗北という単純な二択の結果が待っているはずがない。その過程は目を覆いたくなるほどの展開になるかもしれないのだ。
 これはただの自己満足だ。止められようとも突き通す。ミーシャちゃんにわざわざこの話をしたのは、許可を貰うためではない。俺が戦うという事実を知って欲しかっただけ。

「死なない程度に頑張ることにする」
「心配ですわ……」

 煩慮に喘ぐように、頭を拳でグリグリと押す。俺は苦笑いで誤魔化した。ミーシャちゃんが入れた紅茶は、とうに冷め切っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!

石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。 クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に! だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。 だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。 ※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。

異世界転生漫遊記

しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は 体を壊し亡くなってしまった。 それを哀れんだ神の手によって 主人公は異世界に転生することに 前世の失敗を繰り返さないように 今度は自由に楽しく生きていこうと 決める 主人公が転生した世界は 魔物が闊歩する世界! それを知った主人公は幼い頃から 努力し続け、剣と魔法を習得する! 初めての作品です! よろしくお願いします! 感想よろしくお願いします!

夜霧の騎士と聖なる銀月

羽鳥くらら
ファンタジー
伝説上の生命体・妖精人(エルフ)の特徴と同じ銀髪銀眼の青年キリエは、教会で育った孤児だったが、ひょんなことから次期国王候補の1人だったと判明した。孤児として育ってきたからこそ貧しい民の苦しみを知っているキリエは、もっと皆に優しい王国を目指すために次期国王選抜の場を活用すべく、夜霧の騎士・リアム=サリバンに連れられて王都へ向かうのだが──。 ※多少の戦闘描写・残酷な表現を含みます ※小説家になろう・カクヨム・ノベルアップ+・エブリスタでも掲載しています

最強の赤ん坊! 異世界に来てしまったので帰ります!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
 病弱な僕は病院で息を引き取った  お母さんに親孝行もできずに死んでしまった僕はそれが無念でたまらなかった  そんな僕は運がよかったのか、異世界に転生した  魔法の世界なら元の世界に戻ることが出来るはず、僕は絶対に地球に帰る

処理中です...