反逆の英雄と吸血鬼の姫君

嶋森航

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プロローグ

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 地に這いつくばる自分の姿は、どれほど無様だろうか。目の前の男が錬成した岩は、容赦なく俺を痛めつけた。口の中は衝撃で歯や岩の破片によって裂傷を負い、血だらけになっている。
 身体も無数の青黒い痣だらけに包まれているだろう。
 皮膚感覚はとうの昔に失われ、残された底力と本能のままに身体を動かす。打たれた箇所は熱を放ち、その熱がまだ自分が倒れていないことを示すものとなっていた。
 男も先ほどまでの余裕の無い様子とは打って変わって落ち着きを見せ、今度は致命傷を与えないように長く苦しみが続くような戦法を取っている。
 それが今は逆に有り難かった。例え苦しみが長く続こうと関係ない。斃れるわけにはいかないのだ。

 ……あれ、俺何のために戦っているんだっけ。

 朦朧とする視界の中で、ふと冷静な思考が舞い降りる。

 そもそも、人間と吸血鬼という勝ち目のない戦いに参加するのを決意したのはなぜだ?  

 ああ、そうだ。あいつから参加するよう脅されたんだった。

 ならばもうこいつは満足しているはずだ。俺のことを完膚なきまでにたたきのめし、これほど圧倒的な戦力差を周囲にアピールできたのだから、当初の目的は達成されただろう。

 もしかしたら、降参するのを待っているのかもしれない。

 ならば尚更放棄するべきだろう。これ以上一方的な暴力を見るのを観客も望んでいないはずだ。

 そういえば戦いの前、この戦いは自分のためだと話していた記憶がある。

 何かを背負って戦うのでなければ、ここで降参したって誰も責めないだろう。

 俺だってこんな苦しい思いをしてまで、目の前の男を打倒したいわけではないのだ。

 もういいだろう? 俺はよく足掻いたよ。これ以上戦ったって、何も意味はない。ただ恥を晒すだけなのだ。そうだ。もう諦めよう。

 そんな風に意識を手放そうとしたその時だった。

「貴方はよくやりましたわ! もうおやめなさい!」

 聞き慣れた心地よい声が耳を広がる。今の今まで、その存在を記憶から消し去っていた。途端に意識が覚醒していくのがわかる。この俺がよくやったって? 
 こんな無様な姿を晒して、どこがよくやったんだ。今の俺は、身の程知らずにも吸血鬼に挑んで返り討ちにされただけの弱い人間だ。

 ああ、そうか。

 単純な話じゃないか。

 自分のためなんてカッコつけていたのが、そもそもの間違いだったんだ。

 自分で自分を鼓舞しても、それは虚勢にしかならず、真の力を発揮するための燃料にはなり得ない。

 きっと俺は、大切な人のためなら戦える。

 右も左も分からない俺に、この世界のことや常識、戦い方を叩き込んでくれた少女に。理不尽な現実の中で生きていても、決して弱みを見せなかった少女に。

 だから俺は戦わないといけない。俺は力を振り絞り、立ち上がった。
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