鬼畜先輩と俺

ＳＭ雑誌がお好きでしょ？

 　二十代前半の頃は、防犯のことを考えて、オートロック完備で、住民も女の子ばっかりのマンションに住んでいたが、今は普通のアパートに住んでいる。
　ワタシの身には、危険が起きなそうということにいつの間にか気付いてしまったからだ。。。
 
　さらにワタシの部屋は事故物件だから、家賃は驚くほど安い。
　相場の2割ほどだ。
　でも、安すぎはしないだろうか？
 
　ワタシには霊感がないから別に気にならないし。前に友人が連れてきた猫が、この部屋に入ってくるなり、ずっと天井に向かって唸っていたけど、、、
　別に気にしない。
　絶対に、気にしないんだ。
　気にしたら負けだ。うん。
 
　でも、ちょっと待って。
 
　ワタシ、風呂上がりでパジャマ姿なんですけど。
　しかも誰にも見せないと思ってダイエーで買った、おっさんが着るような茶色のチェック柄の。
 
　そーっと、玄関ドアに近づき、ドアスコープを覗き込む。
　そこにはロマンスグレーの似合う老紳士が、ヘルメットとレジ袋を手に、荒い息をしながら佇んでいた。
 
「夜分遅くに申し訳ございません。」
 
　もっさいパジャマの上に急いでカーディガンを引っかけただけで、部屋に迎え入れたワタシに対して、その老紳士は切り出した。
 
「女性の一人暮らしに夜分遅く、押しかけるのが無礼千万なのは承知しているのですが、しかも処女の。」
「何で知ってるんですか？」
「玄関先を見ればだいたいわかります。」
「そうなんですか？」
「私の人生経験を、なめないでいただきたいですね。」

「はぁ。あの・・・、コーヒーか何か、いかがですか？」
「いえ。お構いなく。あぁ、これ、つまらないものですが、お土産です。」
 
　近所のコンビニの袋に、何冊か本が入っているみたいだけど。
 
「わざわざ、ありがとうございます。ちなみにこれは何でしょうか？」
「何かの資料になればと思いまして、SMの専門誌です。」
「本当につまらないものを。・・・いらないです。お持ち帰りください。」
「まぁまぁ。」
「本当に結構ですから。でも、こういう本もコンビニに売ってるんですね？」
「久々にコンビニに寄ってみて、こちらとしても驚きました。すごい時代が来たもんですね。24時間いつでも買えるんですよ！」
「まぁ、・・・コンビニってそういうもんですし。」
 
「ところで、鈴木さんの会社の社長様でしょうか？　実は先ほど、鈴木さんのほうからご連絡をいただきまして。」
「世間的には社長です。ただし今は、ただの○○○さんファンとお考えください。」
 
　そう言うなり、いきなり土下座し始める老紳士。
 
「ちょっと！　やめてください。早く立って。」
 
　紳士の腕を取り、無理やりにでも立たせようとする。
　他人が見たら、この状況は何のプレイだと思うのか。
 
「お願いです！　あの小説の続きを読ませてください！！」
「いや。あのそんな。土下座なんてされるほどの作品じゃないですよ。」
「たしかにBLに興味が全くない人間にはそうでしょう！　読むだけ人生の無駄でしょう！　ＰＴＡからは怒られるでしょう！！」
「そう・・・ですよね？　やっぱり。」
 
　そのことは十分わかっていたんだけど、何か残念だ。
　何かに負けた気がする。
　もしくは何かに勝ったような気もする。
　最近、情緒不安定だ。