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Prolog
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高校生のころから、ずっと聞いている音楽がある。
わたし自身、歌は上手ではないけれど、何度も歌ってしまう曲。
もう、この世にたった一つだけしかない、私の大切なもの。
どんな曲でさえも代わりを務めることはできない、唯一無二の大切な曲。
鼻歌を奏でながら、夜の歩道を一人で歩いていく。
ちょっと心に余裕があって、コンビニなんて行っちゃおうかな、アイスなんて買っちゃおうかな、スイーツもありだな、なんて思うことができる貴重な日。
こんな日は浮足立って幸せで、少しだけ怖いと思う。
思い出してはならないことを、ふと、思い出しそうになるから。
心の奥に閉じ込めた過去が、じわりと顔を出してくるから。
コンビニについてアイスの棚をみて、今日はやっぱりスイーツにしようと決めた。
シュークリーム、エクレア、プリン、生たい焼き、ティラミス、たくさんの候補がある。
きれいに並んだスイーツ達をじっと見つめて心を決める。
シュークリームにしよう。
帰ったら紅茶を淹れて『colorful』を聞きながらシュークリームにかぶりつく。
その光景を想像して、にんまりとした笑顔が浮かんだ。
客が一人だけいるレジに向かって歩く。
足跡マークのシールの上に乗って、お行儀よく両足を揃えた。
前の客は少し背が高くて、細身の青年だ。
暗い雰囲気のある人だな、と視線を外した瞬間にポケットから覗くキーホルダーへ視線が奪われた。
衝撃が全身を襲ってきて、体が硬直する。
支払いの終わった青年は出口へ向かっていった。
シュークリームを店員に差し出して、電子マネーで払う。
早く、早くと心の中だけで店員を急かして、決済が終わると「袋は大丈夫です!」と告げて走る。
車に乗り込もうとしていた青年に駆けてゆく。
待って、お願い、行かないで。
どうか、と祈る気持ちで辿り着いて、車のドアに手を伸ばした。
「あっぶねっ」
「待って!」
「はあ?」
突然のことに驚いた青年が訝し気にこちらを睨む。
「こえーよ、なに?」
瞬間的に全速力で駆け出したので、少し息が苦しい。
しかし、息を整えている間に帰ってしまいそうだったので、なんとか言葉を喉から絞り出す。
「それ、その、キーホルダー」
「キーホルダー?」
「ポケットにさっき入れてた」
「……ああ、これがなに」
青年が視線で指した先には、やはり見覚えのある絵。
見間違いなんかじゃなかった。
見間違えるはずがなかった。
怪訝そうに眉をしかめてこちらを見ていた青年は、私の顔から目を逸らした。
「……意味が、わからねえ。なんで泣いてるんだよ」
わたし自身、歌は上手ではないけれど、何度も歌ってしまう曲。
もう、この世にたった一つだけしかない、私の大切なもの。
どんな曲でさえも代わりを務めることはできない、唯一無二の大切な曲。
鼻歌を奏でながら、夜の歩道を一人で歩いていく。
ちょっと心に余裕があって、コンビニなんて行っちゃおうかな、アイスなんて買っちゃおうかな、スイーツもありだな、なんて思うことができる貴重な日。
こんな日は浮足立って幸せで、少しだけ怖いと思う。
思い出してはならないことを、ふと、思い出しそうになるから。
心の奥に閉じ込めた過去が、じわりと顔を出してくるから。
コンビニについてアイスの棚をみて、今日はやっぱりスイーツにしようと決めた。
シュークリーム、エクレア、プリン、生たい焼き、ティラミス、たくさんの候補がある。
きれいに並んだスイーツ達をじっと見つめて心を決める。
シュークリームにしよう。
帰ったら紅茶を淹れて『colorful』を聞きながらシュークリームにかぶりつく。
その光景を想像して、にんまりとした笑顔が浮かんだ。
客が一人だけいるレジに向かって歩く。
足跡マークのシールの上に乗って、お行儀よく両足を揃えた。
前の客は少し背が高くて、細身の青年だ。
暗い雰囲気のある人だな、と視線を外した瞬間にポケットから覗くキーホルダーへ視線が奪われた。
衝撃が全身を襲ってきて、体が硬直する。
支払いの終わった青年は出口へ向かっていった。
シュークリームを店員に差し出して、電子マネーで払う。
早く、早くと心の中だけで店員を急かして、決済が終わると「袋は大丈夫です!」と告げて走る。
車に乗り込もうとしていた青年に駆けてゆく。
待って、お願い、行かないで。
どうか、と祈る気持ちで辿り着いて、車のドアに手を伸ばした。
「あっぶねっ」
「待って!」
「はあ?」
突然のことに驚いた青年が訝し気にこちらを睨む。
「こえーよ、なに?」
瞬間的に全速力で駆け出したので、少し息が苦しい。
しかし、息を整えている間に帰ってしまいそうだったので、なんとか言葉を喉から絞り出す。
「それ、その、キーホルダー」
「キーホルダー?」
「ポケットにさっき入れてた」
「……ああ、これがなに」
青年が視線で指した先には、やはり見覚えのある絵。
見間違いなんかじゃなかった。
見間違えるはずがなかった。
怪訝そうに眉をしかめてこちらを見ていた青年は、私の顔から目を逸らした。
「……意味が、わからねえ。なんで泣いてるんだよ」
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