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1.始まりの始まり/故郷と呼べない村

ただいてくれればいい

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それから、月日はおだやかに過ぎていった。

クーレは毎日朝早く起きては大きなかごを背負って山に薬草や果物などを採りに行く。朝食後は診療を行い、夕食後は薬草から薬を作っている。

ただ彼女はずっと診療所に閉じこもっているわけではない。一日に数回、散歩しながら出会った村人たちと話をしている。軽い往診も兼ねているのだろうか。

俺はクーレに呼ばれたときは治療をし、それ以外は村人に薬を届けに行ったり、物々交換で食材を手に入れてきたりする。

クーレはいつも何かしらの仕事をやっている。やれと言われたときだけやる俺とは正反対だ。俺だってもっとクーレの役に立ちたいと思っている。

ただ、相変わらずこの世界やこのフォルという少年の人物像についてわからないところが多すぎて身動きが取りづらいのだ。

それにしても…クーレの調律魔法は応急処置と言いながら使えば患者の症状はかなり治まるようだし、なぜわざわざ薬を作って患者に渡すんだろう?


そんなことを考えながら、村の最も西にあるカトおじさんの家に薬を届けに行っていた。前から麦が山積みの台車を運ぶガタイのよい男が3人、大声で話しながらやってくる。


「こんにちは!」


快活な挨拶をする。しかし、男たちは一瞬会話を止め、一瞥してそのまま素っ気無く通り過ぎて行った。

(えっ俺、避けられてる?たまに感じ悪い人もいるんだよなぁ…)

カトおじさんの所から帰ると、今度はアフテおばさんのところに薬を届けに行くよう頼まれた。


「わざわざ来てくれてありがとねぇ~」


アフテおばさんのところへは今までも何度か行ったことがあるが、毎回お茶と焼き菓子を出してくれるので、ご馳走になっている。

おばさんはおしゃべりでだが、どの話も面白いので全く苦ではない。気がつくと何時間も経っていることはザラだ。

ただ今回は話が一段落したところで、俺の方から話を切り出した。


「あ、あの…」

「ん、どうしたんだい?」

「魔法について教えてくれませんか?」


ストレートに聞いた。クーレ以外で気兼ねなく話せるのはこの人しかいない。


「魔法?フォルちゃん魔法師だろ?私なんかよりよっぽど詳しいだろうに、どうして私なんかに聞くんだい?」


(村の人は魔法の深い事情には疎そうだし、ここは口から出まかせでなんとか…!)


「えっと…僕はいつの間にか魔法を使えるようになっていたので!誰かに習ったとかではないので魔法に関する知識がないんです!」


いつの間にか魔法を使えるようになったというのは、ある意味では間違っていない。


「ははっ!そうなのかい!そういうものなんだね、魔法っていうのは!まぁいいさ、私が知ってる程度のことなら教えてあげようかね」


うまく詮索されずに済んだみたいだ。クーレに聞けばいいと言われたときの返答も考えてはいたが取り越し苦労だったか。

アフテおばさん騙してすみません…


「何から話そうか…そうだね、いつかどこかで聞いた話だけど、魔法は大まかに2種類あって、それぞれと呼ばれているみたいなのよ~」


へぇ、初耳だ。この世界では魔法をそんな風に二分するのか。


「顕性魔法は炎や水、あとは魔力結晶なんかを作り出す魔法。潜性魔法は他のものに作用する魔法、って感じかね。フォルちゃんやクーレちゃんが使う魔法も潜性魔法ね~」


顕性魔法はまだ分かるとして、潜性魔法の「他のものに作用する」というのはいまいち腑に落ちないな。


「潜性魔法がよくわからないのですが…」

「そうね…ざっくり言うと、顕性魔法は魔力で何かを生み出す魔法、潜性魔法は魔力そのものを操作して物を変化させる魔法って感じかね~」


魔力を変化させて、炎や水などを作り出すのが顕性魔法。

魔力を魔力のまま変化させず、その流れ、動きを操って何かしらの変化を起こすのが潜性魔法。

と言ったところだろうか。

クーレの調律魔法も魔力循環を操作していると言っていたはずだから、潜性魔法に分類されるのは納得がいく。

他に聞きたいことといえば…


「魔法陣とか詠唱とかって必要ないんですか?」

「あるわよ~、どちらも魔法をより強力なものにできるわ。魔法陣は紙なんかに書いておけば持ち運びも出来て便利ね~」


紙で可能なら他の物質でも大丈夫なはず。魔法の込められた魔法道具なんてものもありそうだな。


「あと詠唱をすれば、魔法に別の効果を付与できるわね」


おばさん、想像以上に博識だ…それとも、これがこの世界の常識なのか?


「おばさん、よく知ってるんですね!」

「おや、ちょっとしゃべりすぎたかね~」

「え?」

「私……実は魔法使えるんだよね~」


さすがに驚いた。おばさんが魔法師だったとは。これはもう根掘り葉掘り教えてもらうしかないな。


「どんな魔法使えるんですか!」

魔法は炎魔法よ~」

「見せていただけませんか!?」

「いいけどさ、もう何年も使ってないし、そんなに期待しないでおくれよ?」


####


二人で裏庭に出た。


「じゃあ、いくわよ~」


ふぅと深呼吸した後、アフテおばさんは目をつむり、右腕を前に突き出す。表情がきゅっと引き締まる。


炎魔法アデアート


詠唱後わずかに間__ま__#があって、ボウッと手の平で炎が上がった。すぐに消えてしまったが、それは確かに炎だった。


「すごいです!」


正直な感想だった。人の手から炎が出る、そんな光景はマジックショーでしか見たことがなかった。


「大したことないさ~、それとせっかくだから、も見せてあげようかね」


修飾詠唱?また知らない言葉が…まぁ百聞は一見に如かず、か。

アフテおばさんはさっきと同じ体勢になった。


シト炎魔法アデアート


今度は詠唱と同時に魔法が出た。さっきより発動が明らかに早い。しかし炎の大きさが小さかった。


「とにかく急いでるときはこの修飾詠唱を使うといいわ、ただこればっかりやっているとなぜか普段よりかなり疲れるのだけれどね~」


なるほど、詠唱で別の効果を付与できるっていうのはこういうことだったのか。そして、修飾詠唱を行うと疲れやすい、ということは魔力の消費が多くなるっていうことなのだろうか。

そういえば、アフテおばさんも魔力が見えているのだろうか。


「アフテおばさん、このモヤ見えますか?」


左手で治癒魔法を発動させながら尋ねてみた。俺には蒼いモヤが見えている。


「モヤ?なんだいそりゃ、何にも見えないがね~」


魔法を使える人が全員魔力を見ることができる訳ではないのだろうか。

そもそもこのモヤが魔力だという証拠は何もないのだけれど。

いや、そういや昨日、クーレと話してモヤの正体は魔力らしいとわかったのだったか、そしてモヤはクーレにも見えているようだった。

両目とも特に変わったところのないクーレに。つまり、魔眼があるから魔力が見える、というわけではないようだ。

と言うより、俺の蒼い目は魔眼ではなく、青いのには別の意味があるのかもしれないな。

そういや、さっきのアフテおばさんの言葉…


「あ、あと、さっき魔法って言ったのは…?」

「ん?そのままの意味よ。あんたの魔法は治癒魔法、クーレちゃんの魔法は調律魔法、それと同じよ~」

「あぁ、そうですよね…ははは」


この言い方、やはりこの世界では魔法はおそらくは一人につき一つしか覚えられないのだろう。それなら魔法を覚える時は慎重にならないといけないな。

いや、魔法は先天的に身につくものだったらどうしようもないか。

言い方的に、後者、そんな気がする。


つまり、この世界では使

そして、使える魔法は。いわば才能みたいなものか。


しかし、魔法が一人一つまでしか使えないことは、あまりにも基本的なことのように思え、重ねて尋ねるのをためらっていると、先にアフテおばさんが口を開いた。


「そういえば、ここだけの話なんだけどさ~最近あんたたちの悪口言ってる人たちがいたわね~」

「え、そうなんですか!」


と、驚いてみたものの、まさにさっき数人の村人にシカトされたところなんですよね、はい。


「この村には頑固な魔法嫌いの人が何人かいるのよ、まぁ知らないのも無理はないわねぇ、だってあんたたち、引っ越してきたばっかりだもんね~」


え、そうなのか?てっきりこの村に長い間住んでるものだと思っていたが、考えれば不自然だよな。子供が二人だけで診療所をやっている。

俺とクーレってどんな関係なんだろう。俺の親ってどこに行ったんだろう。


####


そうこうしているうちに畑からトレイルおじさんが帰ってきて、さらに夕食までご馳走になってしまい、アフテおばさんの家を出る頃には、日が落ちかかっていた。


「久しぶりに魔法に話せて楽しかったわ~」

「興味深いお話ありがとうございました!」


これから何度もアフテおばさんの元へ通い、魔法やこの世界の一般常識について学ぶことになるだろうな。


「またおいで~さて、私はそろそろ寝ようかしらね~」


寝る?まだ夕方だぞ?太陽とともに寝て、起きる健康派の生活を心掛けているのだろうか。


「え、まだ夕方なのにもうお休みになるんですか?」

「私、何かおかしなこと言ったかしら?」


この時間はまだ俺もクーレも閉院後の片づけをするか、夕食をとっている頃だ。クーレはこの後も薬の実験なんかをやっている。

俺も…とくにやるべきことはないが、本棚のやたらと分厚い本を開いては閉じたりしている。少なくとも就寝はニ、三時間後の話になる。


「この村では油が手に入りにくいから、夜になったら何も見えなくて、寝床に付くしかないのよ。クーレちゃんは実験を繰り返すうちに油の代わりになるものを見つけたのかもしれないわね~」


夜に家から出ることはないので知らなかったが、この村で日が暮れても起きているのは俺とクーレだけのようだ。俺たちは知らないうちに富の独占のようなことを行っていたということか?


「それじゃあ、クーレは実質、その油の代替となるものを独り占めしているってことですか!?それがあれば皆さんも夜中に活動できるのに!」

「…そんな風に言っちゃあ、まるで魔法嫌いの奴らみたいじゃないかい?」


アフテおばさんのほがらかな顔が少し曇ったように見えた。


「クーレちゃんは…この村のことを第一に考えてくれているわ。診療所のお陰でこの村の医療はかなり良くなったし、薬以外にもこの村周辺の森の地図にまとめてくれたり、新しい農工具の作り方を教えてくれたりしているのよ」


暗に「あんたは知らなかっただろうけどね」と言われたような気がした。

そう、俺はクーレがそんなにこの村を大切にしていることを知らなかった。おそらくそれらの多くは、クーレがこの村にやってきてから俺がこの世界に来るまでの約二週間での話だ。


「だからきっと、油を普及できない何かしらの理由があるはずなのよ」


この村では新参者のはずなのに、クーレは不正な行いをしない、信用に足る人物だと、認められている。それだけの貢献を短時間で積み上げてきたということだろう。部外者である彼女が、なぜ見知らぬ土地の人間にそこまで尽くせるのか。俺には到底理解できなかった。

それと同時に、「ところであんたは今まで何を成してきたんだい?」と問われた気がした。俺は…彼女と同じ二週間という時間をただ、そのまま浪費した。元居た世界での日々と同じように。この世界は右も左も分からないことを口実に、何もしてこなかった。


「…俺には理由なんてない。何もできないんだから、この村にいる理由なんて、クーレと一緒に暮らす理由なんて、ない…」

「ん?突然どうしたんだい?訪れたばっかりの場所であれだけのことができるクーレちゃんが異質なんだから、気にしなくていいと思うわ。いつか忘れたけど、『フォル君は、ただそこにいてくれればいい』って言っていたしね~」


ただそこにいてくれるだけでいい。「お前は役立たずだから何するな」を最も優しく包み込んだ言葉だ。クーレも裏では俺のことをそんな風に思っていたのか。

無理もない。実際俺なんかいなくてもクーレ一人で生きていけるだろうし。診療所でも、重症患者が来たときは俺に任せると言っておきながら、その実仕事が回ってくることはほとんどない。

もはや学生として何かを学ぶでもなく、ろくに働くこともせずにいる俺は完全にお荷物、いや、それ以下か。

元の世界で、医学部棟から出てきた矢先に罵声を浴びせられたことが頭をよぎる。いくら転生しようが、どんな世界に生まれようが、俺はそういうやつなのだ。


惨めだ。

俺はこの世界でもを押されるのか。


「もう十分ですっ!あ゛ぁ、今日はありがとうございましたっ!これからもクーレのことよろしくお願いします!」


文意の伴わないセリフを吐き捨て、駆け出した。


呼び止められるかと思った。いや、呼び止めてほしかった。でも呼び止めてもらえなかった。きっと、呼び止める言葉が見つからないのだ。俺がクーレに劣るのは歴然たる事実なのだから、無理もない。

いっそ、このまま村を出て行こうか。幸い俺には、治癒魔法という力もある。飢えさえ凌げれば簡単にはくたばらな――――


シトコムナ炎魔法アデアート!」


アフテおばさんの詠唱が耳に届くや否や足元から立ち上った炎が鼻先をかすめる。

(なっ…!なぜ攻撃された!?)

振り返るとアフテおばさんが両手を膝について、肩で息をしながら、真剣なまなざしでこちらを見つめている。

修飾詠唱は消費する魔力が多くなる。二重で修飾するとなると、一発でもその反動が如実に肉体に現れる。

指先でなでるように、ヒリヒリ痛む鼻の頭を治癒させる。その後は、いきなり魔法を打たれた理由がわからず、ただアフテおばさんと目を合わせるだけで精いっぱいだった。


「あんた…それは思い違いというものよ」


なんでそんな悲しそうな顔をしているんだよ。せめてそこは叱責してくれよ。すぐに自暴自棄になって逃げだそうとする俺を。

足元で枯れ草が静かに燃えるパチパチという音が、次第にその頻度を減らしていく。呼吸の落ち着いたアフテおばさんが一歩ずつ近づいてきて、手が届きそうになった時、おもむろに口を開いた。


「あんた、もう診療所には戻らないつもりだったんじゃないかい?」

「…だったら何ですか。俺は彼女といても何もいいことがない。もういっそ離れてしまおうと思ったんですが」


何言ってるんだ、俺、子供かよ。表情を、感情を、振る舞いを、言葉を偽って、そうやってアフテおばさんの優しさにすがろうとしただけ。「ただいてくれればいい」よりも、もっとピュアな、救いの言葉を待っていただけ。全身余すところなく嘘つき。そんな俺に向けられた真っ直ぐな慈しみの目にいたたまれなくなって、足元に視線を落とす。


「いいや、あんたとクーレちゃんは、たとえあんたがどんなに遠くへ行こうとも、離れることはないわ」

「何を言って…なんでそう言い切れるんですか…」


「簡単なことよ。クーレちゃんはあんたをからよ」


…こんな俺を?クーレが?命を賭して守る?そんなことが、あるのか?


「あんたがどんなにクーレちゃんを嫌っても、クーレちゃんは死ぬまであんたについて行くわ」

「なんですかそれ…狂気じみているじゃないですか…そんな歪んだ関係で一緒にいるなんて…辛くて耐えられたものじゃない…それに…」

「クーレちゃんが諦めてくれば済む話?決して諦めないわよ、あの目は。それくらいの気概を感じたわ。だからこそ、こんなところで、あんたの些細な思い違いでこれからの長い付き合いに傷をつけてほしくないのよ」


長い付き合いって、アフテおばさんに俺の将来が見えるとでも?などと、揚げ足を取るかのごとく噛みつこうとしたが、その時、アフテおばさんの手が伸びてきて、俺の頭を優しく撫でた。温かさに包み込まれるこの感覚、そうだ、俺はこの世界ではまだ子供なんだ。そう思うと何故か急に目頭が熱くなってきた。

(なんでだよ、俺。泣く場面じゃないだろ…)


「治癒魔法で傷跡は消せるけれど、は消せない。かつて大怪我を負った人は、たとえ表面上は傷一つなくても、かつて皮膚をえぐられた感覚にさいなまれつづける。人間関係も同じよ。傷は負わないに越したことはないわ」


自然な人間関係というものは、何かしらの要因で時間とともにお互いの距離が遠ざかったり縮んだりを繰り返して、二本の糸がり合わせるように長く長く紡がれていくもの。複雑に絡み合うからこそ丈夫になっていく。

しかし、俺とクーレは何がどうあろうとも、離れ離れになることはないという。というより俺はクーレから離れられない。

二本の糸はただ真っ直ぐに伸びる、二本の糸のままなのだ。しかし二本は接着剤か何かで硬くくっついて離れない。

まるで、それが定められた運命とでも言われているかのように。

何かの力によって強引につなぎ合わせられた、いびつな、言わば人工的な人間関係。


「あんたが思い違えてしまった原因は私にもあるわね。悪かったわ。クーレちゃんは『ただいてくれればいい』とだけ言った訳ではないのよ。今度は一言一句違わず伝えるわ」


撫でるのを止めたアフテおばさんの顔を今度はしっかり見上げる。アフテおばさんが一度目を閉じ、大きく深呼吸をする。そして、さっきより大きく目を見開いて、


「『フォル君は私のそばに、ただいてくれればいい。私はから』」


きっと、クーレは本当に、ただいてくれればいいと願ったのだ。俺が役に立とうが立たまいが、こんなにも、俺を、愛してくれている。いや、これを愛と一言で片づけられるものではない。

慈愛、執念、虚無――――

そこまでしないと、してもなお、彼女の手からすり抜け消えていく俺という存在。


「クーレは…俺のことを…」

「だから、思い違いだって言ったのよ。クーレちゃんは絶対にあんたを見捨てるような真似はしないわ」


聞いたことのない話が溢れて零れて、とどめなく脳内を巡る。分からない。分からないが、とりあえず、クーレは何が何でも俺の味方なのだ。自分に言い聞かせ、その確信から散らばった情報を整理しようと試みる。

が、いくつもの夢を思い出すように、それぞれのつながりが全く見えてこない。そもそもつながりなどあるのか、それさえも疑いたくなる。

もっと尋ねなければ、そうしているうちに少しづつ見えてくるはずだ…いや、ここはまず、クーレに例の発言の真意をただすところから始めようか。もう少し理解を進めてからもう一度アフテおばさんの話を聞きたい。って伝えて今日のところは戻ろう。


「あの、」

「あ、クーレちゃんに私からこの言葉を聞いたって言わないでほしいわ。多分、喜ばないと思うからね」

「ふぇ、あ、そうですか…」


クーレに限らずアフテおばさんまでも…この世界の女性は男性の思考が読めるスキルでも持ってるのか?怖すぎだろ。


「でも、いつかわかる日がやってくるわ。クーレちゃんが、ただいてくれればいいと言う理由、あんたを守る本当の理由がね」


…なるほど、今ではないんだな。正直煮え切らない感じがして嫌ではあるが、世の中知らない方がいいこともある、と言うし、しかもいつかは知ることができるとも言われているのだから、まぁ、許容できるかな。

俺よりも俺の事情通そうなアフテおばさんがそう言うのだから間違いないはずだ。


「あっ、さっきはすまないね~、つい昔のこと思い出しちゃって、あの頃のようにやっちゃったわ~」


今までのどことなくセンチな雰囲気を吹き飛ばすようにニマッと破顔一笑、いつものアフテおばさんだ。

やっちゃった…って、あの炎魔法のことじゃないよな…?人を呼ぶ代わりに魔法をぶっ放すなんて、かつては結構危険人物だったのかもしれない…気になる。


「若い頃、いえ、今も十分若々しいですが…昔はどんなことされていたんですか?炎魔法を使って魔獣ハンターとか…」

「そんなんじゃないわ~ふふっ、そうね~…」


アフテおばさんはかつて四人の仲間とキャラバンを組んで旅をしていたそうだ。そのメンバーはアフテおばさんのちょっとした一言でいざこざに発展し、しばらくは共に旅を続けたが、結局途中で三人と別れてしまった。

数週間後、三人は山賊に襲われて亡くなってしまったと知らされた。キャラバンで一番実力のある魔法師の自分が彼らと一緒だったなら、つまらないことを口走らなければと後悔に後悔を重ねた。

ちなみにアフテおばさんとともに旅をつづけたもう一人のキャラバンの仲間がトレイルおじさんで、その時からずっと寝食を共にしているという。

仲間を失った時の空虚さ、寄り添ってくれる仲間の大切さを身に染みて知ったアフテおばさんだからこその行動だったということか。


「あんたたち二人は、たとえ世界に憎み恨まれ、どんなにひどい仕打ちを受けるとしても、互いに支えあって生きてほしいわ」


アフテおばさんは、俺とクーレに何を重ねて、どんな未来を見ているのだろうか。

いつの間にか足元で燃えていた枯れ草は全て闇に溶け込んで、焦げた匂いを微かに漂わせるだけとなった。


「なんて、ものものしい例えをしちゃったけど、私も何だかんだ、あのじいさんに支えられて生きてきたからね~」

「ほぅ!なんだ?聞こえなかったからもう一回言ってくれ!」


盗み聞きをしていましたと自己申告するようなタイミングでトレイルおじさんが玄関を開けてひょっこり現れた。


「ふんっ!無能なじいさんの世話ばかりで苦労が絶えないっていっただけだけよ~」

「なんだ、いつも通りのばあさんでよかったわい」


####

すっかり暗くなった帰路。ふと夜空を見上げると無数に瞬く星々。元の世界で見える星は、数えるほどしかなかった。最先端の魔法が生み出す光は夜を昼に変える。魔法の前には夜さえも太刀打ちできなかったのだ。

かつての人々は、星々の偶然の並びを動物や道具に見立てて、魔法儀式を行うこともあったと小さい頃本で読んだ気がする。

当時はなぜ夜空を見上げてそんな発想に至るのか理解できなかったが、こっちの世界に来て、視界いっぱいに拡がる星空を目にしてこみ上げてきた興奮、きっと先人たちも同じ感情を抱いていたのだろうと納得できる。


心地よい涼しさの夜風に吹かれて、さっきのやり取りを一つ一つ順に思い出していく。

アフテおばさんは、俺たちがこの村に来るに至った経緯を知っているような口ぶりだった。クーレもまた、アフテおばさんを信頼して打ち明けたに違いない。

そしてその経緯は、俺が想像する以上に、深く、暗く、底の知れない黒い影が渦巻いている、そんな気がした。

それを知っているからこそ、アフテおばさんは俺とクーレが互いにすれ違ってしまうのを未然に防ぎたかったのだろう。





クーレの言葉の真意を知った時、俺はどうなってしまうのだろう。俺がこの世界にやってきたことと関係しているのだろうか。

しかし、この言葉が本当に一言一句違わないなら、『もう一度も』という言葉から推測できることが一つ。


クーレは俺をという過去。


「失う」というのは、死を表すのか?ここは異世界なのだから、死者が蘇生できてもおかしくはない。高度な魔法が発達した俺の世界でも救命、蘇生の限界はあった。厳密には限界を設けていた、という方が正しいのだろうが。

それとも、「失う」というのは、クーレ本人にしか分からないような概念なのか…

アフテおばさんに約束した以上、クーレにこの言葉の意味を聞く訳にはいかない。もし口止めされていなかったとしても尋ねるのには覚悟が必要だろう。この言葉にはそれほどに、何かの核心に迫るもののように感じるのだ。

それにしても…

アフテおばさん以外にも、診療所に訪れる村人たちの顔を思い浮かべていく。

何か訳ありげの見知らぬ子供二人を、まるでこの村で生まれたかのように大切にしてくれる村人たち。今思えば差し入れの野菜や料理なんかもちゃんと二人分あった。挨拶をして、笑顔で返してくれないのはほんの一握りの村人だけだ。この村を出て行こう、なんて嘘でも言えないな。

そんなことを考えていると、明かりの灯っていない家々がそれぞれ小さなランタンのように淡い光をまとっているように思えてくる。

こんなに温かい人々が暮らすのだから、村の夜は静寂な闇の垂れ幕ではなく、優しい明かりのベールに包まれてほしいな。


(クーレみたいに革命的なことはできないけれど、俺にも何かできることはないだろうか…)




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