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96話 マシュマト王国 その2
しおりを挟む世界の覇権。先日、グリモワール王国が大陸の覇権を握る為に、その第一歩を踏み出した。驚異的な破壊力を有したテラーボムによる一撃。半径1キロメートルを吹き飛ばした爆撃は多くのヘルスコーピオンを消滅させた。
毒ガスは半径10キロメートルに及んだが、その波動は本来であれば、大陸の最東端まで及ぶことはない。しかし、その雪原領域にてテラーボムの一撃を感じ取った存在があった。
「大気が揺れる程の一撃……ふむ」
全身を金色に覆われた竜。人語を流暢に操るその存在は、極寒の山脈の奥地に鎮座していた。霜柱が幾重にも折り重なっている自然の洞穴内部だ。
「レグルス」
「グロリアか」
金色の竜に話しかける存在も同時に鎮座していた。こちらは全身を銀色に覆われた竜……大陸の調停者とされる、金竜と銀竜である。
「どうだ? レグルスよ」
「大陸が乱れている……この乱れ……かなりのものだ」
「また、人の地に赴くやもしれぬということか」
金竜レグルス、銀竜グロリア……大陸の調停者とされるドラゴン族の王達だ。伝承では数千年以上の時を生き永らえ、大陸の均衡を乱す存在の前に現れるとされている。
当然、レベルは不明であり、一説によれば星の力により誕生したとされる至高の存在。通常は人間の前に姿を現すことはない。金竜と銀竜が現れる時は彼らが脅威と感じた者が誕生したことを意味する。
「感じるか、レグルス」
「うむ……フィアゼスの親衛隊……長きに渡り眠っていたが、解き放たれたようだ。敵か味方か、といった印象か」
金竜レグルスはそのように述べた。銀竜は静かに金竜を見ている。
「それら以外……私が出向く程の者たちも存在しているようだ。まさか、同時期にこれほど集中するとはな」
「大陸が混沌としている表れか……。覇権を握る争いは始まったようだ」
大陸の調停者である金竜と銀竜……その異常なほどに研ぎ澄まされた感覚で、マッカム大陸全土を監視しているのであった。通常は彼らが動くことなどない。だが、何事にも例外というものは存在しているのだ……。
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「ソード&メイジがここに来ているのか?」
場所は変わり、マシュマト王国のアルフリーズ。「ナラクノハナ」のメンバーは換金所に来ていた。そこで、春人たちの結晶石を鑑定した受付の者から情報を引き出している。
「おそらく、ソード&メイジの春人さんかと。もう一人の方はビーストテイマーの方ですね。共同で仕事をされたのか、1000万ゴールドの換金額になりましたよ」
1000万もの金額……そんな額を一度に持ち込む者などほとんど居ないとされている。ディランの表情は大きく変化していた。
「おいおい、結晶石で1000万も稼いだってか?」
「リグド、それってもしかして」
「ああ、金額の高さからしてもグリモワールのリザード&スコーピオン討伐の副収入だろうね。あの依頼をこなしたというだけでも、かなりのものだが」
ニルヴァーナは他の二人と比較して冷静だが、ディランとリグドの二人はそうは行かなかった。想像以上に春人たちは強いのではないかと思う不安感と、会ってみたいという好奇心が入り乱れている感じだ。
そんな中でもニルヴァーナだけは冷静だ。単に興味がないだけとも取れるが、「ナラクノハナ」最強を誇り、確実にSランクの実力を有していると言われている事実も影響しているだろう。
「Sランク冒険者のソード&メイジとビーストテイマー。私よりも強いでしょうね」
「いや、さすがにそれはないだろう」
ニルヴァーナは謙虚な性格の持ち主だ。必要以上に自分は強くないと言う癖があり、ある意味では春人に似ている。そんな彼女の性格を知っている二人。
彼女は本気で言っていることはわかっているが、リグドは完全に否定した。1000万ゴールドの換金やリザード&スコーピオン討伐を聞いても、彼ははっきりと自らのチームメイトの方が強いと確信している。そんな表情を彼は見せていた。
「ま、お前には無敵の遠距離射撃があるからな」
「やめてよ。無敵だなんて……」
「謙虚なのはいいことだけどね。批判を買いかねないよ? 個人戦力であれば、君はSランク冒険者パーティのアルミラージとレヴァントソードを超えているとさえ感じているが。これは割りと本気だ」
ディランとリグドからのこれ以上ない称賛の言葉。彼女は目を瞑りながら聞いていた。自覚はあるのだろうが、それを決して表には出さないとしている表情だ。彼女はレッドドラゴン討伐の功績も大したものであるとは感じていない。
アルミラージとレヴァントソードはマシュマト王国が誇るSランク冒険者パーティだ。どちらも非常に強力なパーティと言われている。
「まあ、ニルヴァーナのスナイパーライフルに対抗できる奴は考えにくいしな。アメリア・ランドルフを始めとしたアーカーシャ共和国の連中でも同じだぜ」
ディランの追加の誉め言葉にも彼女は動じる気配を見せない。金髪の美しい髪を無造作に伸ばしているニルヴァーナ。服装についても特に気を配っている印象はない。それでも十分に美しいが、リグドとディランの二人は勿体ないと感じていたのだ。身体のラインが出ているライダースーツもそれはそれで目の保養にはなっているが。
ディランの言葉も確信に満ちていた。ニルヴァーナ自身よりも周りの称賛が非常に大きいのだ。ニルヴァーナ自身は多少照れながら頭を抱えている。悪い気はしないが、余り褒められるのは好きではないという印象だ。
「ところで、1億5000万ゴールドの案件だけど……」
気まずくなったのか、話題を変えるニルヴァーナ。リグド達もそれに従い、彼女に話を合わせる。
「依頼内容は闇の軍勢の正体の調査とその殲滅となっているね。正体が全くわからず、北の国家も中枢機関が崩壊してしまっている以上、マシュマト王国も本腰を上げざるを得ないといったところか。難民の問題も大きいしね」
「他の冒険者もきっと受けるはず。先を越されないように急がないと」
ニルヴァーナは思いの外、やる気を見せている。未知の者に挑む気概……彼女にはそんな素養が十分に備わっていた。
「正体不明の軍勢だ、気を引き締めねぇとな」
「ああ、この大陸の者たちではない可能性もあるからね。漆黒の鎧の軍勢が2000から3000体程度だ。1体のレベル次第ではあるが、1億5000万ゴールドに見合うレベルなら、相当に厳しいと言うことになるよ。如何にマシュマト王国でもただでは済まない」
リグドは改めて報奨金の高さを感じ取っていた。北の国家が滅ぼされた段階で、強力な国家が攻めて来ているのと同義だ。現在は戦争状態になっているとも言える。
二人の真剣な表情にニルヴァーナも真顔で頷いた。正体不明の軍勢……これはどれだけ危険な連中かというのはわからないことを示す。肩透かしを食らうこともあるが、今回は北の国家が攻撃されたという事実があるために、肩透かしで終わる可能性はない。
「上限が見えない戦い。私としては非常に困るわ、自信がないもの」
彼女は本気でそのように思っているが、ディランとリグドは彼女の言葉に頭を抱えていた。彼女なりの冗談の言葉ではあるが、周囲のチームからは批判を買っていることもあるのだ。
「ま、自信がないってことには突っ込まないでおくとして、上限が見えないのは確かに不安は残るな」
今回の国家依頼は上限が見えていない。それでいて、1億5000万ゴールドという破格の額が設けられている。かなり危険な依頼ということは確実であった。
「おまけに、グリモワール王国が事実上の宣戦布告だ。どうなるんだろうな」
ディランは舌打ちをしながら話した。テラーボムによる一撃……それを機とした宣戦布告だ。もちろん、グリモワール王国が戦争を開始すると発表したわけではないが、その強力な爆弾を武器に牽制していることは明白であった。
事実上の覇権争いが始まったのだ。100年間、侵略戦争はほとんどなかったマッカム大陸……ディランは各地の小規模な戦闘には何度も参加した経験はあったが、大きな規模での戦争は初めてだ。
そういう意味では傭兵として冒険者が雇われる場合、本格的な戦争という意味合いではなく、敵はモンスターや犯罪者集団であることがほとんどだ。または、民族争いなどの小競り合いでも雇われることはある。
だが、近い内に本格的な戦争へ向けての傭兵募集の依頼があるかもしれない。ディランだけでなく、ニルヴァーナやリグドも同じ懸念を抱いていた。
「さて、この後はどうしたものか……ん?」
リグドがそんな言葉を発した時だった。
換金所に二人の女性が入ってきたのだ。奇抜な衣装や美しさが目を引いたのか、何人かの男たちが彼女らに目を向ける。ディラン達は別の意味で彼女らに目を向けた。
露出をほとんどしていない、金髪を肩近くまで伸ばした少女アメリアと、褐色とまではいかないが程よく日焼けをした、茶色の長髪を後ろに流した状態でターバンを巻きつけ、腹を露出させているレナが入ってきたのだ。
周囲の冒険者は気づく、アメリアとレナが放つ異様な闘気に……その雰囲気に、ランクの低い冒険者は思わず目を逸らした。実力差を感じたからだ。
「春人とルナ、居ないわね」
「合流場所は決めてませんでしたから。何処かへ向かったのかもしれませんね」
アメリアとレナは冒険者ギルドから出て、春人たちを探してやってきたのだ。周囲を見渡しながら春人とルナを探していた。
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