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88話 レッドドラゴン その2

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 ディランが相対するレッドドラゴン。レベル460の威圧感は圧巻の一言に尽きる。1分程度とはいえ、今の段階は伝説級のモンスターである鉄巨人を凌駕しているのだから。

「行くぜ!」

 レベル460のモンスターを相手でも物怖じしないように、ディランは大声を上げレッドドラゴンに向かって行った。彼が持っている武器は大きめの両手剣である。超大型と言われるバスターソードなどよりは小さいが、春人が持つユニバースソードなどの片手剣よりは大柄の武器だ。

 材質はヴェルニリアと呼ばれる、アクアエルス世界特有の金属であった。希少性はなかなかのもので、地球でいうところの金や銀に近い価値を誇っている。彼はその剣をレオパルドソードと名付けていた。レオパルドソードを筋肉の鎧で纏った両腕で高速に薙ぎ払うディラン。その一撃はレッドドラゴンの身体に命中するが、その装甲を貫通することは出来ないでいた。

「グルルルルル!」
「ちっ! さすがに堅いな! やるじゃねぇか!」

 レッドドラゴンの反撃は炎のブレスによるものだ。ディランはその巨体に似合わない速度でレッドドラゴンの攻撃を避ける。炎のブレスは周囲一帯を広範囲に焼き払った。

「おせぇよ!」

 ディランはレッドドラゴンのブレスの隙を見逃さなかった。背後に素早く回ると同時にレオパルドソードを首筋目掛けて振り下ろす。しかし、ハイパーチャージ状態のレッドドラゴンの防御は相当なものであり、多少傷つけることはできても致命傷は与えられない。

「ギャオオオオオ!」
「くそっ!」

 強力な攻撃を受け、激昂したレッドドラゴンはその後は一方的な猛攻を続けた。防戦一方になり、ディランは有効な攻撃を与えられない。しかし、レベル460を誇るレッドドラゴンの攻撃をギリギリのところで捌く技量は持ち合わせていた。

 レッドドラゴンの尻尾攻撃、脚による爪攻撃、そして炎のブレス……多彩な攻撃をなんとかレオパルドソードと素早い身のこなしで防ぎ切る。だが、体力は確実に奪われていった。

 そして、ディランも限界に近付いた頃、レッドドラゴンのハイパーチャージの効果が消える。ドラゴン族は一度、ハイパーチャージが切れると数分間は再使用が出来ない。

「なんとか耐え切ったか……はあ、はあ……出来れば、最強状態のお前を倒したかったが、今の俺では少し難しいようだな」
「グ、グルルルルルウル!!」

 レベル230の本来の能力に戻ったレッドドラゴン。疲れ切っているディランではあるが、既に勝負は見えていた。その後、数十秒の攻防の末、レッドドラゴンの首を跳ね飛ばすことに成功したディラン。決着は数分とかかることなく付いたのだ。

 勝利したディランではあるが、防戦一方になっていた時に、自らを守る赤い甲冑は修復不可能になるまで破壊されていた。彼の表情も限界といった印象だ。

「お疲れ、ディラン」

 それから少しして、リグドとニルヴァーナの二人が彼の前に訪れた。

 レベル460の状態……ディランは終始劣勢であったが、最強状態のレッドドラゴンの猛攻を防ぎ切ったのだ。賢者の森で春人がグリーンドラゴン相手に取った戦法と似ている。リグドは彼に心からの称賛を送っていたが、ディランは嬉しそうではなかった。

「男に褒められてもな……」
「やれやれ、贅沢な奴だな、君は」

 そう言いながら、リグドはニルヴァーナに目を向ける。その瞳は何かを物語っていた。

「えっ? 私が褒めるわけ? ディランを?」
「まあ、好きにしたらいい。君に任せるよ」
「……」

 ディランはボロボロになった赤い甲冑を外しながら、地面に座りこんでいた。疲労は相当に大きいようだ。短く切った黒い髪をかき揚げながら、遠くを見ている。彼の視線の先にはレッドドラゴンが遺した結晶石の塊があった。

 ナラクノハナの報酬の一部というわけである。2体のレッドドラゴンの結晶石だけで、100万ゴールド近くになるだろう。かなりの追加報酬だ。

「ディラン、お疲れ様。カッコ良かったよ」
「おう」

 ニルヴァーナは照れる様子もなくディランに誉め言葉を贈ると、彼の元まで行き、彼と小さく手を合わせた。ハイタッチのようなものだ。

「しかし、ここまで疲労するとはな……しばらくは立てそうもねぇ」
「レベル460の状態のレッドドラゴンと、良くあそこまで戦えたよ。あの調子ならレベル400の鉄巨人ともいい勝負できるんじゃないか?」
「はは、馬鹿言え……鉄巨人の400という数字は常にその値だ……さすがに厳しいっての」

 疲れ切っているディランは溜息をつきながら、とてもできないことをアピールしていた。鉄巨人は伝説のモンスターの一角に数えられるほどの強さを持っている。彼の反応は当たり前と言えるだろう。

「しばらく休んだら、アルフリーズに戻るとしようか。グリモワール王国の状況も気になるし。それに……1億5000万ゴールドの報奨金が課せられている、闇の軍勢の調査依頼はどういう人物が引き受けるのか気になるしね」
「はっ、史上最高額だろうな。国家の依頼とはいえ、あそこまでの金額は聞いたことがねぇよ」

 疲労困憊のディランではあるが、闇の軍勢の話になるといくらか元気を取り戻したようだ。根っからの戦闘狂なのかもしれない。

「北のキュイーズ都市同盟とジャピ公国の滅亡は、マシュマト王国にも難民という形で被害が出ているからね。王国としても他人事ではないんだろう」
「漆黒の騎士たちが3000体近く目撃されたとも聞くね。」
「そうだね。そして……頭目と思われる、白き鎧を着た聖騎士のような風貌の人物と、フードと木目調の仮面を付けた人物。この二人がリーダー格ということなんだろうね」

 漆黒の軍勢はマシュマト王国の国境付近まで進軍していた。その中で明らかに風貌の違う者が2人。どちらも顔は隠れていたが、その者たちが頭目であるとされていた。リグドは淡々と説明していたが、1億5000万ゴールドを課すほどの依頼。どれほどの難易度かはわかっているようだ。

「受けるのかい?」

 1億5000万ゴールドと聞いても物怖じしていないニルヴァーナがナラクノハナの頭脳であるリグドに質問した。彼を信頼している証だ。リグドは少し考えて話し出す。

「君たちが了承するなら、受けて見るのも面白いね。いざとなれば、ニルヴァーナの長距離射撃もあることだし。リーダーの連中はそれで始末すれば良い」
「ずいぶん人任せじゃないか。私の実力なんてたかが知れてるよ」
「どの口が言うんだ? ああ?」

 ニルヴァーナの皮肉とも取れる発言に座り込んでいるディランから怒号が飛んだ。レッドドラゴンの片割れを即座に倒した人物の発言ではなかったからだ。リグドも同じ意見なのか、溜息をついている。

「まあ、とりあえずは依頼を引き受ける方向で進めようか」

 リグドは未知の依頼に十分警戒する姿勢を見せながらも、「ナラクノハナ」の実力を信じ、依頼を引き受けるつもりでいた。

 そんな彼らの実力は完全にSランク冒険者の領域に入っていた。リグドはアルフリーズの方角を眺め、まだ見ぬ強敵、そしてまだ見ぬ仲間たちとの出会いを楽しみにしていた。彼も他の二人に負けず劣らずの好戦的な性格と言えるのだろう。

 その後、ナラクノハナのメンバーはレッドドラゴンの結晶石を回収し、アルフリーズへと戻って行った。
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