上 下
64 / 119

64話 転生者 天音 美由紀 その1

しおりを挟む

 アーカーシャの南の地……アクアエルス遺跡の南岸にて、一人の少女が佇んでいた。青い海を思わせる長髪に瞳……。芯の強そうな引き締まった顔は、責任感の強さの表れか。

少女は一人で立っている。ブレザーを着ており、その中は白いブラウスだ。下に穿いている紺のスカートの丈は比較的短い。



 今宵、3人目の地球からの転生者が誕生した瞬間であった。
彼女の名前は天音 美由紀(アマネ ミユキ)。東京の高校に通う生徒であり、春人や悟とは同じクラスに所属していた人物だ。

「ここは……何処かしら? 日本……ではなさそうね」


 彼女は内心では脅えていたが、焦ったところでどうにもならないのは理解していた。自らの状況を確認する。背後は水平線がくっきりと見える程の海岸……前方には砂浜が広がっており、山岳地帯も近隣には見えている。

「ありえないわ……本当に何処かの外国に飛ばされたの? こんなことって……!」

 彼女の焦りはだんだんと強くなっていた。ブレザーにミニスカートの女子高生。素手状態で何も持っておらず、オマケに学校中でもトップクラスと称された美貌だ。その大きな胸だけでも、男の目線を釘付けにできる才能を持っていた。

 外国人の血が混じっており、青い地毛……そんな神秘的な彼女は「委員長」と周囲からは親しまれていたのだ。
 そんな彼女だけに、こんなわけもわからない異国の地で現地人に狙われたらどうなるか……このような人の気配がしない場所。容易に想像が出来る。


「……うっ」
「……?」

 今、女性の高い声がした。確かに彼女はそれを聴いた。周囲は既に夜になっており、視界は相当に悪い。視力のいい彼女でも簡単には人物の把握が難しかった。

 辺りをしばらく散策して、その声の主を発見した。浜辺の脇、鬱蒼とした茂みの中にその女性は倒れていたのだ。

「……酷い怪我。あなた、名前は?」
「……メドゥ……だよ~」


 今にも死んでしまいそうな表情と細い声。「シンドローム」のメンバーである、メドゥ・ワーナビーが茂みの中には居たのだ。魔導士のローブも切り裂かれ、所々、皮膚は食いちぎられていた。衰弱も激しいのか、視線も虚ろになっている。

「言葉が通じるなんて信じられないけど……英語でもないようだし。まあ、いいわ。助けを呼んでくるから、少し待ってて」
「……近くに、街があるの……可能なら、連れて行って」

 骨が露出している右手でメドゥは美由紀の腕を取った。美由紀からすれば、今にも死んでしまいそうな彼女ではあるが、この世界基準で言えばそうでもないのかもしれない。右も左もわからず、人がどこにいるのかもわからない状況。

 加えて、自らも危険が大きい状況で現地人から、近くに街があると言われれば、断る理由は思い浮かばなかった。

「わかったわ。歩ける? 相当重傷のようだけど……」
「私は~大丈夫……生きてる人が居るだけで……あいつらも近くには……居ないはず」

 今にも消え入りそうな声……しかし、足取りはしっかりしており、美由紀に支えてもらえれば、十分に歩くことができるほどであった。

「……こんな暗い状況で、誰かに襲われでもしたら……」

 街灯もほぼない状況……星空の明かりが周囲を照らしている為、景色を見渡すことはなんとかできるが、物陰に人が居るかどうかなど、全くといっていいほどわからない。

 しっかり者で責任感の強い美由紀ではあるが、こんな命すら危うい状況は恐怖以外のなにものでもなかった。先ほどから表情は引きつっている。

「モンスターはそこまで強いのは、ここには居ないはず……なんとかなる~。それに……」
「え? なに?」

 メドゥは美由紀の姿と表情をまじまじと眺めていた。同じ女性ということもあり、嫌な気分ではないが、すこし恥ずかしくなってしまう。以前に飛ばされてきた悟に、アメリアが様子を伺っていたのと状況は良く似ていた。


「う~ん、あなた~名前は~~?」
「私? 天音 美由紀よ。あなたは……メドゥと言うのよね?」
「そだよ。メドゥ・ワーナビー……よろしく~~」

 ややスローテンポの彼女に美由紀は思わず苦笑してしまった。どことなく可愛らしい雰囲気を受けたからだ。

「アマネミユキ……ミユキが名前~?」
「ええ、そうだけれど」

 メドゥは痛々しい姿ながらも、何度も彼女の名前を連呼していた。まるで、自らの頭のなかに刻むかのように。

「大けがをしているあなたに質問をするのは恐縮だけれど……ここは何なの?」
「……?」

 メドゥとそんな自己紹介を兼ねた会話を重ねながらも、美由紀は全く信じられない光景や状況に、違和感を募らせていた。メドゥも転生者とはわかっていない彼女の質問をよくわかっていないようだ。

 美由紀としても、ボロボロの彼女から的確な回答がくるとは考えていない。先ほどの質問は独り言に近いものだった。そして、そのまま二人は無言でアーカーシャの街を目指した。





「あれが……街かしら?」
「そうだよ……あそこまで行ければ大丈夫……早く、伝えないと……!」

 どのくらいの時間が経過したのか。海岸地帯から相当の距離を歩き、アーカーシャの街が見えてきた。美由紀はそうでもないが、瀕死のメドゥは明らかに衰弱が進んでいる。

「あなた……どれくらいあの場所に倒れていたの……?」
「わからない~~今、何日……?」

 メドゥの服装の汚れ具合などから、何日も意識がなかったか、あの茂みにわざと隠れていた。美由紀はそのように判断した。メドゥ自身も何日経過しているかまではわかっていないが、アクアエルス遺跡から脱出し、数日以上が経過していることは感じている。

「と、とにかく、あの街まで行ってからね……あなたは治療が必要だわ……このままだと、細菌などに感染する」
「ありがと~~、ミユキ~~」

 詳しいことは後だ。美由紀はメドゥの身体を最優先にするべきだと判断し、自分の身になにが起こっているのということも後回しにした。アーカーシャの街は目と鼻の先に迫っている。

 あの街まで行ければ、自分の悩みも解消される……この時の美由紀はそのような確証の無い確信が心の中に宿っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます

ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。 何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。 何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。 それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。 そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。 見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。 「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」 にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。 「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。 「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...