王子殿下に救われたので、婚約破棄は認めます。さようなら

9話

(ヴェノム・サイランス侯爵視点)


「メリアス・アーズール王女殿下……以前のパーティー以来ですね」

「これはこれは、ヴェノム・サイランス侯爵。お久しぶりでございます。こうしてまたお会い出来て光栄ですわ」

「ありがとうございます、メリアス王女」


　私はこうしてメリアス王女殿下と挨拶を交わした。やはり、他の貴族達への挨拶と比べて、明らかな違いがある。メリアス王女殿下は、他の貴族達と挨拶や会話ではそっけなさが目立つからだ。他人行儀と言えば良いのか。自分の立場上、仕方なく挨拶を交わしたり、会話をしている節がある。


「メリアス王女とこうして話せるのは、非常に幸せですね。神に感謝したいくらいですよ」

「まあ！　うふふふ、ヴェノム様はお上手ですのね」


　しかし、私と話す時はやや食い気味になっている様子なのだ。他の貴族達が気付いているかはわからないが、彼女は明らかに楽しそうにしている。これは、私が一歩リードしているという証ではないだろうか。ふふふ、そう考えると優越感が生まれて来るな。周りからの羨望の眼差し……それは貴族として大きな要素になる。


「そう言えば今回、ネレイド河川を視察したいと考えているのですが……」

「なるほど、そういうことなら、私がご一緒いたしましょうか？」

「まあ、よろしいんですの、ヴェノム様。婚約者に悪いのではなくて？」

「現在、私に婚約者はいませんので……ご心配には及びませんよ」

「あら、そうでしたか」

「メリアス王女がよろしければ……いつでもご一緒させていただきますよ？」

「まあそれは。うふふ、嬉しい言葉をありがとうございます」


　メリアス王女殿下は嬉しそうに頷いていた。私と一緒にネレイド河川を巡ることが余程嬉しいのだろう。私としてもテンションが上がって来る事態だ。


「ですが……私少し噂を耳にしたことがございますの」

「噂？　どういった類のものですか？」


　ん？　メリアス王女殿下は話題を変えて来ている。柔軟に対処しなくてはならない。話題の変化にもついていけるのが良い男の条件だからな。メリアス王女殿下を退屈させてはならないのだ。


「ネレイド河川へ投資している人達の話です。どうやら、かなりの貴族が投資されているとか」

「それは間違いありませんね。私の家系もそうですし。それなりの儲けを見越している者達が多いということでしょう」


　ネレイド河川はかなり大規模な事業だ。それぞれ出資した額に応じて分配金という形でカムバックされる仕組みではあるが。それがどうしたというのだろうか。


「ネレイド河川へ出資した者達の中に婚約破棄をしてしまった者達がいると聞いておりまして……私、少し不安になってしまいましたわ」

「こ、婚約破棄ですか……それはまたなんとも……」

「ええ、それが今後、大きなトラブルにならなければ良いのですが。ネレイド河川事業に影響を及ぼすような……」

「ま、まさか……はは」


　メリアス王女殿下の不安はこのことだったのか。私は咄嗟に知らない振りをしてしまった。ネレイド河川事業に影響を及ぼす事態？　まさかな……。