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5話

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「それで? アニエ嬢がここに来た理由はなにかあるのか?」

「いえ……特に理由があるというわけではないですが……」

「そうか」

 少し怪訝そうな表情をしていたクリス様だけれど、それ以上聞くことはしなかった。


「ネレイド河川事業は上手く行っているようで安心したよ。この事業の成否は我がトラシェル王国にとっても重要なことだからな」

「そうですね。我が家も携わっていますので、成功しているのは良いことだと思っています」

「ふむ……そうなるか」


 クリス様の反応はどこか腑に落ちなかった。なにか疑問でもあるのだろうか?


「なにか疑問がございましたか? クリス様」

「いや……視察に君を寄越したサラザール殿の考えが気になってな……まあ、特に問題のあることではないんだが」

「あ、それは……」


 サラザール・ウィルバークは私のお父様になる。確かに侯爵令嬢ではなく、侯爵そのものが視察に来るのが普通だ。それはどの家系でも普通のことだろう。それだけに私が寄越されたことに疑問符を浮かべるのはある意味自然なことであった。

「サラザール殿は体調でも悪いのか?」

「いえ、そういうことではありません。お父様は私のことを思って視察に出してくれたのだと思います」

「ふむ、アニエ嬢のことを思っての行動か。なにかあったのか? 君はヴェノム・サイランス侯爵のところに嫁いだと聞いていたが……ああ、まだ婚約状態だったか。確か、聞いたところによるとあの家ではトラブルがあったそうな。それと関係しているのかな?」

「それは……」

 第一王子殿下であるクリス様には知られたくないことだ。でも、トラブルがあったことまで知られている以上、ここで黙っていても近い内に知られてしまうだろう。

「ええと、実はですね……」


 私は婚約破棄のことをクリス様に話すことにした……。



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「なるほど、そんなことがあったのか……名家であるサイランス家がそのような一方的な婚約破棄を……」

「はい、私も信じられませんでした」

「だが、事実ということだな」

「左様でございます」


 クリス様は顎に手を当てて何か考え事をしているようだった。サイランス家の不祥事に心を痛めているのかもしれないわね。

「メリアス・アーズール王女殿下との婚約が発端か。そう上手く行けばいいのだがな」

「クリス様……?」

 なにやら不穏な空気が流れた。

「メリアス王女殿下はそれほど甘い人物ではない。それにヴェノム殿以外にも狙っている人物は多いのだ。それらを掻い潜ってものに出来るかな……?」


 不穏な空気は気のせいではなかったようだ。クリス様の発言は私にとっても興味深いことだった……。
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