平行線

ライ子

文字の大きさ
上 下
21 / 45
第二章

新たな出会い

しおりを挟む
11月のよく晴れた日、吉行は、虎徹と梨花の結婚式に出席していた。参列者は、大学の関係者が多く、同窓会のような雰囲気だった。
「こてっちゃん、梨花ちゃん、おめでとう。」
「おぅ、吉行。ありがとな。」
「なかなか、タキシードが似合ってますな。身長が高いといいな。」
「バカ。素材がいいんだ。」
「吉行くん、相変わらず俳優さんみたい。」
「どこからも、仕事のオファーはこないけどね。」
「二次会も来てくれるんだろ?」
「行くよ。」
「サークルのメンバーも呼んでるんだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。気を遣わせて悪いな。」
二次会には、杏奈も来るのだろう。

大好きだった杏奈。ふたりが別れたのは、今から5年前、23歳の時だった。
杏奈から、突然別れを告げられた。
「他に好きな人ができたの。」
こう言われる日が、いつか来るんじゃないかと、不安にならない日はなかった。
「誰?俺が知ってる人?」
なるべく冷静に、杏奈を責めるような口調にならないように気をつけた。
「吉行は知らない人。職場に出入りしてる業者さん。職人さんなの。」
杏奈は、アパレルメーカーに就職していた。杏奈が担当している店舗に出入りしていた、アクセサリーを作る職人らしい。
「その人、いい人?」
「うん。」
「杏奈に、暴力振るったり、束縛したりしない?」
「しないよ。」
「そっか。わかったよ。」
「ごめん。」
「謝らないでよ。大丈夫だから。」
「ごめん。吉行…ごめん。」
杏奈は、ポロポロ涙を流しながら、何度も何度も謝った。吉行は、こっちが泣きたいよ。と、思いながらも、大丈夫だからと、精一杯、強がった。
この日まで、平凡ながらも、仲良くしてきたつもりだ。まだ学生だった吉行と、先に社会人になった杏奈。すれ違いがあったり、考え方がずれてきていたり、そんなことが少しずつ積み重なった結果だったのかもしれない。
杏奈が幸せになれるなら、潔く身を引こうと思った。自分が杏奈を幸せにできなかったのは悔しいが、それは自分の力不足だから、しょうがない。もともと、杏奈に本当にふさわしい人ができるまで、そう思って、付き合い始めた。割り切ってるつもりでも、しばらくは食欲がなかったし、夜もあまり眠れなかった。後になって知ったことだが、この職人は、杏奈が吉行にプレゼントしたピアスを作った人物だった。杏奈は、この職人の作ったアクセサリーの大ファンだったらしい。

二次会の会場前の喫煙所で、一服していたら、声をかけられた。懐かしい声だ。
「吉行。久しぶり。」
「久しぶり。元気だった?」
淡いピンク色のワンピースを着た杏奈だった。綺麗になったな、と思った。髪をアップにして、耳には花をモチーフにした上品なピアスが、ネックレスも同じ花のものだった。薬指には、ダイヤの指輪をしていた。それを見た瞬間、胸が苦しくなった。もう、諦めたはずなのに、杏奈への気持ちは、心のずっと奥の方へ閉じ込めて、出て来られないようにしたはずなのに。
「うん。元気だったよ。」
「綺麗になった。」
「口説いてるの?」
「いやいや。本当にそう思った。」
「ふふっ。ありがとう。」
この笑顔だ。久しぶりに見る杏奈の笑顔。幸せそうでよかった。
「私、来月結婚するんだ。」
心臓に重いパンチを受けたみたいな衝撃が走る。必死に平静を装った。
「そうなんだ。おめでとう。職人の彼?」
「ありがとう。そう。職人の彼。」
「今日つけてるアクセサリーも彼の?」
「そう。」
「杏奈にすごく似合ってる。」
「ありがとう。」
会場の出入り口の方から、杏奈を呼ぶ声がした。
「私、先に行くね。また、あとで。」
「うん。あとで。」
タバコ吸ってたこと、怒らなかったな。と、ふと思った。杏奈と付き合っていた2年ほどは、禁煙していた。別れた瞬間、また吸い始めてしまった。もともと禁煙する気がなかったのだから、仕方ない。そうか、彼女でもないし、怒らないか。また寂しい気持ちになった。
「ねぇ、お兄さん、曽根崎の友達?」
吉行は急に、話しかけられ、驚いて声の方を向く。そこには、吉行と同じぐらいの目線の背が高い女性が立っていた。黒髪でロング、深いグリーンのワンピースを着ていた。顔立ちがハッキリした美人だ。年は、吉行より少し上だろうか。
「僕ですか?」
「そう。」
「虎徹くんの大学の友達です。」
「誰か待ってるの?」
「いいえ。ちょっと一服してるだけです。」
「一緒に中、入らない?」
「ええ。いいですよ。お姉さんは?」
「私は、曽根崎の元カノ。」
「えっ⁈」
「大丈夫。梨花とも友達。地元一緒だから。あの子達、別れたりくっついたり、繰り返してたじゃない。」
「はぁ。」
確かにそうだ。大学時代も、数回別れている。別れている期間が、数週間ということもあれば、数ヶ月ということもあった。ただのケンカということもあった。
「その、別れた瞬間に、付き合ってたの。一瞬ね。」
「そのこと、梨花ちゃんは知ってるんですか?」
「さぁ?私から言うことじゃないし、もう終わったことだし。それより、さっきの子、彼女?」
「いいえ。大学の先輩です。」
「ふぅん。」
「何ですか?」
「可愛い子だなって、思って。」
「彼女、来月結婚するそうです。」
そう口にしてみて、吉行は、杏奈が他の男と家庭を築いていくことを改めて実感した。
「可愛い子は、どんどん売れるね。私は、完全に売れ残り。別に、ひがんでるわけじゃないわよ。」
「お姉さん、美人ですよ。」
「おっ。口がうまいね。君もなかなかのイケメンよ。」
「本当です。お姉さん、美人ですよ。」
「君、名前は?」
「陸奥です。」
「下の名前は?」
「吉行です。」
「吉行ね。いい名前。私は、市橋麗いちはしうらら。曽根崎の3学年上。三十路女に興味ないか。」
「僕、1年浪人してるんで、2歳しか変わらないですよ。」
吉行は、麗と一緒に会場に入った。隅の方に座った。結婚式の時とは違って、随分と、くだけた雰囲気だった。大学の関係者で、知っている顔もちらほら見かけたが、大学時代、虎徹以外とは、あまり深く関わらなかったため、名前も分からなかった。
「誰か、知ってる人と一緒にいなくていいの?」
「大丈夫です。仲良くしていた友達は、虎徹くんだけだったんで。市橋さんは?」
「麗でいいよ。」
「麗さんは?誰かいるんですか?」
「私は、吉行が気に入ったから、ここにいるわ。」
「え?」
麗は、形の綺麗な大きな瞳で、吉行を見つめた。あまりの目力に、つい目を逸らしてしまった。そうしている間に、二次会が始まった。新郎新婦の入場から始まり、乾杯、ビンゴゲーム、生い立ちから出会い、結婚にいたるまでをまとめた映像が流れ、会場が暗くなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ニューハーフな生活

フロイライン
恋愛
東京で浪人生活を送るユキこと西村幸洋は、ニューハーフの店でアルバイトを始めるが

夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる

ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。 正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。 そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※完結済み、手直ししながら随時upしていきます ※サムネにAI生成画像を使用しています

My Doctor

west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生 病気系ですので、苦手な方は引き返してください。 初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです! 主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな) 妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ) 医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

カジュアルセックスチェンジ

フロイライン
恋愛
一流企業に勤める吉岡智は、ふとした事からニューハーフとして生きることとなり、順風満帆だった人生が大幅に狂い出す。

処理中です...