平行線

ライ子

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第一章

回想

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年の瀬は、やっぱりその年のことを振り返る。

志望大学に合格した吉行は、入学式の前、少し早めに引っ越しをした。同じ大学に知り合いは、杏奈しかいなかったから、連絡をした。引っ越しの当日、さっそく手伝いに来てくれた。
「幸穂ー。久しぶり。元気だった?」
「吉行。」
「あっ。ごめん。吉行。」
杏奈に悪気がないことは、わかっていた。でも、女だったことがバレるんじゃないかと、不安だった。
「もともとボーイッシュだったから、全然違和感ないよ。むしろ、イケメンの友達ができたって感じ。」
荷解きを手伝いながら、嬉しそうに話した。約1年ぶりに会った杏奈は、髪をのばして、明るいブラウンにカラーリングして、ゆるいパーマをかけていた。メイクをして、耳には、ユラユラ揺れるピアスをしていた。少し大人っぽくなったと思った。
「あっ、これ、あげる。引っ越し祝いと、誕生日祝い兼ねて。20歳のお誕生日おめでとう。」
杏奈は小さな包みをポケットから出して、吉行に渡した。吉行の誕生日は、4月4日だ。4が続くから、嫌だと、高校生の時、杏奈にもらしたことがあったが、幸せの4でいいじゃない、と言われたことを思い出した。
「何?」
包みを開けると、シンプルなデザインのシルバーのピアスが入っていた。
「ありがとう。」
「ハンドメイドだから、世界に1個しかないんだよ。」
「へぇ。カッコイイ。」
さっそくつけてみた。
「似合うよ。」
杏奈も満足そうだ。
「杏奈の誕生日には、何かプレゼントするよ。」
「いいよ。ゆき…じゃなくて、吉行、貧乏でしょ。」
「そうだけど、バイトするし。」
「バイト、何するの?」
「まだ、分かんない。」
「じゃあさぁ、私が今やってるカフェでバイトしない?」
「カフェ?」
「オシャレな所だよ。吉行なら、イケメンだから、お客さんも喜ぶよ。」
「ふぅん。」
「私、店長に話してみる。」
「あのさ、お願いがあるんだ。」
「何?」
「俺が、性適合手術受けたことや、性別や名前変えたこと、周りに言わないでほしい。」
「わかった。」
「杏奈と、高校の同級生だったことも、言わないで。俺は、杏奈のこと杏奈さんって呼ぶから。」
「店長には、大学の後輩って言っとく。」
「ありがとう。」

引っ越し当日の夕飯は、杏奈の部屋で食べた。ポテトサラダ、コーンスープ、ハンバーグ、全部、吉行が好きなものだった。
「たくさん作ってくれて、ありがとう。美味しいよ。」
「どういたしまして。一人暮らしだと、作っても、1回で食べきれなくて、何食も同じメニューだよ。」
杏奈は、笑いながら話してくれた。
「私ね、好きな人ができたんだ。」
吉行の胸の奥の方が、チクッと痛む。
「どんな人?」
「同じ大学のふたつ先輩。」
「へぇ。カッコイイ?」
「私のタイプ。」
ふふっと、幸せそうに笑う。
「まだね、ふたりで会ったことはないんだけど、私の友達と、彼の友達と数人で、ご飯行ったりしてる。」
きっと、その彼に振り向いてもらいたくて、メイク頑張ったり、料理頑張ったりしているんだろうな、と吉行は、複雑な気持ちだった。杏奈の近くにいたくて、同じ大学を受験した。ただ近くにいたいだけだったのに、本人を目の前にすると、欲が出る。ましてや、こんなに親切にしてもらったら、どんどん望んでしまう。
杏奈は、大学生活を楽しんでいる。講義、サークル、バイト、恋愛。このバランスを自分のわがままで壊してはいけない。吉行は、杏奈に対する想いを封印することにした。自分には、手術費の借金があるし、親には迷惑かけたくなかったから、なるべく自分で稼いでいかなければならない。もちろん、単位はひとつも落とせない。恋愛している暇はないのだと、自分を納得させるしかない。それに、女だった自分を男になったからと、受け入れてもらえるわけがない。そもそも、普通のセックスができない。欠点だらけの体をさらけ出す勇気がない。
今は、とりあえず、生活を軌道に乗せること、そして、杏奈の恋愛を応援しよう。うまくいったら、思いっきり祝福するんだ。自分の体と心の不一致に、死ぬほど悩んで考えていたあの頃に比べたら、今は、やっと本当の自分になれた。それだけで幸せじゃないか。

吉行は、まだ時間割をどうするか、決める前から、カフェで、バイトを始めた。とりあえず、大学が休みの土日は、フルで入った。
「吉行、そんなに、バイト入れて大丈夫?」
「大丈夫。貧乏だから、働かなきゃ。」
カフェの時給も、悪くはなかったが、もう少し、稼げる仕事はないかと、探していた。吉行の住むアパートのすぐ近くに、雑居ビルがあり、その8階にバーが入っていた。酒にはめっぽう強い吉行は、バーで働くのもいいかもと思い、さっそく、ひとりで店に入ってみた。店内は、落ち着いた雰囲気で、正直、学生が飲みに来るような所では、なさそうだった。なんだか、場違いな感じがして来て、恥ずかしくなった吉行は、注文したウイスキーをさっさと飲んで、店を出ようとした。
「おい。ボウズ、その酒は、そんな風に飲むんじゃねぇよ。」
と、渋い声が耳に入ってきた。
「はぁ。」
声の方を向くと、白髪で短髪の、どこにも隙がないような雰囲気の男性がいた。店のスタッフだろうか、黒のスーツを着ていた。
「なかなか男前だな。役者かなんかか?」
「いいえ。この春から、大学生になります。」
「そうか。こういう店は初めて?」
「はい。実は、僕、バーで働きたいと思って…。」
「酒は飲めるのか?」
「嗜む程度には。」
「いつから来れる?」
「はい?」
「仕事だよ。」
「ここで働かせてもらえるんですか?」
「そうだ。ボウス、名前は何だ?俺は、この店のマスターだ。」
「ありがとうございます。陸奥吉行です。今からでも、働けます。」
「面白いやつだな。」
マスターは、クスッと笑った。


「それで、バーでも働くの?」
翌日、杏奈に報告すると、驚かれた。
「そう。めちゃくちゃ、カッコイイんだよ、そこのマスター。黒のスーツがビシッときまっててさ、短髪で…あっ。」
「どうした?」
「どっか、いい美容院知らない?」
「私が行ってる所でもいい?」
「マスターみたいな短髪にしてみようと思う。」
さっそく、杏奈の紹介で美容院に行き、髪を思い切り短く切った。
「似合うじゃん。」
杏奈にも好評だった。吉行本人も、けっこう気に入っていた。
こうして、大学生活が始まっていった。
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