平行線

ライ子

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第一章

距離

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その日の授業が終わると、吉行は、杏奈を自分の部屋へ連れて帰った。虎徹と梨花も一緒だ。杏奈の携帯は、ひっきりなしに鳴っている。
「佐藤先輩、絶対、出ちゃダメですよ。メールの返信もしちゃダメです。」
「杏奈先輩、携帯、私が持っていましょうか?」
「でも、佐藤先輩、困りますよね?」
梨花が手を出すと、杏奈は、すんなり従った。
「リュウくんの番号しか、登録してないから。」
寂しそうに、俯いてつぶやいた。

「俺、今日、バーのバイトラストまでで、帰るのが5時ぐらいになるんだ。」
「吉行さえよければ、俺も梨花も今日は、予定ないから、泊まらせてもらってもいいかな?」
「そうしてもらえると、ありがたい。」
吉行は、鍋や食器を出しながら、夕飯の準備にとりかかった。
「私も何か手伝うよ。」
杏奈がキッチンをのぞいた。
「野菜切って鍋にするだけだから、大丈夫。ゆっくりしてて。」
虎徹は、梨花と買い出しに出かけたから、この部屋には、吉行と杏奈のふたりしかいない。
「吉行、ありがとう。」
「うん。無事でよかった…って、無事でもないのか…。」
杏奈は、吉行が作業する様子を、壁にもたれて見ていた。
「料理するようになったんだね。」
「いや。ほとんどしないけど、さすがに入院してから、何か食べないとまずいと思って、鍋は買った。」
「虎徹と梨花、いい子だね。いい友達ができてよかった。」
「こてっちゃんには、俺の体のこと話した。」
「そう。」
「それでも、今まで通りに接してくれる。ありがたいよ。」
「あのさ…。」
杏奈が何か話し出そうとした時、虎徹が帰って来た。
「お帰り。あれ?梨花ちゃんは?」
「アパートに、お泊りセット取りに行った。メイク道具とかないと、ダメなんだって。すぐ、来るよ。」
杏奈は、ソファに座っていた。さっき、何を言おうとしたのか、気になったが、聞くタイミングを逃した。
「杏奈さんは、ひとりで、アパート帰っちゃダメだからね。」
「うん。」
鍋の準備が出来たころ、梨花が荷物を抱えて戻って来た。
「杏奈先輩用に、着替えとか…。化粧品は、私ので大丈夫ですか?」
「ありがとう。助かる。」
吉行は、早めに夕飯を済ますと、まだ、鍋をつついている虎徹に、
「部屋の物、適当に使って。毛布とか、クローゼットにあるから、探して。」
こんな時に、バイトに行きたくないと、思いつつ、働かないと、生活が成り立たない吉行は、仕方なく部屋を出た。
バイト中も、気が気でなかった。

バイトが終わると、吉行は、急いで部屋に帰った。そっと、扉を開けると、梨花がソファーで、虎徹が床で眠っていた。杏奈は、ベッドの上でうずくまっていた。
「眠れない?」
「お帰り…うん。ちょっとね…。」
「寒いけど、少し外で話さない?」
「うん。」
吉行は、杏奈に、自分のダウンコートを着せて、近くの公園に連れ出した。公園と言っても、ブランコと砂場があるだけの小さなところだった。ふたりは、ブランコに座った。
吉行は、タバコに火をつけた。バイト終りの1本は美味しいし、リラックスできた。
「私、ブランコ、すごい久しぶり。」
杏奈は、嬉しそうにブランコをこぎ出した。しばらくすると、
「うーん。なんか、酔うかも…。」
と、こぐのをやめた。
「三半規管が、老化してんじゃない?」
吉行が、ひやかすと、
「そう言うなら、こいでみてよ。気持ち悪くなるよ。」
と、杏奈は悔しそうに返した。
「こういうの、久しぶりだね。」
吉行は、ブランコを揺らしながら言った。
「そうだね。高校のころ以来?」
「懐かしい。」
杏奈は、昔を思い出しているのか、ぼんやりと、真っ暗な空を眺めていた。
「ねぇ、杏奈。彼とは、きちんと別れよう。俺も一緒に行くから。」
「でも…。」
「他に好きな人ができたって言うんだ。本当に、杏奈を幸せにできる人と出会うまで、俺がサポートするよ。」
「好きな人なんて、できない。」
杏奈が、ボソッと小さな声でつぶやいた。
「え?」
「でも吉行と、付き合ったら幸せになれそう。」
「俺は、ダメだよ。」
「なんで?」
「俺は、俺とはちゃんとできないじゃん。」
「エッチのこと?」
杏奈がはっきり言うので、一瞬返事ができなかった。
「う…うん。」
「私も、エッチできない。内腿に…。」
杏奈は、ブランコから降りて、吉行の前に立つと、吉行の手を取り自分の履いているスエットのズボンの中に入れた。
「ちょっと…杏奈…。」
吉行の指先に、デコボコした感触があった。一部は、ガーゼが貼られいるようだ。
「なっ…何これ?」
「根性焼き…って言うのかな。タバコの火で…。」
「はっ⁈」
「私の中に、龍が登っていくようにしたかったんだって。」
「え?バカじゃないの?こんなの犯罪だよ。警察に相談しよう。」
「証拠がないよ。」
「許せないよ。そんな…。」
吉行は、自分の無力さに腹が立ってきた。
「私、リュウくんのこと、好きだから。」
杏奈は、小さな声で、つぶやいた。
「洗脳されてるよ。そんなの。」
「優しいところもあるんだよ。だから、あんまり悪く言わないで。ね。」
「杏奈…。」
杏奈は、またブランコに座り、少し揺らした。
「でも、別れる。」
今度は、はっきり決意のこもった声だった。
「うん。」
「また、髪、伸ばそうかな。」
「うん。ロング、似合ってたよ。」
「リュウくんは、おだんご頭が嫌いなんだって、ハサミでおだんご切られちゃった。だから、こんなに短くなっちゃったの。」
「怖かったね。」
吉行は、杏奈の頭を優しくなでた。
(あぁ。抱きしめたい。けど、気持ち悪いって思われるかな…。)心の中で、葛藤していた。
「吉行。ありがとう。私、どっかで、吉行は、幸穂のままだった。けど、違うね。吉行になったんだね。」
「うん。杏奈のおかげで、今の俺がいる。あっ。でも、重く受け止めないで。全部、自分で決めてきたことだから、いろんなきっかけを、作ってくれてありがとう。」
杏奈は、そろそろ戻ろうと、吉行の手を握った。
「ごめん。」
「何で吉行が謝るの?」
「ごめん。いろいろ。」
「変なの。吉行は、何も悪くないのに。」
杏奈は、微笑みながら、歩き出した。
「タバコ、もう、いい加減やめなよ。」
「たぶん、やめない。ニコチン中毒だから。」
「ばか。」
ふたりは、手を繋いで、吉行の部屋に帰った。虎徹と梨花は爆睡していた。
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