平行線

ライ子

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第一章

心配

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吉行は、突然、虎徹達のバスケサークルに、顔を出した。
「おっ。吉行。やっと来たなぁ。」
虎徹と梨花が、吉行を迎えた。
「まだ、みんな集まってないから、適当にアップしてろよ。」
「うん。みんな集まったら、何するの?」
「シュート練習して、2対1とか3対2とかして、試合かな。」
「へぇ。」
吉行は、バッシュを履きながら、キョロキョロと、周りを見渡した。男女合わせて、10人ほどが来ていた。出入り口あたりに、まだ私服の学生も数人いた。
「杏奈先輩なら、最近、来てないよ。」
梨花が、ストレッチをしながら言った。
「なんか、彼氏さんが、厳しいみたいで…。」
「厳しい?」
「束縛するみたい。それもあってか、最近、サークルには来てないよ。」
「そう。」
「吉行くんには、何も言ってなかった?バイトは?」
「俺は、何も聞いてないよ。バイトも、先週、急に辞めてさ…。」
吉行は、杏奈のことを聞こうとしたが、
「そろそろ始めまーす。」
と、声がかかったので、この話はそこで終わってしまった。

吉行が、バスケをするのは、2年ぶりぐらいのことだった。綺麗なシュートフォームで、ミドルシュートが得意みたいだった。ゴール下の1対1も上手だった。
「吉行、ポジションどこやってたの?」
虎徹が、聞くと、すでに肩で息をしている吉行は、
「センター。」
と、答えた。168センチで、センターは小さいだろ、と、言いそうになったが、女子だったら、チームによっては、センターになりそうな身長だった。
「俺もセンターだからさ、試合始まったら、一緒に出ようぜ。」
「いや。俺、ダメかも。足つりそう。」
「つったら、つった時だ。」
「息も苦しい。」
「日頃、タバコばっか吸ってるからだよ。禁煙しろよ。」
「今、一服したい。」
「バカ。」

男女混合で、適当にチーム分けをした。ランニングタイムで、10分間の練習試合を何本かすることになった。
虎徹と梨花は、最初から出て、吉行は途中交代することにした。いつも、サークルに参加しているだけあって、虎徹も梨花もよく体が動いていた。
「吉行ー。交代。」
残り4分で、吉行がコートに入った。
吉行は、梨花からのパスを、ハイポストで受け、ローポストの虎徹につなぐ。虎徹の1対1で、得点を決めた。吉行は、ディフェンスの戻りは早かったが、速攻についていけない。すでに肩で息をしていた。
「こてっちゃん…足、つった…。」
試合終了のブザーが鳴る頃には、フラフラしていた。
「お疲れ。」
「疲れた…気持ち悪い。俺、もういいや。あと見てる。」
色白の吉行の顔色が、さらに蒼白く見えた。
「情けないなぁ。バスケやってたんだろ?」
「2年のブランクは、大きいよ。日頃の不摂生もね。」
吉行は、床にどかっと座り込んだ。汗が止まらないし、呼吸もなかなか落ち着かない。ゆっくりストレッチをして、他のメンバーの試合を眺めた。

「吉行くん、大丈夫?」
サークル活動が終わると、立ち上がれないでいる吉行に、梨花が声をかけた。
「全身、痛い。」
「今から、虎徹と夜ご飯食べに行くけど、吉行くんもどう?」
「今日はバイトもないし、行こうかな。」
「じゃあ。着替えたら、門の所で集合ね。」
「わかった。」

3人は、大学の近くの居酒屋に行った。
「乾杯。」
吉行は、グビグビと、勢いよくビールを流しこんだ。
「運動の後のビールは美味いね。」
「吉行は、ちょっとしかやってないだろ。」
「そんなことないよね。」
「ほら、梨花はすぐイケメンの味方する。」
「拗ねないの。虎徹は、もぅ。」
虎徹と梨花の様子を見て、吉行は寂しそうに笑いながら言った。
「仲良いんだな。」
「吉行だって、早く彼女作れよ。」
「俺はいいんだよ。」
梨花が、少し迷ったように切り出した。
「杏奈先輩のことなんだけど…。」
吉行は、何でもいいから知りたそうな顔をした。
「俺さ、杏奈さんに振られちゃったけど、迷惑にならないように、好きでいようと思う。諦めたいんだけど、ずっと好きだったから、切り替えられなくて…。」
「分かる。」
梨花が身を乗り出す。
「なんで、梨花が分かるんだよ。」
「まあまあ、こてっちゃん。」
吉行が、なだめる。

梨花は、直接杏奈から聞いたわけではないが、同じサークルで、杏奈とよく一緒に行動していた女の先輩から聞いたことを教えてくれた。
杏奈の彼氏は、杏奈と同じ学部の4年生だった。どこで知り合ったかは、分からないが、最近は、就職が内定している彼が、杏奈の部屋で、半同棲しているような状態らしい。杏奈は、講義を受けに大学に来るが、講義が終わると、彼氏が迎えに来てすぐに帰ってしまうようだ。空き時間も、彼氏とどこかに行ってしまって、まともに話をしていないらしい。
「それって、何かおかしくないか?」
「でも、直接本人に聞いたわけじゃないし。」
「吉行、電話してみるか?」
吉行は、虎徹に言われて、携帯を取り出したが、なかなか電話をしようとしない。
「もし、幸せそうにしてたら、それはそれでいいじゃない?私達の考え過ぎってことで。」
「うん。そうだな。」
やっと電話をかけてみるが、吉行は困惑の表情だった。
「どうした?」
「杏奈さんの番号…現在使われてないって…。」
「え⁈」
「やっぱおかしいよ。梨花、佐藤先輩んち知ってるか?」
「知らない。」
「俺、知ってる。今からちょっと行って来る。」
吉行は、席を立ち、財布から5000円を出すと、
「これで俺の分足りるかな?」
「俺も行くよ。」
付いて来ようとする虎徹を制して、
「大丈夫だから。梨花ちゃんと、ゆっくりして。」
にっこり笑って、店から出て行ってしまった。
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