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36:呪いの効果が
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「大変お待たせしたうえに、ご足労頂きありがとうございます」
「……あぁ」
向かいの席に座るのは、エギュエット男爵様。
この方にお見せしたい品があり、本邸までご一緒して頂いている。
ちょっと不機嫌そうなのは、ロジックの絵画を手に入れられなかったからだろう。
「男爵様は、帝国貴族きっての絵画好きだと父からも伺っております」
「私もそう自負している」
なのにロジックの絵を手に入れられなくて、拗ねているというところかしらね。
確かに男爵にとって、あの絵はどうしても手に入れたい品だっただろう。
だけど邸宅込みで購入できるほど、男爵の私産は潤っていない。
まぁ、その原因の一端が我が家にあるのだけれど。
男爵家には、我が家所有の鉱山で手に入った鉱石の加工を専門に請け負って貰っている。
だけど崩落続きで採掘量が激減しているから、男爵家に回せる仕事量もおのずと減っる訳で。
呪いを解除したものの、その効果が現れるのがいつになるか。
本邸へと到着し、すぐさま男爵を応接間へとお通しした。
そこにはお父さまが待っていて、気のせいか、なんだか機嫌がいいように見える。
何かあったのかな? あとで聞いてみよう。
「おぉ、エギュエット男爵ですか。やはりルシアナはあなたを選んだようですな」
「私を、選ぶ? いったい何を見せたいというのでしょうかな?」
見せたい物。それには紫色の布を被せてある。
その布を捲って、男爵に見て貰った。
「こ、これは!? ロジックの絵……しかもこれは、彼が生涯でただ一人愛した女性を描いたものでは!?」
「おぉ。男爵は一目見てそれと分かりましたか? いやぁ、わたしなどは絵画の知識がないもので、巧いなぁという感想しか出ませんよ。はっはっは」
右に同じく。
この絵は、街にある共同井戸で水を汲む女性が描かれている。
生命力にあふれた、とても綺麗な人だとは思う。
素人目には「とても巧い絵」と思う程度。
「鑑定をしましたら、贋作ではなくロジックのオリジナルだったもので。こちらも画廊の主人に、鑑定書を発行して頂きました」
鑑定書を男爵に手渡すと、彼は絵と鑑定書とを何度も何度も見比べた。
その顔は喜びに満ちている。
「こ、この絵はどこで手に入れたものなのですか?」
「あぁ、実はあの別荘の贋作とこの絵はセットで買われたものなのですよ。わたしではく、父がね」
「侯爵のお父上ですか?」
「えぇ。わたしの父が地方へ行った際、屋敷に飾る絵の一枚でも買おうかと画廊に立ち寄ったそうで」
そこで店主が執拗にゴッゴの絵画を勧めてきた。
あまりにしつこいから、逆に怪しいと思ったらしく。すると画廊の主人が、この『愛しき乙女の日常』も付ける、と言ってきたそうな。
「かれこれ五十年と少し前の話だそうで」
「なんと! ロジック画家が、まだ存命だった時代では?」
お父さまが頷く。
そう。まだロジックの素晴らしさが世に知らされる前に、おじい様は彼の絵を手にしていた。
ひとつは贋作で、もう一つか彼のオリジナルを。
「この絵を、是非男爵にお譲りしたい」
お父さまはそう言って、男爵の手を握った。
「この数年、男爵にはご迷惑をお掛けした。その償いとして、また……あなたからお借りしている金子の代りに受け取って頂けないだろうか?」
「侯爵にお貸している金額は、そうたいしたものではありませんっ。このロジック画家の絵は、今世紀最大の発見と言えるような品ですよ!?」
「いやぁ、絵のことはさっぱり分からないわたしには、ただの上手な絵ですよ。はっはっは。それに男爵」
ここでお父さまが机の上に置いてあった紙を持ち出した。
「これから忙しくなるでしょう。そのことも含めて、ぜひ、これからもわたしに力をお貸しいただきたい」
そう言ってお父さまは笑った。
男爵が紙を見つめ、そして驚いたように顔を上げる。
何が書かれているのかしら?
「侯爵様、やりましたね!」
「あぁ、数年ぶりに黒字に転じるかもしれないですぞ」
黒字? 鉱山でなにかあったのかしら。
内容を見ようと顔を覗かせると、男爵が満面の笑みを浮かべてこう言った。
「新しい鉱脈が見つかったそうですよ、ルシアナ嬢」
それは、呪いの効果が完全になくなったことを意味する言葉だった。
「……あぁ」
向かいの席に座るのは、エギュエット男爵様。
この方にお見せしたい品があり、本邸までご一緒して頂いている。
ちょっと不機嫌そうなのは、ロジックの絵画を手に入れられなかったからだろう。
「男爵様は、帝国貴族きっての絵画好きだと父からも伺っております」
「私もそう自負している」
なのにロジックの絵を手に入れられなくて、拗ねているというところかしらね。
確かに男爵にとって、あの絵はどうしても手に入れたい品だっただろう。
だけど邸宅込みで購入できるほど、男爵の私産は潤っていない。
まぁ、その原因の一端が我が家にあるのだけれど。
男爵家には、我が家所有の鉱山で手に入った鉱石の加工を専門に請け負って貰っている。
だけど崩落続きで採掘量が激減しているから、男爵家に回せる仕事量もおのずと減っる訳で。
呪いを解除したものの、その効果が現れるのがいつになるか。
本邸へと到着し、すぐさま男爵を応接間へとお通しした。
そこにはお父さまが待っていて、気のせいか、なんだか機嫌がいいように見える。
何かあったのかな? あとで聞いてみよう。
「おぉ、エギュエット男爵ですか。やはりルシアナはあなたを選んだようですな」
「私を、選ぶ? いったい何を見せたいというのでしょうかな?」
見せたい物。それには紫色の布を被せてある。
その布を捲って、男爵に見て貰った。
「こ、これは!? ロジックの絵……しかもこれは、彼が生涯でただ一人愛した女性を描いたものでは!?」
「おぉ。男爵は一目見てそれと分かりましたか? いやぁ、わたしなどは絵画の知識がないもので、巧いなぁという感想しか出ませんよ。はっはっは」
右に同じく。
この絵は、街にある共同井戸で水を汲む女性が描かれている。
生命力にあふれた、とても綺麗な人だとは思う。
素人目には「とても巧い絵」と思う程度。
「鑑定をしましたら、贋作ではなくロジックのオリジナルだったもので。こちらも画廊の主人に、鑑定書を発行して頂きました」
鑑定書を男爵に手渡すと、彼は絵と鑑定書とを何度も何度も見比べた。
その顔は喜びに満ちている。
「こ、この絵はどこで手に入れたものなのですか?」
「あぁ、実はあの別荘の贋作とこの絵はセットで買われたものなのですよ。わたしではく、父がね」
「侯爵のお父上ですか?」
「えぇ。わたしの父が地方へ行った際、屋敷に飾る絵の一枚でも買おうかと画廊に立ち寄ったそうで」
そこで店主が執拗にゴッゴの絵画を勧めてきた。
あまりにしつこいから、逆に怪しいと思ったらしく。すると画廊の主人が、この『愛しき乙女の日常』も付ける、と言ってきたそうな。
「かれこれ五十年と少し前の話だそうで」
「なんと! ロジック画家が、まだ存命だった時代では?」
お父さまが頷く。
そう。まだロジックの素晴らしさが世に知らされる前に、おじい様は彼の絵を手にしていた。
ひとつは贋作で、もう一つか彼のオリジナルを。
「この絵を、是非男爵にお譲りしたい」
お父さまはそう言って、男爵の手を握った。
「この数年、男爵にはご迷惑をお掛けした。その償いとして、また……あなたからお借りしている金子の代りに受け取って頂けないだろうか?」
「侯爵にお貸している金額は、そうたいしたものではありませんっ。このロジック画家の絵は、今世紀最大の発見と言えるような品ですよ!?」
「いやぁ、絵のことはさっぱり分からないわたしには、ただの上手な絵ですよ。はっはっは。それに男爵」
ここでお父さまが机の上に置いてあった紙を持ち出した。
「これから忙しくなるでしょう。そのことも含めて、ぜひ、これからもわたしに力をお貸しいただきたい」
そう言ってお父さまは笑った。
男爵が紙を見つめ、そして驚いたように顔を上げる。
何が書かれているのかしら?
「侯爵様、やりましたね!」
「あぁ、数年ぶりに黒字に転じるかもしれないですぞ」
黒字? 鉱山でなにかあったのかしら。
内容を見ようと顔を覗かせると、男爵が満面の笑みを浮かべてこう言った。
「新しい鉱脈が見つかったそうですよ、ルシアナ嬢」
それは、呪いの効果が完全になくなったことを意味する言葉だった。
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