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35:数えちゃおうっと

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「どうかなさったのですか、グレ──アスターさん」
「アスター?」
「あら、そのお花の名前、ご存じじゃなかったのですか?」

 グレン卿がこくりと頷く。
 適当に選んだみたいね。

「その花は、うちの庭師が私の瞳の色と同じだからって、好んで育てているんです」
「あぁ、同じだ」
「アスターさんの瞳と同じ色の花は、ありませんものね」

 黄色の花はいくらでもあるけど、ファンタジーなこの世界でもさすがに金色はなかった。

「それで、どうなさったんですか?」
「あ、あぁ……」

 なんだろう?
 グレン卿は考えるようなそぶりを見せたあと、私の方に向かって歩いて来た。
 目の前で立ち止まる。
 
 うぅん。私、背は低い方じゃないんだけど、彼が凄く長身なせいで壁に見えてしまう。
 真っ黒い壁。

「ロウニュ……」
「ロウ? あぁ、もしかして北部の別荘ですか? あのお城みたいな」

 グレン卿が頷く。
 もしかして今日参加したのは、この別荘が目的ではなくあの北部の?

「一応、売却予定にしておりますが……」

 でもあの別荘は、ベンジャミン皇子が第三皇子に話しをしてくれるって仰ってたし。
 どうしよう……。

「もちろん俺が買う訳じゃない。俺の知り合い……いや、世話になっているリュグライド公爵だ」
「リュグライド公爵? それなら!」

 ベンジャミン皇子も仰っていた。第三皇子の後継人であるリュグライド公爵が興味を持つだろうからって。
 そっか。グレン卿も公爵様とは顔見知りなのね。

「実はベンジャミン皇子が、弟君を介してリュグライド公爵に話しをしてくださることになっていたの。でもあなたからも勧めてくださるなら、きっとあのお城も売れると思うし」
「やつ……皇子が? そう、か……」
「ん、どうかしたの?」

 仮面のせいでまったく表情が分からないけど、声色からして少し不機嫌かも?

「いや。公爵には俺から伝えてやる」
「本当!? 北部の別荘なんて、きっと他の方だと入札すらしてくれないと思っていたから助かるわ」
「一度も、行ったことがないらしいな」
「えぇ。だって北部は遠いもの」

 ここから馬車で半月近くは掛かるという。
 遠いし、寒いし、それに──

「魔獣も多いんでしょ?」

 その言葉にグレン卿が頷く。
 いくら別荘があるといっても、気軽に行ける場所ではない。

 でも、ベンジャミン皇子と婚約破棄をしたあと、傷ついた心を癒すのにいい場所かもしれない。
 極寒の地が、まさに……ね。ふふ。

「あ、公爵様にお手紙を書きたいのだけれど」
「ベンジャミン、殿下のパーティーの時にでも預かろう」
「ではその時に。それじゃあ私は、お待たせしている方がもうひとりいらっしゃるの。ごめんなさい」
「あ、あぁ。引き止めて悪かった」

 そこは全然気にしてないから。むしろ公爵にあのお城を紹介してくれるっていうなら、とっても有難い。
 あそこじゃ買いたいっていう人もそうそういないだろうし、いてもご案内するのだって難しいもの。

「グ、アスター卿、今日はお越しくださってありがとうございます」

 優雅にお辞儀をすると、珍しく彼も貴族然とした会釈を返してくれた。
 背が高く、仮面を着けていてもカッコよさが滲み出ている彼には、こうした貴族っぽい仕草も良く似合い。
 今度のパーティーで、いったい何人のご令嬢たちに囲まれるのか数えちゃおうっと。
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