31 / 54
31:俺には関係ないことだ
しおりを挟む
「はぁ……」
なんで奴に呼び出されなきゃならないのか。
まずその理由に皆目見当がつかない。
扉の前でため息を吐き捨て、それからノックをした。
直ぐに「入れ」と応答があり、扉を開く。
ここは王城にある一室、奴の執務室だ。
城は居心地が悪い。来たくもなかったが、呼び出されれば応じるしかない。
奴は皇太子であり、次期皇帝なのだから。
「来たか、グレン。とりあえずソファーに腰かけていてくれ。あと数枚にサインをすれば終わりだから」
金髪碧眼。こういう奴の事を、絵に描いたような王子様というのだろう。
実際、王子様な訳だが。
暫く待っていると、奴の仕事が終わって向かいのソファーへとやって来た。
「不機嫌そうだな」
「別に」
機嫌がいい訳ない。
俺はここを──王城を追放された身だ。こんな所にいて、機嫌よく出来る訳ないだろう。
「話は簡潔にすませよう。グレン、君は俺に婚約者がいることを知っているか?」
「……あぁ」
「ではその相手がカイチェスター侯爵のご息女、ルシアナ嬢だということも?」
その名を奴の口から聞くと、思いのほか腹が立った。
声には出さず、頷くだけで答える。
「それはよかった。侯爵家が所有している別荘を、いくつか売りに出すという話を聞いた」
「知っている」
「そうなのか? それは意外だな。では侯爵の別荘に、北部のあの城が含まれていることも?」
首を左右に振る。
カイチェスター侯爵家が所有する別荘を売ろうとしていることは、前に渋々参加させられたパーティーで噂を聞いた。
大神殿で解呪をして貰うために通っていた時にも、お付きのメイドとそういう話をしていたのを耳にしている。
どうやらあの城──グラニュウダ城塞と対になっている、ロウニュウトの城も売る気なのか。
「買ったはいいが、一度も行っていないそうだ」
「……買う意味があったのか?」
「亡くなった夫人が、浪費癖のある方でね。王都でも有名な方だったんだ」
城を買うのは、浪費と呼べるのか?
「リュグライド公爵が確か、以前欲していた城ではなかったかな?」
「ロイエンタールの奴が、値が下がるのを待とうとして失敗したヤツだ」
「ははははは。そうだったのか。では今度こそ手に入れられるといいな」
俺を呼んだのは、あの女から城を買い取らせるためなのか?
「……いるのか?」
「ん? グレン、何か言ったかい?」
「おま……ベンジャミンは、婚約者を愛しているのかと」
普段はすまし顔の腹違いの兄が、珍しく困ったような表情を浮かべた。
「……彼女は可憐でお淑やかで、皇后として立派に務められるだろう」
「お淑やか?」
「あぁ、そうだよ。お前は知らないかもしれないが、ルシアナ嬢はとても美しい淑女さ」
あの女が、お淑やか?
美しいとは思う。いや、実際かなりの美女だ。
だがお淑やかだとは思わない。
凛としていて、芯のある女性だと俺は思っている。
決してその辺のひ弱な令嬢どもとは違う。
「俺の質問の答えにはなっていない」
「……グレン。私は皇太子だ。そして彼女は侯爵家の令嬢。愛のある結婚なんて、望める立場ではないことは分かっているだろう?」
「つまり愛してはいないということか」
その言葉を聞いて、ベンジャミンが遠くを見つめる。
「愛か……そうだな。私も一度ぐらいは愛を経験してみたかった」
「は? お前、何言っているんだ。噂ぐらいは俺の耳にだって入るんだぞ。……はぁ」
「う、噂? まさか俺がどこかの淑女と愛し合っているというのか?」
「一目惚れしたのは何人だ」
と尋ねると、奴はまた、視線を逸らした。
帝都から遠く離れた北部でも、王族の色恋話はよく届くものだ。
「ゴホンッ。ひ、一目惚れは愛とは言わない。恋ですらない。そもそも私は、ただの一度も女性と付き合ったことすらないのだから」
「……一度も?」
「ほ、本当だ! そもそも、皇太子と普通に恋愛をしてくれるような女性は、そうそういないだろう」
「権力が手に入るだろう」
「結婚でも出来ればそうだな。だからこそ、普通ではない目的で近づく女性はいるよ」
そういうことか。
こいつは皇子としてではなく、ベンジャミンというひとりの男として自分を見てくれる女性と恋がしたいと、そう言っているのか。
だが無理だろうな。
ベンジャミン・ローズ・フィアロスには、皇太子としての地位が付きまとう。
奴をひとりの男として見てくれる女がいたとしても、皇太子だと知れば恐れ多くて身を引くのがまともな女の反応だ。
そうでなく、近づく女は権力目当て。
あいつも……ルシアナもそうなのか?
「帰る」
「ん? そうか。城の件、公爵に伺ってみてくれ」
返事をするのも億劫なので、頷いて返事をする。
いつもの澄ました笑みを浮かべ、ベンジャミンの奴は窓の外を見つめた。
あいつのことを考えているのか、それとも別の……。
まぁいい。俺には関係ないことだ。
俺にはどうすることもできない。
どうすることも……。
なんで奴に呼び出されなきゃならないのか。
まずその理由に皆目見当がつかない。
扉の前でため息を吐き捨て、それからノックをした。
直ぐに「入れ」と応答があり、扉を開く。
ここは王城にある一室、奴の執務室だ。
城は居心地が悪い。来たくもなかったが、呼び出されれば応じるしかない。
奴は皇太子であり、次期皇帝なのだから。
「来たか、グレン。とりあえずソファーに腰かけていてくれ。あと数枚にサインをすれば終わりだから」
金髪碧眼。こういう奴の事を、絵に描いたような王子様というのだろう。
実際、王子様な訳だが。
暫く待っていると、奴の仕事が終わって向かいのソファーへとやって来た。
「不機嫌そうだな」
「別に」
機嫌がいい訳ない。
俺はここを──王城を追放された身だ。こんな所にいて、機嫌よく出来る訳ないだろう。
「話は簡潔にすませよう。グレン、君は俺に婚約者がいることを知っているか?」
「……あぁ」
「ではその相手がカイチェスター侯爵のご息女、ルシアナ嬢だということも?」
その名を奴の口から聞くと、思いのほか腹が立った。
声には出さず、頷くだけで答える。
「それはよかった。侯爵家が所有している別荘を、いくつか売りに出すという話を聞いた」
「知っている」
「そうなのか? それは意外だな。では侯爵の別荘に、北部のあの城が含まれていることも?」
首を左右に振る。
カイチェスター侯爵家が所有する別荘を売ろうとしていることは、前に渋々参加させられたパーティーで噂を聞いた。
大神殿で解呪をして貰うために通っていた時にも、お付きのメイドとそういう話をしていたのを耳にしている。
どうやらあの城──グラニュウダ城塞と対になっている、ロウニュウトの城も売る気なのか。
「買ったはいいが、一度も行っていないそうだ」
「……買う意味があったのか?」
「亡くなった夫人が、浪費癖のある方でね。王都でも有名な方だったんだ」
城を買うのは、浪費と呼べるのか?
「リュグライド公爵が確か、以前欲していた城ではなかったかな?」
「ロイエンタールの奴が、値が下がるのを待とうとして失敗したヤツだ」
「ははははは。そうだったのか。では今度こそ手に入れられるといいな」
俺を呼んだのは、あの女から城を買い取らせるためなのか?
「……いるのか?」
「ん? グレン、何か言ったかい?」
「おま……ベンジャミンは、婚約者を愛しているのかと」
普段はすまし顔の腹違いの兄が、珍しく困ったような表情を浮かべた。
「……彼女は可憐でお淑やかで、皇后として立派に務められるだろう」
「お淑やか?」
「あぁ、そうだよ。お前は知らないかもしれないが、ルシアナ嬢はとても美しい淑女さ」
あの女が、お淑やか?
美しいとは思う。いや、実際かなりの美女だ。
だがお淑やかだとは思わない。
凛としていて、芯のある女性だと俺は思っている。
決してその辺のひ弱な令嬢どもとは違う。
「俺の質問の答えにはなっていない」
「……グレン。私は皇太子だ。そして彼女は侯爵家の令嬢。愛のある結婚なんて、望める立場ではないことは分かっているだろう?」
「つまり愛してはいないということか」
その言葉を聞いて、ベンジャミンが遠くを見つめる。
「愛か……そうだな。私も一度ぐらいは愛を経験してみたかった」
「は? お前、何言っているんだ。噂ぐらいは俺の耳にだって入るんだぞ。……はぁ」
「う、噂? まさか俺がどこかの淑女と愛し合っているというのか?」
「一目惚れしたのは何人だ」
と尋ねると、奴はまた、視線を逸らした。
帝都から遠く離れた北部でも、王族の色恋話はよく届くものだ。
「ゴホンッ。ひ、一目惚れは愛とは言わない。恋ですらない。そもそも私は、ただの一度も女性と付き合ったことすらないのだから」
「……一度も?」
「ほ、本当だ! そもそも、皇太子と普通に恋愛をしてくれるような女性は、そうそういないだろう」
「権力が手に入るだろう」
「結婚でも出来ればそうだな。だからこそ、普通ではない目的で近づく女性はいるよ」
そういうことか。
こいつは皇子としてではなく、ベンジャミンというひとりの男として自分を見てくれる女性と恋がしたいと、そう言っているのか。
だが無理だろうな。
ベンジャミン・ローズ・フィアロスには、皇太子としての地位が付きまとう。
奴をひとりの男として見てくれる女がいたとしても、皇太子だと知れば恐れ多くて身を引くのがまともな女の反応だ。
そうでなく、近づく女は権力目当て。
あいつも……ルシアナもそうなのか?
「帰る」
「ん? そうか。城の件、公爵に伺ってみてくれ」
返事をするのも億劫なので、頷いて返事をする。
いつもの澄ました笑みを浮かべ、ベンジャミンの奴は窓の外を見つめた。
あいつのことを考えているのか、それとも別の……。
まぁいい。俺には関係ないことだ。
俺にはどうすることもできない。
どうすることも……。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~
平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。
しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。
このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。
教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。
深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~
白金ひよこ
恋愛
熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!
しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!
物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?
私、モブのはずでは?〜嫌われ悪女なのに推しが溺愛してくる〜
皿うどん
恋愛
ある日アデルは婚約者に贈られたブローチを見て、自分がハマっていた乙女ゲームの悪役令嬢に転生していることに気がついた。
それも本編前に死ぬ、推しの元婚約者のモブとして。
すぐに婚約解消すれば死なないだろうけれど、ヒロインが婚約者のルートを選ばなければ、婚約者の冤罪は晴らされないままだ。
なんとか婚約者の冤罪を晴らして、死ぬ運命を回避したい!
そのあとは推しとヒロインとの出会いのために身を引くので、今までの浮かれた行動は許してください! 婚約破棄されたら国外へドロンしますので!
と思って行動していたら、周囲と婚約者の態度が変わってきて……。あれ?もしかしてこれって溺愛ってやつ?
申し訳ないけど、悪役令嬢から足を洗らわせてもらうよ!
甘寧
恋愛
この世界が小説の世界だと気づいたのは、5歳の頃だった。
その日、二つ年上の兄と水遊びをしていて、足を滑らせ溺れた。
その拍子に前世の記憶が凄まじい勢いで頭に入ってきた。
前世の私は東雲菜知という名の、極道だった。
父親の後を継ぎ、東雲組の頭として奮闘していたところ、組同士の抗争に巻き込まれ32年の生涯を終えた。
そしてここは、その当時読んでいた小説「愛は貴方のために~カナリヤが望む愛のカタチ~」の世界らしい。
組の頭が恋愛小説を読んでるなんてバレないよう、コソコソ隠れて読んだものだ。
この小説の中のミレーナは、とんだ悪役令嬢で学園に入学すると、皆に好かれているヒロインのカナリヤを妬み、とことん虐め、傷ものにさせようと刺客を送り込むなど、非道の限りを尽くし断罪され死刑にされる。
その悪役令嬢、ミレーナ・セルヴィロが今の私だ。
──カタギの人間に手を出しちゃ、いけないねぇ。
昔の記憶が戻った以上、原作のようにはさせない。
原作を無理やり変えるんだ、もしかしたらヒロインがハッピーエンドにならないかもしれない。
それでも、私は悪役令嬢から足を洗う。
小説家になろうでも連載してます。
※短編予定でしたが、長編に変更します。
おじ専が異世界転生したらイケおじ達に囲まれて心臓が持ちません
一条弥生
恋愛
神凪楓は、おじ様が恋愛対象のオジ専の28歳。
ある日、推しのデキ婚に失意の中、暴漢に襲われる。
必死に逃げた先で、謎の人物に、「元の世界に帰ろう」と言われ、現代に魔法が存在する異世界に転移してしまう。
何が何だか分からない楓を保護したのは、バリトンボイスのイケおじ、イケてるオジ様だった!
「君がいなければ魔法が消え去り世界が崩壊する。」
その日から、帯刀したスーツのオジ様、コミュ障な白衣のオジ様、プレイボーイなちょいワルオジ様...趣味に突き刺さりまくるオジ様達との、心臓に悪いドタバタ生活が始まる!
オジ専が主人公の現代魔法ファンタジー!
※オジ様を守り守られ戦います
※途中それぞれのオジ様との分岐ルート制作予定です
※この小説は「小説家になろう」様にも連載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる