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22:名前、なんていうんだろう?
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夕食のあと、別荘の件で届いた手紙に目を通す。
中には「侯爵へ貸したお金の代わりに」と書かれた手紙もあった。
お金じゃなく、品物での返済でいいというのは有難いけど、他にもお金を借りている貴族はいる。
それに、借りたお金に対して別荘が相応の値段かどうかも問題。
建物だけじゃなく、運び込まれた家具や家を飾るための物なんかの値段も考慮しないといけないのだから。
幸い、我が家の執事が優秀で、何を買ってどこの別荘に送ったのかというのは全部ハッキリしている。
実物を見に行くのはなかなか大変なので、一応品物名だけでも分かる範囲で金額の査定は行った。
そこからオークションの、最低落札希望価格を設定するつもり。
「あとは……誰が入札したのか、その場では分からない方がいいわよね」
「オークションですか?」
ローラが紅茶を持ってやってきた。丁度良かった、謎の黒い人さんから貰ったクッキー食べようっと。
「そ。もし爵位の高い人が入札すれば、お金があっても爵位の低い人は入札しにくいでしょ?」
「それはありますね」
「あとは仮面舞踏会みたいなのを、やりたかったの」
「そっちが本命ですね」
うぐっ。否定はしない。だって面白そうじゃん!
でも爵位の上下で入札に影響されそうってのは本当。
爵位が低く、私産もそうなさそうな人が入札すれば、物件に興味なくても嫌がらせで入札する貴族が現れないとも限らないし。
そういうのは防ぎたい。
さらさらっと手紙を書き……ほぼ同じ内容の物を十数枚用意した。
はぁ、疲れた。
「ローラ、明日これをお願いね」
「かしこまりました、お嬢様」
「さぁて、お風呂に入って寝ようっと」
「ところでお嬢様。その指輪はどうなさいますか?」
指輪?
ん?
おや、左手の中指に、ぶかぶかの指輪があるじゃありませんか。
「うわあぁぁぁっ、お返しするの忘れてたわあぁぁっ」
神殿にいた時は落とさないようにって気を付けていたんだけど、逆にそれが外していないことに違和感なくなってしまっていたみたい。
あぁぁ、アーティファクトなんて高級品なのにぃ。
絶対今頃、謎の黒い人も焦ってるはず。
だからって今から出て行く訳にもいかないし……はぁ、明日探そう。きっと町のどこかにいるだろうし。
「むしろ屋敷で待っていれば、取りにきたのではないでしょうか?」
「うっ」
朝から謎の黒い人を探すために、街のほうへとやって来た。
アッシュ卿とローラが傍にいて、残り四人の騎士が近くを護衛してくれている。
全員で謎の黒い人を探すけれど、なかなか見つからない。
確かに……屋敷で待ってたら来てくれたかもしれないなぁ。
でももう街に出てきちゃったもん!
「はぁ……ちょっと休憩しましょうか」
テラス席のあるカフェで、ちょっと小休止。ついでにお腹も空いたから、パンケーキを注文。
はぁ、甘いもの食べてる時が、一番幸せぇ。
テラス席選んだのも、食べながら謎の黒い人が探せるからなんだけど。
でも今はこの至福の時を満喫しようっと。
「おい」
「……うそん」
「なにがだ?」
見上げると、私の背後に立つ謎の黒い人が見えた。
「首、傷めるぞ」
「そうですね。あ、探していたんですよ、謎の黒い人さん」
首をさすりながら、ローラに渡していた小さなケースを受け取る。
ケースを手に立ち上がると、パカっと蓋を開けて彼に差し出した。
中にはアーティファクトが入っている。
おや?
ふふ、これじゃまるで、
「まるでプロポーズしてるみたい」
女からのね。
「プ、プロッ」
「なーんちゃって。昨日お借りしたアーティファクト、返しそびれていたから探してい──ん?」
謎の黒い人、耳まで真っ赤になってる。
えー、そんなに恥ずかしかった?
えぇー、えぇー、えぇー……。
うわ、めちゃくちゃ恥ずかしいぃーっ。
は、早く返して帰ろう。
「謎の黒い人さん、どうぞ」
「……あぁ」
はぁ、よかった。受け取ってくれ──ん?
なに、あのチェーン。
指輪に通して、なんでケースに戻す訳?
「持ってろ」
「へ?」
「明日。倒れられたら困る」
「あぁ、なるほど。って、アーティファクトなんですよ!?」
「倒れられたら、また一日伸びるだろう。それに今は必要ない。ここではそこまで魔力を酷使することはないからな。……はぁ」
まぁたため息吐いて。長文喋れない病ですかね?
うぅ、アーティファクトなんて高価なもの……でも言ってることは理解できるし。
明日一日頑張れば解呪できそうだけど、それはつまり一日中頑張らなきゃいけないってことだし。
王都に来たのも、きっとこの呪いを解くためよね。
だったら早く帰りたいだろうし……。
「分かりました。では、こちらは大事に預からせて貰います」
「そうしてくれ」
踵を返して帰ろうとする謎の黒い人。
「あの」
何故か呼び止めてしまった。
やや間があって、彼が振り返る。金色の目がじっと私を見つめた。
「あの、お腹、空きませんか?」
「腹……まぁ」
「じゃあ、お座りください。パンケーキ、美味しいですよ」
そう言うと、彼は私がさっきまで食べていたパンケーキを見下ろした。
で、顔が一瞬ピクリと動く。
「甘いの、お好きじゃないですか?」
「……甘すぎるのはちょっと」
「なるほど……」
「サンドイッチもございますよ、お嬢様」
ナイスフォローよローラ。
「だそうです、謎の黒い人さん」
「……はぁ」
長文じゃないのにため息!?
い、嫌だったのかな。
アッシュ卿の隣の空いた席に腰を下ろすと、指を鳴らして店員を呼んでいる。
嫌ではない、のかも?
しっかし指パッチンで店員をねぇ。かっこいいぃ。
私も指パッチン……うっ、鳴らない。
ぐっ、アッシュ卿に笑われちゃったじゃない。くそぉ、次にカフェでお茶する時までに練習するんだからっ。
運ばれて来たサンドイッチを、彼はパクパク食べ始める。
上品ではないけど、だからといって下品な食べ方でもない。
やっぱり貴族よねぇ。
名前、なんていうんだろう?
中には「侯爵へ貸したお金の代わりに」と書かれた手紙もあった。
お金じゃなく、品物での返済でいいというのは有難いけど、他にもお金を借りている貴族はいる。
それに、借りたお金に対して別荘が相応の値段かどうかも問題。
建物だけじゃなく、運び込まれた家具や家を飾るための物なんかの値段も考慮しないといけないのだから。
幸い、我が家の執事が優秀で、何を買ってどこの別荘に送ったのかというのは全部ハッキリしている。
実物を見に行くのはなかなか大変なので、一応品物名だけでも分かる範囲で金額の査定は行った。
そこからオークションの、最低落札希望価格を設定するつもり。
「あとは……誰が入札したのか、その場では分からない方がいいわよね」
「オークションですか?」
ローラが紅茶を持ってやってきた。丁度良かった、謎の黒い人さんから貰ったクッキー食べようっと。
「そ。もし爵位の高い人が入札すれば、お金があっても爵位の低い人は入札しにくいでしょ?」
「それはありますね」
「あとは仮面舞踏会みたいなのを、やりたかったの」
「そっちが本命ですね」
うぐっ。否定はしない。だって面白そうじゃん!
でも爵位の上下で入札に影響されそうってのは本当。
爵位が低く、私産もそうなさそうな人が入札すれば、物件に興味なくても嫌がらせで入札する貴族が現れないとも限らないし。
そういうのは防ぎたい。
さらさらっと手紙を書き……ほぼ同じ内容の物を十数枚用意した。
はぁ、疲れた。
「ローラ、明日これをお願いね」
「かしこまりました、お嬢様」
「さぁて、お風呂に入って寝ようっと」
「ところでお嬢様。その指輪はどうなさいますか?」
指輪?
ん?
おや、左手の中指に、ぶかぶかの指輪があるじゃありませんか。
「うわあぁぁぁっ、お返しするの忘れてたわあぁぁっ」
神殿にいた時は落とさないようにって気を付けていたんだけど、逆にそれが外していないことに違和感なくなってしまっていたみたい。
あぁぁ、アーティファクトなんて高級品なのにぃ。
絶対今頃、謎の黒い人も焦ってるはず。
だからって今から出て行く訳にもいかないし……はぁ、明日探そう。きっと町のどこかにいるだろうし。
「むしろ屋敷で待っていれば、取りにきたのではないでしょうか?」
「うっ」
朝から謎の黒い人を探すために、街のほうへとやって来た。
アッシュ卿とローラが傍にいて、残り四人の騎士が近くを護衛してくれている。
全員で謎の黒い人を探すけれど、なかなか見つからない。
確かに……屋敷で待ってたら来てくれたかもしれないなぁ。
でももう街に出てきちゃったもん!
「はぁ……ちょっと休憩しましょうか」
テラス席のあるカフェで、ちょっと小休止。ついでにお腹も空いたから、パンケーキを注文。
はぁ、甘いもの食べてる時が、一番幸せぇ。
テラス席選んだのも、食べながら謎の黒い人が探せるからなんだけど。
でも今はこの至福の時を満喫しようっと。
「おい」
「……うそん」
「なにがだ?」
見上げると、私の背後に立つ謎の黒い人が見えた。
「首、傷めるぞ」
「そうですね。あ、探していたんですよ、謎の黒い人さん」
首をさすりながら、ローラに渡していた小さなケースを受け取る。
ケースを手に立ち上がると、パカっと蓋を開けて彼に差し出した。
中にはアーティファクトが入っている。
おや?
ふふ、これじゃまるで、
「まるでプロポーズしてるみたい」
女からのね。
「プ、プロッ」
「なーんちゃって。昨日お借りしたアーティファクト、返しそびれていたから探してい──ん?」
謎の黒い人、耳まで真っ赤になってる。
えー、そんなに恥ずかしかった?
えぇー、えぇー、えぇー……。
うわ、めちゃくちゃ恥ずかしいぃーっ。
は、早く返して帰ろう。
「謎の黒い人さん、どうぞ」
「……あぁ」
はぁ、よかった。受け取ってくれ──ん?
なに、あのチェーン。
指輪に通して、なんでケースに戻す訳?
「持ってろ」
「へ?」
「明日。倒れられたら困る」
「あぁ、なるほど。って、アーティファクトなんですよ!?」
「倒れられたら、また一日伸びるだろう。それに今は必要ない。ここではそこまで魔力を酷使することはないからな。……はぁ」
まぁたため息吐いて。長文喋れない病ですかね?
うぅ、アーティファクトなんて高価なもの……でも言ってることは理解できるし。
明日一日頑張れば解呪できそうだけど、それはつまり一日中頑張らなきゃいけないってことだし。
王都に来たのも、きっとこの呪いを解くためよね。
だったら早く帰りたいだろうし……。
「分かりました。では、こちらは大事に預からせて貰います」
「そうしてくれ」
踵を返して帰ろうとする謎の黒い人。
「あの」
何故か呼び止めてしまった。
やや間があって、彼が振り返る。金色の目がじっと私を見つめた。
「あの、お腹、空きませんか?」
「腹……まぁ」
「じゃあ、お座りください。パンケーキ、美味しいですよ」
そう言うと、彼は私がさっきまで食べていたパンケーキを見下ろした。
で、顔が一瞬ピクリと動く。
「甘いの、お好きじゃないですか?」
「……甘すぎるのはちょっと」
「なるほど……」
「サンドイッチもございますよ、お嬢様」
ナイスフォローよローラ。
「だそうです、謎の黒い人さん」
「……はぁ」
長文じゃないのにため息!?
い、嫌だったのかな。
アッシュ卿の隣の空いた席に腰を下ろすと、指を鳴らして店員を呼んでいる。
嫌ではない、のかも?
しっかし指パッチンで店員をねぇ。かっこいいぃ。
私も指パッチン……うっ、鳴らない。
ぐっ、アッシュ卿に笑われちゃったじゃない。くそぉ、次にカフェでお茶する時までに練習するんだからっ。
運ばれて来たサンドイッチを、彼はパクパク食べ始める。
上品ではないけど、だからといって下品な食べ方でもない。
やっぱり貴族よねぇ。
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