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21:あの不愛想な黒い人がねぇ

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「食べても太らないって、嬉しいですねぇルシアナ様」
「ふふ、そうね」
「神官様がそう仰っているだけで、実際には分かりませんよ。調子に乗ってパクパク食べていたら、あっという間におデブちゃんになるかもしれないんですから」

 魔法もスキルももたないローラが、悔しいのかそんなことを言ってきた。
 でも、うん、まぁ、そう言われるとちょっと不安でもある。
 だってねぇ、人間ってこういうとき都合よく解釈しがちだもんねぇ。

 でも冷たいジュースとクッキーのおかげで、少しだけ落ち着いた。
 あとは黒い人の指輪のおかげかな。

「あれ? 謎の黒い人は?」
「あ、あの方でしたらさっき神殿から出て行きましたよ」
「いつの間に!?」
「剣がここにありますし、すぐ戻ってくるでしょう」

 そりゃまぁ、剣を置いたまま出て行かないだろうけど。
 
 暫く休憩したあと、眩暈もすっかり良くなって作業を再開。
 ただ連続十分と、司祭様から時間制限を付けられてしまった。

 気づくと謎の黒い人は戻って来ていて、椅子に腰かけじぃっと剣を見つめていた。





「はぁ……終わらなかったぁ」
「はぁ……魔法陣、まだ暗記出来ませんでしたぁ」

 私とエリーシャが、同時にため息を吐く。
 私の方は多分、あと一日で終わると思うんだけど……ただ司祭様に「明日はお休みください」と言われてしまっている。
 少なくとも丸一日開けて、心身共に休ませないとダメだと。

 私の魔力、貧弱すぎぃ。

「すみません、謎の黒い人さん」
「いや……いい」
「ローラ、明後日の予定は何かあったかしら?」
「特にはございませんが、別荘のほうをどうなさいますか? 既に参加の申し込みをされている方から、お手紙も頂いておりますし」

 そうだった。じゃあ明日は鑑定しない代わりに、そっちの段取りを考えることにしよう。

「要件は明日、まとめるわ。明後日はこっちを終わらせましょう。ずっとお待たせする訳にもいかないし、それに放っておくとせっかく解いた部分がまた絡まっちゃうし」

 自分の努力を無駄にしたくない。
 明後日、また同じ時刻にと約束をして馬車へと向かう。
 先にエリーシャを送り届けなきゃね。

 謎の黒い人も、律儀に見送りしてくれるようだ。
 エリーシャも明日はお休みするらしい。正しい魔法陣は、神官さんが紙に書いてくれているので、それを自宅で見て覚えるのだとか。

「じゃあエリーシャさんも、明日はゆっくり休んでね」
「ルシアナ様の方こそ。明日は絶対に鑑定を使わないでくださいね」
「ふふ。普段はそう滅多に使う機会なんてないのよ」

 といいたいところだけど、別荘の売却時には絵画やアンティーク品なんかは鑑定しようと思っている。
 偽物が混じっていたら大変だもの。
 まぁそれは明日やる訳じゃないから大丈夫。

 エリーシャが屋敷に入るのを見届けてから馬車へと乗り込んだ。
 謎の黒い人さんはまだいる。

「謎の黒い人さん、お見送りはここまでで結構です。あなたもお疲れでしょ? 戻ってお休みください」
「……見ていただけだ」
「まぁそうですけど。でも見ているだけでも、退屈で疲れますよ」

 私なら疲れるな、うん。

「……別荘?」
「別荘? あぁ、カイチェスター家所有の別荘を、いくつか売りに出す予定なの」
「売る?」
「えぇ。だって買ってから一度も行ったことのない別荘ばかりですし、所有していても埃を積もらせるだけですから」

 掃除はちゃんとされてるけどね。
 でもそれだけ、無駄に使用人を雇っていることにもなる。
 使わないのに経費や人件費ばかりかさむのに、持ってたって仕方ないじゃない。

「そうか……侯爵は、北部にも別荘があったな。グラニュウダ城塞と対になる建物を別荘として買い取ったはず。ふぅ」

 この人、よっぽど長いセリフが苦手なのね。
 っていうか喋る時ちゃんと合間で呼吸してる?

「帰る」

 帰るらしい。ほんと、言葉少なすぎぃ。

「おい」

 ほら、またおいから始まった。
 
「どうしましたか?」

 馬車の窓から顔を出すと、ずいっと箱が差し出された。

「なんですか、これ?」
「……菓子」
「え、お菓子?」

 そう言うと、謎の黒い人は馬のお腹を蹴って猛ダッシュで行ってしまった。

 菓子……え?

「途中で神殿を出て行ったのは、それを買うためだったんですかねぇ?」
「あ、司祭様がジュースとクッキーを持って来てくれた後ね。えー、これ買いに行ってたの?」

 あの不愛想な黒い人がねぇ。
 蓋を開けると、箱いっぱいのクッキーが入っていた。

 ふふ。食後に頂いちゃおうっと。
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