上 下
28 / 50

元魔王は聖女の派閥を知る。

しおりを挟む
 秋が深まり肌寒さを感じ始める頃――

「知ってる? 最近大神殿を取り囲むように、周辺地域の治安が良くなってきてるんですって」
「魔物の数も減って来てるらしいぜ?」
「私なんて、実家からここまで来るのに、護衛を十人雇って、それでも夜盗に襲われそうになったのにぃ」
「今なら護衛無しで森を抜けられるんじゃないか?」

 そんな噂話が広まっていた。
 治安が良くなるのは良い事だ。王都の治安部隊が頑張っているのだろうか?

 大神殿は王都から徒歩で数時間の距離にある。
 この近辺だけを見れば治安は元から悪くはない。神殿にも兵士入るし、当然王都にもだ。
 だが王都から離れるようにして、大神殿《ここ》から一日もいかな距離では、既に盗賊、山賊、魔物は出現する。
 魔法の試し打ちに行って知った情報だ。
 だけど確かにここ数日、それらの姿を見なくなった気がするな。
 次からはもっと遠くまで試し打ちに行かなければ。

「ルインくんっ。明日は聖女様候補の子たちがここに来るのねっ」
「え? フィリアたちが?」

 教室に飛び込んで来たポッソが、息を切らせてぼくの所へとやって来た。

「フィリアちゃん!? ル、ルインくんは知ってるの!?」
「うむ。同郷なので」
「あ、あ、そうなのね。フィリアちゃんはアルファート領から来たって――あぁ、僕はどうして気づかなかったのね!?」
「いや、それよりもポッソもフィリアの事を知っているようだが――」
「当たり前なのね!」

 食べ物のこと以外いつものんびりとしたポッソとは思えないほど、彼は素早く、そして力強くぼくの肩を掴んだ。
 そして燃えるような目でぼくを見つめる。暑苦しい……。

「フィリアちゃんは僕たち生徒や、見習い神官、それに神官たちの憧れの的なのね! もちろん、司祭様や高司祭様の中にも、フィリアちゃん推しは多いの! あ、でもラフィちゃんもステキなのよ?」
「憧れ……しかし二人はまだ十三歳。憧れるというのは――」
「年齢なんて関係ないのね! 寧ろフィリアちゃんなんかは、十三歳なのにもう中級魔法が使えて、すんごいの!」

 ほぉ。フィリアは中級魔法を使えるようになったのか。
 ぐぬぬ。負けてはいられない。

「ラフィちゃんは聖女さま候補なのに、剣術が出来て――あぁ、戦乙女ラフィちゃんなのー」
「あぁ、剣術教えたのは――」
「フィリアちゃんが聖女さまなら、ラフィちゃんは聖女を守る聖戦乙女ヴァルキリーなのね!」

 戦乙女が光の精霊だと知って言っているのだろうかポッソは。
 彼が熱く語りだすものだから、周囲に男子がどんどん集まって来た。
 どうやらフィリア派、ラフィ派とが居るようだ。

 しかし不思議だ。
 二人が学び寝泊まりする奥の神殿は壁によって隔離されている。
 彼らはどうやって二人の姿を見たのか。
 それを尋ねると、意外と簡単なものであった。

「え? 週末に行われる、大神殿に務める者だけが集まる祈りの集会に、聖女さま候補も来ているのね」
「なんだ。そうだったのか」
「ルインは一度も来た事無いもんな」
「いや、一度行った。一時間もずっと高司祭の自慢話が垂れ流されるだけで、飽きるなんてものではないだろう」

 ぼくがそう言えば、全員が静かに頷く。

「だから聖女さま候補のお二人を見て、癒されに行ってるのねぇ」
「そうそう。可愛いよな~」
「フィリアちゃんは守ってあげたいタイプ。ラフィちゃんは守られたいタイプだぜ!」
「いや、男ならそこはせめて、肩を並べて敵と立ち向かいたいとか言えよ」

 そういうものだろうか。
 確かにフィリアは体力は少なく、力仕事は任せられない。介助が必要だ。
 ラフィも田舎の出身と言っていたが、彼女は体力もあるし体も俊敏だ。
 寧ろ畑仕事を手伝ってくれるぐらいの勢いだろう。

 守ってやる――大根運びを変わってやる。
 肩を並べる――肩を並べて大根を掘る。

 うむ。確かにその通りだ。

「おいおいお前ら。フィリアちゃんとラフィちゃんだけじゃなく、マリアロゼさまの事も忘れんなよ」
「うぅん。マリアロゼさまも確かに可愛いの。でも滅多に集会にも来ないし、いつもツンツンしててちょっと怖いのね」
「そこがいいんじゃねーか! 高嶺の花! 俺たちには決して手の届かない、雲の上の聖女さまだろう?」
「へ、へへ。オレもさ、あのツンツンしてるのが良いと思うんだ。へ、へへへ」
「分かる。ちょっと踏まれたいよな」

 踏まれたい?
 変態かこいつ。

 そんな訳で、大神殿内でフィリア派、ラフィ派、そしてマリアロゼ派の三派が出来ているようだ。
 この中の誰が聖女に選ばれるか――そんな賭け事すらあるとのこと。
 選ばれなかった者はどうなるのか? 
 まぁ実家に帰れるのだろう。
 フィリアの事を思えば選ばれない方がいいのだろうか?





「え? 私ですか?」
「そう。聖女に選ばれたい?」

 夜、フィリアの部屋で彼女に直接聞いてみた。
 ぼくの予想では「もちろんです」と、即答するものだと思っていた。

「分かりません……前は帰りたいって思ってました。でも――」
「でも?」

 フィリアは大神殿で見聞きしたことを、ぽつりぽつりと話し始めた。

 ぼくたちが暮らしていたアルファート領より、もっと貧しい村がある。
 毎年のように飢餓で苦しみ、子供たちが死んでいく。

 聖女にどんな力があるか分からないが、そんな子供たちを少しでも救いたい。
 フィリアはそんなことを呟いた。

 なるほど。それが出来るのならと、フィリアは聖女になる道を選んでもいいと考え始めたのだな。
 それに――

「ラフィちゃんは剣士になりたいんだものね」
「そ。だからフィリアには悪いけど、聖女にはフィリアになって貰わなきゃ困るのよねぇ」
「ふふ。私もここに来た時ほど嫌じゃなくなったし、誰かのお役に立てるなら嬉しいもの。任せて!」

 なんと! あのフィリアが随分と頼もしくなったものだ。
 しかし。

「聖女候補はもうひとり、マリアロゼという女が居るのだろう? それに任せてもいいのでは?」

 ぼくがそう言うと、二人は眉尻を下げ、困ったような顔になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生無双の金属支配者《メタルマスター》

芍薬甘草湯
ファンタジー
 異世界【エウロパ】の少年アウルムは辺境の村の少年だったが、とある事件をきっかけに前世の記憶が蘇る。蘇った記憶とは現代日本の記憶。それと共に新しいスキル【金属支配】に目覚める。  成長したアウルムは冒険の旅へ。  そこで巻き起こる田舎者特有の非常識な勘違いと現代日本の記憶とスキルで多方面に無双するテンプレファンタジーです。 (ハーレム展開はありません、と以前は記載しましたがご指摘があり様々なご意見を伺ったところ当作品はハーレムに該当するようです。申し訳ありませんでした)  お時間ありましたら読んでやってください。  感想や誤字報告なんかも気軽に送っていただけるとありがたいです。 同作者の完結作品「転生の水神様〜使える魔法は水属性のみだが最強です〜」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/743079207/901553269 も良かったら読んでみてくださいませ。

死んで生まれ変わったわけですが、神様はちょっとうっかりが過ぎる。

石動なつめ
ファンタジー
売れない音楽家のフィガロ・ヴァイツは、ある日突然弟子に刺されて死んだ。 不幸続きの二十五年の生に幕を下ろしたフィガロだったが、音楽の女神から憐れまれ、新たな人生を与えられる。 ――ただし人間ではなく『妖精』としてだが。 「人間だった頃に、親戚に騙されて全財産奪い取られたり、同僚に横領の罪を被せられたり、拾って面倒を見ていた弟子に刺されて死んじゃったりしたからね、この子」 「え、ひど……」 そんな人生を歩んできたフィガロが転生した事で、世の中にちょっとした変化が起こる。 これはそんな変化の中にいる人々の物語。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

「異端者だ」と追放された三十路男、実は転生最強【魔術師】!〜魔術の廃れた千年後を、美少女教え子とともにやり直す〜

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
アデル・オルラド、30歳。 彼は、22歳の頃に、前世の記憶を取り戻した。 約1000年前、アデルは『魔術学』の権威ある教授だったのだ。 現代において『魔術』は完全に廃れていた。 『魔術』とは、魔術式や魔術サークルなどを駆使して発動する魔法の一種だ。 血筋が大きく影響する『属性魔法』とは違い、その構造式や紋様を正確に理解していれば、所持魔力がなくとも使うことができる。 そのため1000年前においては、日常生活から戦闘、ものづくりまで広く使われていたのだが…… どういうわけか現代では、学問として指導されることもなくなり、『劣化魔法』『雑用魔法』扱い。 『属性魔法』のみが隆盛を迎えていた。 そんななか、記憶を取り戻したアデルは1000年前の『喪失魔術』を活かして、一度は王立第一魔法学校の教授にまで上り詰める。 しかし、『魔術学』の隆盛を恐れた他の教授の陰謀により、地位を追われ、王都をも追放されてしまったのだ。 「今後、魔術を使えば、お前の知人にも危害が及ぶ」 と脅されて、魔術の使用も禁じられたアデル。 所持魔力は0。 属性魔法をいっさい使えない彼に、なかなか働き口は見つからず、田舎の学校でブラック労働に従事していたが…… 低級ダンジョンに突如として現れた高ランクの魔物・ヒュドラを倒すため、久方ぶりに魔術を使ったところ、人生の歯車が再び動き出した。 かつて研究室生として指導をしていた生徒、リーナ・リナルディが、彼のもとを訪れたのだ。 「ずっと探しておりました、先生」 追放から五年。 成長した彼女は、王立魔法学校の理事にまでなっていた。 そして、彼女は言う。 「先生を連れ戻しに来ました。あなたには再度、王立第一魔法学校の講師になっていただきたいのです」 、と。 こうしてアデルは今度こそ『魔術学』を再興するために、再び魔法学校へと舞い戻る。 次々と成果を上げて成りあがるアデル。 前回彼を追放した『属性魔法』の教授陣は、再びアデルを貶めんと画策するが…… むしろ『魔術学』の有用性と、アデルの実力を世に知らしめることとなるのであった。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

処理中です...