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元魔王の欲望。

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「なんでもいいから、神聖魔法を寄越せ」
『あの……貴方、魔王ルディンヴァートですよね?』
「違う。ルイン・アルファートだ」
『でも……いえ、言い方を変えましょう。魔王ルディンヴァートの転生者ですよね?』
「その通りだ。神聖魔法を早く寄越せ」

 指の無い手で、人形=女神はこめかみを抑える仕草をする。
 腐っても神だな。
 他人に悟られぬよう、魔王としての魔力は極限まで抑えているのだが。気づいたか。

『ひとつお伺いしますが、貴方は神聖魔法を何のためにお使いになるのですか?』
「決まっている。闇属性の魔物どもをぶちのめす為だ」
『ぶち……え? では貴方は正義の為に神聖魔法を?』
「ぼくの考えたスローライフの邪魔をするからだ。邪魔する者は何人たりとも許しはしない」
『スロー……え?』

 ぼくの考えたスローライフ。

・半径五メートル以上を自由に歩き回れる暮らし。
・味覚のある暮らし。
・睡魔、そしてベッドで眠ることのできる暮らし。
・旅の出来る暮らし。
・旅が飽きたら田舎でのんびり日向ぼっこの出来る暮らし。
・家族の居る暮らし。
・友達の居る暮らし。
・ペット……いや、これはいいや。

 全て魔王ルディンヴァートだった頃には持っていなかったものだ。

「魔王であった頃には、望んでも叶えられなかった夢……。欲することは罪だろうか?」

 ここで必殺・天使の涙。

『はうっ。ズッキューンって来ました。ズッキューンって。いいえ、罪ではありません。むしろかなり質素な望みです!』
「じゃあ神聖魔法を寄越せ」
『いや、それとこれはまた別問題でして。そもそも魔王、貴方は聖属性をお持ちではなかったでしょう?』
「転生したことで手に入れた。神であれば鑑定できるであろう? あとぼくは魔王ではない、ルインだ。訂正しておけ」
「ぐ……神に命令するなど……さすが魔――あ、はい。ルインくんです』

 ぶつぶつ文句を垂れる人形は、直ぐにその口(?)を閉じた。
 鑑定によってぼくの能力をみたようだ。

『ほ、本当に聖属性を持ってる。しかも「2」だなんて……あ、代わりに闇が下がってますね』
「下がった分が聖に移っているのかもしれぬ。しかし人とは! 努力によって属性のレベルが上がるのであろう!! ならぼくだって努力すれば上がるよね!? ね!?」

 がしっと人形を捕まえ迫る。
 今は人の身。種族だって人間としっかり表記されている。
 だったら人間基準で考えてもいいだろう?
 努力が実ってもおかしくはないだろう?

「努力しても成長しないなんてこと――無いよな? そんな不公平があっていい訳――無いものな?」
『ひいぃっ。脅してる。脅してますよね!?』
「脅してなどいない。正当な主張をしただけだ。さぁ、神聖魔法を寄越せ」
『それが脅しているって言うんです! そもそも貴方の力があれば、聖属性でなくても敵を倒せるでしょうに』

 何を言っているのがこの駄女神は。
 闇属性レベル8のぼくが、闇属性レベル5の魔物を攻撃しても、一撃で倒せなかったのだ。
 一撃でこれまで倒せなかったものなど居ない。
 それが現れた。
 どれほどぼくが恐ろしいと思っているか、お前に分かるか?

「ぼくの記憶だと、オーガは無属性の魔物だった。勇者に倒されてから六百年ちょっとだが、その間に魔物たちに異変が起きたようだ」
『えぇ。実は貴方が倒されてから一五〇年ほどが過ぎてから――』
「異変でも変異でもなんでもいい。聖属性さえあればぶちのめすことが出来る。だから寄越せ」
『あの……えっと……私の話を……』

 人形の頭を鷲掴みし、そこに少しだけ魔力を注ぐ。
 トゲトゲした魔力を。

『あぁ、痛い。痛いですからっ。分かりました。神聖魔法をお教えしますからぁ』
「よし。では早速……ん? 学ぶものなのか?」
『そうですよ。と言っても、呪文をお教えするだけです。使えるかどうかは、魔――ルインくん次第ですから』

 ふ。それに見合う力が無ければ、使うことは出来ないという訳か。
 面白い。

「この元魔王ルイン・アルファートが、全ての神聖魔法を習得してくれよう!」
『あ、まずは初級の治癒《ヒール》からです。これを習得できないと、次の魔法は覚えられませんのでぇ』
「はっはっは。問題ない! ぼくを誰だと思っている」
『……魔王ルディンヴァード……』
「違う! 今のぼくは男爵家次男ルインだ! 元を付けろ、元を!!」

 まぁそれはさておき。
 では早速使ってみようではないか、治癒を。

 使う――そう考えただけで、脳裏に呪文が浮かぶ。
 ふむ。初級だけあって、短い物だな。

「癒しの光――ヒール」

 突き出したぼくの右手は――虚しく空気を掴む。

「癒しの光っ、ヒール!」

 今度は右手を天に突きだしポーズを決めた――が、何も起こらない。

「癒しの光ヒール! 癒しの光ヒールゥ! ヒール! ヒール! ヒイィィィルウゥゥ!!」
『ぷふぅ……ぼくちゃんは、どこの誰でしたかしら?』
「はぁ、はぁ……くっ」

 何故だ。元魔王たるこのぼくが、たかが初級魔法すら使えないなんて。
 ぼくは……ぼくはなんて弱者なんだ!?

「転生による弊害か。それとも人の身故なのか。これは――」
『努力すれば成長できますよぉ、きっと。ぷーくすくす』
「本当か!? よし、努力する!!」

 人間って素晴らしい!
 魔王の頃に成長なんてものはなかった。ある意味成長しきっていたからな。
 だが人間はどうだ。
 今出来ないことも努力によって出来るようになるのだ。

 素晴らしい。
 実に素晴らしい!

『え? 本当に……努力するのですか?』
「あ、もう用は無いから。帰っていいぞ。というか帰れ」
『ひあっ、ちょ、待っ――』

 ぽてっと地面に落ちた母上の人形。拾い上げて確認したが、中身は入っていない。
 不気味人形のまま母上に返すわけにもいかないしな。一安心だ。





 それからというもの、ぼくは夜な夜な治癒魔法の特訓を実施した。
 こっそりベッドから抜け出し、空間転移の魔法で森の奥へと飛んだ。
 さぁて、どこかに練習台・・・は居ないかなぁ?

『ゲ、ゲギャ!?』
「なんだ。またゴブリンか。お前らすぐ死ぬから、治癒の練習台にもなりゃしないんだがな」
『ゴッブアアアァアァァァッ』
「お?」

 数匹のゴブリンの背後から、他より一回り――いや、かなり巨体のゴブリンが現れた。

「鑑定《アレイザル》――なるほど。ゴブリンロードであったか。うん。これなら少しはもつ・・かもしれない」
『ゴアアアァァッ』

 ぼくの身の丈の倍以上する巨大な剣を振り回し、ゴブリンロードが駆けて来た。
 奴が振り下ろす大剣を人差し指と中指で受け止め、利き手とは逆の左手の指でぶよぶよとした腹を弾く。
 すると、ぼくの頭ほどの穴が空いた。

『ゴブッ』
「うん。さすがロード。穴が空く程度で済んだのは喜ばしいことだ。さぁて――」

 その後、血しぶきを上げ倒れたゴルリンロードに、心臓の鼓動が消えるまで治癒し続け――。

「くっ。やはりダメか。練習が足りない。次!」

 動かなくなったゴブリンロードを横目に、次なる練習台を探し立ち上がる。

『グギャッ』『ギィィッ』

 悲鳴を上げ逃げまどうゴブリンを、戒めの魔法で動けなくしてから優しく撫でるように手刀を入れる。
 ぼくの特訓はまだまだ続く。
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