8 / 35
第八話
しおりを挟む
「ほぉ、器用なもんだな」
褒められたことが嬉しいのか、少女は尻尾を勢いよく振る。
今彼女は、余が仕留めた熊――アウグ・ベアを手際よく解体しているのだ。
最初は熊をそのまま馬車に詰め込もうとしたのだが、サイズ的に不可能だと悟り、どうしたもんかと思案しているとこの状態だ。
こうして素材ごとに分けてみたが、さて、どうやって運んだものか。
ラップは無い。ジップロックも無い。せめてスーパーのビニール袋でもあればよかったんだが。
なんせ血が滴り落ちているし、何よりも動物性油とでもいうのか?
ギトギトしているのだよ。
お、そういえば――。
「石鹸って、油と何かを混ぜて作るんじゃなかったか?」
その呟きに獣人の少女が頷き、反応する。
「石鹸の作り方を知っているのか?」
との問いにも頷き、ついでに尻尾を振る。
「おぉ、ここで作れるか?」
との問いには、馬車を見つめながら寂しそうに首を振った。
どうやら道具がないようだ。
いろいろ尋ねてみると、どうやら鍋がいるらしい。
確かに拝借した荷物の中には、ナイフはあったが、食器も、調理器具もなかったな。
ほむ。そうなるとこの肉――あと脂肪。どうするか。
保冷剤でもあればなぁ。
あ、そうか。
凍らせて持っていこう。
肉は一食分の大きさにして切り分け、それを一枚ずつ魔法で凍らせていく。
その作業を見ながら、少女は不思議そうに余を見ていた。
「凍らせておけば腐らぬし、日持ちもする。生のまま持ち運ぶより衛生的だろう」
「ぁー」
これでギトギトは解決。同時に保存の面と衛生面も解決だ。
残った素材――骨は……粉にして土に撒けば植物が育つだろうか。
いやいや、それはあまりにもゲーム脳過ぎるな。
牙や爪なら、鋭く研磨すれば武器として使えそうではある。
試しにやってみるか。
研磨剤は無い。
とにかく削れればいい。
足元に転がる石を拾い鑑定。硬度の高い物を選び、魔力を流し込み粉砕する。練り込む魔力を調整し、粒と粉末状にまで砕かれた石になるように。
そうして出来た砂粒と熊の爪を地面に置き――。
「おい、危ないから少し離れていろ」
「ぁ」
不思議そうに覗き込む少女を引かせ、スキルを発動。
――研磨――。
爪の周囲を砂粒がぐるぐると回り始める。
僅かに宙へと浮いた爪を包むように砂粒が高速回転。
ときおり火花を散らし、やがて研磨が終わった。
完成したのは先ほどよりわずかに小さくなった熊の爪。
「どうだ。鋭くなっただろう?」
「ぉ、おぉ」
うむ。なかなか上手くいった。
研磨剤があればもう少し艶のある状態にできただろう。
そうだ――。
ほっそーっい水魔法で爪に穴を空ける。
馬車の中を物色して麻縄を発見!
これを解いて――細く紐状にしたら爪の穴に通してっと。
「よし出来たぞ少女よ。スローライフにおける自給自足の初記念として、お前に贈呈しよう」
完成した爪ネックレス……我ながら酷いネーミングだ……それを少女に向かって差し出す。
すると――。
余の指先が切れた。
「いかん。鋭く研磨したのであった。これでは心臓をぶすりとしかねないな」
再び研磨しなおし、今度は勾玉のような形に磨き上げた。
再び馬車上の人となった余と少女。
少女の首には勾玉の形をした爪ネックレスが揺れ、彼女はそれを弄っては顔を緩めている。
喜んで貰えたようでなによりだ。
「名前が無いのは不便だな。お前、名はあるのか?」
御者台で余が手綱を握り、獣人の少女は隣に座っている。
余の問いに少女は頷き、口をぱくぱくと動かす。
名前を伝えようとしているのだろうが、何を言っているのかさっぱりわからない。
勝手に命名するのも可哀そうだ。きっとご両親が娘を想って付けた名なのだろうし。
「そういえば、お前。親兄弟はいるのか?」
その問いに少女は俯き、小さく首を振った。
そうか……いないのか。
いや、そうだよな。いないから奴隷商人に捕まったりしたのだろうし。
やはり親から貰った名で呼ぶ方がいいだろう。
そうなるとだ――。
余は順番に一言ずつ発音してゆく。
少女には名前の頭から順に、当たりの発音が出たら手を挙げるよう指示した。
面倒くさいこの作業でわかったのは――。
「はぁはぁ、お前の名前は……フェミア、か?」
その問いに少女は元気よく頷く。
そうか、フェミアという名か。可愛らしい名ではないか。
後ろから聞こえるブゴブゴという醜い鳴き声とは大違いだ。
「ではフェミア。これから頼む」
余が手を差し出すと、フェミアは驚いたように目を大きくして、それからこちらをじっと見つめた。
いや、頼むと言っているではないか。
はよ――。
はよ手綱を取れ!
「熊の死肉を嗅ぎつけ後ろから追いかけてくるキール・ボアを仕留めるから、はよ手綱を取れ!」
だから頼むと言ったのにーっ。
褒められたことが嬉しいのか、少女は尻尾を勢いよく振る。
今彼女は、余が仕留めた熊――アウグ・ベアを手際よく解体しているのだ。
最初は熊をそのまま馬車に詰め込もうとしたのだが、サイズ的に不可能だと悟り、どうしたもんかと思案しているとこの状態だ。
こうして素材ごとに分けてみたが、さて、どうやって運んだものか。
ラップは無い。ジップロックも無い。せめてスーパーのビニール袋でもあればよかったんだが。
なんせ血が滴り落ちているし、何よりも動物性油とでもいうのか?
ギトギトしているのだよ。
お、そういえば――。
「石鹸って、油と何かを混ぜて作るんじゃなかったか?」
その呟きに獣人の少女が頷き、反応する。
「石鹸の作り方を知っているのか?」
との問いにも頷き、ついでに尻尾を振る。
「おぉ、ここで作れるか?」
との問いには、馬車を見つめながら寂しそうに首を振った。
どうやら道具がないようだ。
いろいろ尋ねてみると、どうやら鍋がいるらしい。
確かに拝借した荷物の中には、ナイフはあったが、食器も、調理器具もなかったな。
ほむ。そうなるとこの肉――あと脂肪。どうするか。
保冷剤でもあればなぁ。
あ、そうか。
凍らせて持っていこう。
肉は一食分の大きさにして切り分け、それを一枚ずつ魔法で凍らせていく。
その作業を見ながら、少女は不思議そうに余を見ていた。
「凍らせておけば腐らぬし、日持ちもする。生のまま持ち運ぶより衛生的だろう」
「ぁー」
これでギトギトは解決。同時に保存の面と衛生面も解決だ。
残った素材――骨は……粉にして土に撒けば植物が育つだろうか。
いやいや、それはあまりにもゲーム脳過ぎるな。
牙や爪なら、鋭く研磨すれば武器として使えそうではある。
試しにやってみるか。
研磨剤は無い。
とにかく削れればいい。
足元に転がる石を拾い鑑定。硬度の高い物を選び、魔力を流し込み粉砕する。練り込む魔力を調整し、粒と粉末状にまで砕かれた石になるように。
そうして出来た砂粒と熊の爪を地面に置き――。
「おい、危ないから少し離れていろ」
「ぁ」
不思議そうに覗き込む少女を引かせ、スキルを発動。
――研磨――。
爪の周囲を砂粒がぐるぐると回り始める。
僅かに宙へと浮いた爪を包むように砂粒が高速回転。
ときおり火花を散らし、やがて研磨が終わった。
完成したのは先ほどよりわずかに小さくなった熊の爪。
「どうだ。鋭くなっただろう?」
「ぉ、おぉ」
うむ。なかなか上手くいった。
研磨剤があればもう少し艶のある状態にできただろう。
そうだ――。
ほっそーっい水魔法で爪に穴を空ける。
馬車の中を物色して麻縄を発見!
これを解いて――細く紐状にしたら爪の穴に通してっと。
「よし出来たぞ少女よ。スローライフにおける自給自足の初記念として、お前に贈呈しよう」
完成した爪ネックレス……我ながら酷いネーミングだ……それを少女に向かって差し出す。
すると――。
余の指先が切れた。
「いかん。鋭く研磨したのであった。これでは心臓をぶすりとしかねないな」
再び研磨しなおし、今度は勾玉のような形に磨き上げた。
再び馬車上の人となった余と少女。
少女の首には勾玉の形をした爪ネックレスが揺れ、彼女はそれを弄っては顔を緩めている。
喜んで貰えたようでなによりだ。
「名前が無いのは不便だな。お前、名はあるのか?」
御者台で余が手綱を握り、獣人の少女は隣に座っている。
余の問いに少女は頷き、口をぱくぱくと動かす。
名前を伝えようとしているのだろうが、何を言っているのかさっぱりわからない。
勝手に命名するのも可哀そうだ。きっとご両親が娘を想って付けた名なのだろうし。
「そういえば、お前。親兄弟はいるのか?」
その問いに少女は俯き、小さく首を振った。
そうか……いないのか。
いや、そうだよな。いないから奴隷商人に捕まったりしたのだろうし。
やはり親から貰った名で呼ぶ方がいいだろう。
そうなるとだ――。
余は順番に一言ずつ発音してゆく。
少女には名前の頭から順に、当たりの発音が出たら手を挙げるよう指示した。
面倒くさいこの作業でわかったのは――。
「はぁはぁ、お前の名前は……フェミア、か?」
その問いに少女は元気よく頷く。
そうか、フェミアという名か。可愛らしい名ではないか。
後ろから聞こえるブゴブゴという醜い鳴き声とは大違いだ。
「ではフェミア。これから頼む」
余が手を差し出すと、フェミアは驚いたように目を大きくして、それからこちらをじっと見つめた。
いや、頼むと言っているではないか。
はよ――。
はよ手綱を取れ!
「熊の死肉を嗅ぎつけ後ろから追いかけてくるキール・ボアを仕留めるから、はよ手綱を取れ!」
だから頼むと言ったのにーっ。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
魔力なしの嫌われ者の俺が、なぜか冷徹王子に溺愛される
ぶんぐ
BL
社畜リーマンは、階段から落ちたと思ったら…なんと異世界に転移していた!みんな魔法が使える世界で、俺だけ全く魔法が使えず、おまけにみんなには避けられてしまう。それでも頑張るぞ!って思ってたら、なぜか冷徹王子から口説かれてるんだけど?──
嫌われ→愛され 不憫受け 美形×平凡 要素があります。
※溺愛までが長いです。
※総愛され気味の描写が出てきますが、CPは1つだけです。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる