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23:温泉。

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「やっと見つかったね……」
「あぁ……」

 あれから二日。屋敷でのんびりしたあと、今朝から温泉探しを再開した二人はようやくここにたどり着いた。
 待ちに待った温泉だ。湯煙たつ温泉は目の前にある。
 だが二人の表情に喜びの色は無く、寧ろ喪失感すら見えていた。

 二人の目の前にあったのは、深さ5センチほどの広く浅過ぎる水たまり。しかもぼっこぼこに煮えたぎっている。その上湯の色は赤い。
 これに入るのか? というような顔でルティが悠斗を見る。悠斗も無言で首を振った。

 入れるか馬鹿野郎!
 ここまで来てこれかよチクショウ!
 ついでに成分検査したら肌に有毒だってよテヘペロ。

 地獄だった。
 まさに血の池地獄のような温泉に、二人は別れを告げ旅立った。
 向かうは次なる温泉地!

 だがその前に食料を仕入れなければならない。屋敷の修繕道具も必要だ。

 200年間、大事に扱われてきた調度品の数々。屋敷も毎日欠かさず掃除をし、壊れた所があれば自らの手で修理してきた。
 しかし屋敷にあった物だけでは足りず、どうせなら大々的に修繕したい! 出来たら専門家の手で!
 ――と彼らは言うのだ。

 それに掛かる費用は屋敷《・・》から支払う。

「この黄金の燭台を売りましょう」
「いいんですか? そんな豪華な物」
「私めはこの燭台が嫌いでして。どうにもけばけばしいというかなんというか」
「その燭台は屋敷の前の持ち、違う貴族の持ち物だったのです」

 と、キャロルがバスチャンの言葉に補足する。
 この燭台のように、以前の持ち主の物だった調度品はいくらでもある。それに男爵夫人がコレクションとして持っていた貴金属類だ。

「男爵家の家紋が付いた物は思い出もございますし、何より身元もバレてしまいますので売るのはマズいでしょう。ですが奥様の特にお気に入りという訳でもない物は、お売りになってもよろしいかと」
「うぅん。まぁそういう事でしたら」

 悠斗とルティは町で不要な物の一部を売る為に飛んだ。
 洒落たアンティークショップを見つけ早速交渉。意外なほど高く買い取って貰えたことに悠斗は目を丸くする。

「さすが金の燭台……10本で金貨五枚になるなんて……」

 燭台以外にもアンティーク品や貴金属を数点売って、手にした合計金額は金貨10枚だった。
 次はそのお金から調理器具一式を買うのだが、選ぶのはバスチャンだ。
 彼はタブレットの中に入り、アイテムフォルダへとインストール後、そこで時を待っている。

 ちょっとお高い調理器具を販売する店へとやってきた二人は、店員に背を向けタブレットを隠すように立つ。
 そして悠斗がタブレットに手を突っ込むと、そこにぼうっと浮かび上がるバスチャンの顔。まるで遺影だ。
 ちょっぴり店の店主に怪しまれながらも、バスチャンが選んだ物を無事購入。いつものように路地裏でDLして次の店へ。

 新品のテーブルクロスにランチョンマット。寝具も揃えたかったがお金が足りず、とりあえず悠斗とレティの二人分だけで済ませる。
 全室の寝具を一新しようと思ったら、いったい幾ら必要になるのやら。それ以前に寝泊まりする者が二人しか居ない時点で、全室買い替えは無駄なのだ。

 それから食料、調味料、ハーブ類などもドカっと買い込み、そして先日行った温泉山へと転移する。
 流石に温泉の湧く場所近くでは屋敷は出せず、少し離れた所へ移動してタブレットから解放。

「こんな巨大な物まで収納できるとは思わなかった」

 掴んだ屋敷を画面から取り出すと、その瞬間に屋敷は現れた。まったく非常識なチートアイテムだ。

「ユウト殿。そんな事より早く温泉に行こう! 着替えるのにテントは必要だな。帰りはどうする? 歩く? それとも私が魔法を使うか? ねぇ、ねぇ?」
「はは。わかったよ。行こう。帰りは湯冷めするといけないから、転移の魔法を頼もう」
「ん。ではこの位置を目に焼き付ける!」

 そう言って周囲をじっと見つめるルティ。
 屋敷の玄関ではバスチャンが夕食を用意して待っていると頭を下げる。
 キャロル他メイドは温泉と聞いて、「そんな物に入るのですか! 死にたいのですか!?」と興奮気味だ。そしてアーディンも「俺はまた主を失うのかあぁっ」とこちらもいろいろ勘違いしている。
 仕方ないので彼らも同行するよう伝えると、ルティが全力で拒否。

「ルティ、今回だけだよ。みんなが心配してるし、仕方ないだろ?」
「ぐぬぬぬ」
「アーディンさん。温泉はお風呂と同じですから、当然のことですがルティの方には――」
「当然です! ご婦人の入浴を覗くなど、騎士にあるまじき行為!! 逆に覗く者あらば斬って捨てる!!」

 熱血青年アーディンの言葉に、悠斗は背筋に冷たい物を感じた。
 覗いてしまってすみませんと、心の中で何故か彼に謝罪する。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「くっさ!」
「臭いです」
「臭いですね」
「本当にお入りになるのですかルティさん。あなたの綺麗なお肌がどろどろに溶けてしまわれますっ」

 メイドたちは口々に叫び、二人に温泉へ入らないよう進言する。アーディンもだ。
 そんな彼女らに、ルティはドヤ顔で語りだす。

「私も先日までは同じ気持ちだった。だがこれは実に素晴らしい湯だ。お肌はつるつるすべすべ。冷え性にも効果があり、夜はぐっすり眠れるのだ!」

 そんな彼女の言葉に目を輝かせたのは、言うまでもない、メイド軍団だ。
 我先にと温泉に飛び込み、そして顔がふにゃっとなる。

「あぁぁ。なんて気持ちいい」
「本当に。素晴らしいですわね」
「私のお肌、綺麗になってるかしら?」
「効果が現れるのはどのくらい経ってからです?」

 気に入ったのはいいがメイドたちよ……服のままだぞ。
 そこは読者サービスシーンだろう!!

「で、では自分も試してみましょう。いや、実は冷え性でして」

 そう言ってアーディンが、やはり軽装備のままお湯の中へ。

「く……はぁ……」

 何故喘ぐ。

「こ、これは……まさか温泉がこのような物だったとは! 我々は先人たちより、温泉とは肉を溶かし、毒を噴出させるものだと聞き及んでいましたので」
「あ、いや。確かにそういう温泉というか、火山地帯もありますからね。一概に全てが安全だとは言えませんよ」
「「え?」」

 ルティ含め一同が悠斗を注目する。

「いや、だから入る前にお湯の効能を調べてるんだよ。ダメならタブレットにそう出るし。ほら、男爵のお屋敷近くの温泉がそうだっただろ?」

 とルティに同意を求めるよう目を向ける。
 確かにそうだと、ルティは一安心。
 だが安心できない状況もある。

 メイド服のまま、軽装備のまま温泉で寛ぐ彼らは、ブーメラン型の温泉できゃっきゃと楽しそうにしている。
 あっちの景色がどうたら、こっちはどうたらと、自由自在。
 これではルティはおろか、悠斗も安心して入れないのだ。

 二人は肩をがっくりと落とし、ゴーストたちが満足して出るのを指を咥えて見続けるしかなかった。

 そうして小一時間が過ぎ、満足して温泉から出て行ったゴーストに代わり、二人がようやく堪能できる時間が訪れた。
 アーディンは悠斗のテント前で剣を構え、まるで近衛騎士のように立っている。もちろんルティのテントのある方角に背を向けて。
 
 服を脱ぎ、いそいそとテントから出てきたルティを待ち構えていたのはメイドたち。

「やっぱりエルフのお肌は綺麗ですわねぇ」
「透き通るような白い肌……エルフとして生まれただけでなんの苦労もせず手に入れられるなんて、ズルいですわ」
「触ってもよろしいですか?」
「私も触りたい!」
「ふえぇぇっ!」

 触りたくても触れないだろう。ゴーストなのだから。
 タオル一枚で体を隠していたルティは、体をくの字に曲げ狼狽える。
 だがこれには悠斗も救いの手を差し伸べることが出来ない。手を差し伸べればまたもやラッキースケベな展開になってしまうからだ。
 そして背後のアーディンの目がギラリと光っている――そんな気がする。

「来るな触るなほっといてくれぇ~。私は温泉に入りたいんだぁ~っ」

 そんな彼女の悲鳴を聞きながら、悠斗はひとり、温泉を満喫するのだった。

「はぁ~、極楽極ら「ユウト殿!? 身投げはなりませんーっ!」
「み、身投げ!? ユウト殿、死んじゃダメぇ~っ!」

 水しぶき一つ上げず、アーディンは温泉に飛び込みやってきた。
 水しぶきを上げルティがじゃばじゃばやってきた。

「は!? ち、違うっ。違うんだこれはっ」

 手を振り「こっち来ちゃダメー」っとジェスチャーする悠斗。だがしかし、岩を挟んですぐ後ろに居たルティを止めることは出来なかった。

「はぅあっ。し、失礼しましたっ」

 音を立てず飛び込んできた時と同様に、アーディンが水音ひとつ立てず出ていく。
 残されたのは全裸の悠斗と全裸のルティだけ。

「み、身投げ?」
「し、しないから……」

 湯煙立つ温泉で男女が二人、裸のお付き合い。
 悠斗にとって幸いなのは、今日は先日より湯煙が多くはっきりとは見えない。ルティの全裸が。

 だが運命の女神は常に悠斗へ微笑みかけている。
 風が吹き、湯煙が晴れた。

「ぶはっ――」
「ふえぇっ、ユウト殿!?」

 出血多量はライフポーションで回復するのかな。
 そんな事を考えながら、悠斗は湯面に浮かぶのだった。
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