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2話

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 岩山を下りるのにどれぐらい時間が掛ったのだろう。
 ヤバい。もう辺りが暗くなり始めてる。

 もっとヤバいことがある。

「ここは異世界。魔王がいるのに、モンスターがいない訳が……ないよなぁ」

 岩山を下りる前に気づけばよかった。せめて夜の間は上で野宿した方が安全だったかも。
 けど──
 今下りて来たばかりの岩山を見上げる。

「もう嫌だ……」

 高所恐怖症じゃないけど、あそこから下りてくるのに何度足を踏み外して死ぬかと思ったことか。
 
「とはいえ、地面の上でテントを広げる訳にもいかないし。少しでも安全な場所──場所──」

 岩山の上じゃなくても、木の上ならどうだろう?
 この辺りの木はとんでもなくデカい巨木だし。

「木登りの出来るモンスターだっているだろうし、飛べる奴らもいるだろうし……けど、地面で寝るよりはいいよ……な」

 森の奥には行かず、岩山から近い巨木に上ろう。
 




 巨木だけあって登るのに苦労する。
 ロープを引っ掻けたりしてなんとか登ってみると、案外広いスペースがあった。
 とはいえ、学校がレンタルしたテントは大きいし、さすがに広げられない。

「えぇっとLEDの懐中電灯二つ。ランタンタイプのが三つ。それぞれの予備の乾電池っと。ま、俺ひとりなんだし、夜はランタンタイプ一つでいいや」

 お、懐中電灯のは災害用の奴か。ハンドル回してスマホの充電も出来るタイプだな。
 スマホ、使えるんだろうか?
 ジャージのポケットから出したスマホは、まぁ当然ながら圏外だ。

「ネットも繋がらないし──あぁ、カメラ機能は使えるな」

 メモ帳も使えるし、時計もある。この世界の時間とかなりずれがあるだろうけど。
 スマホの時計は『4:56』だ。
 こっちの世界ではそろそろ暗くなる。今でもLEDの明かりが無ければ薄暗くて、手元が見えづらい。

 まずは寝床を作ろう。眠れる気はしないが、横になって休める場所は作らなきゃな。
 テントは広げられなくても、ひとり用のエアマットならいくらでもある。

「女子はバンガローに宿泊で、男子はテント。聞いたときにはうんざりしたけど、こうなるとテント泊があってよかったよな」

 エアマットに空気を入れ、飛ばされないように紐を枝に結んでおく。
 その上に寝袋シュラフを敷けば、快適とは言えないがなんとか横にもなれるだろう。

 食料入れのリュックからクーラーボックスを取り出し、中で冷やされている炭酸ジュースを手に取る。
 まだ冷えているけど、氷が解ければそのうち温くなるだろうな。

 今のうちに食べ物の用意もしておこう。
 お菓子以外の食糧は──

「食パン。なんだこりゃ。パン屋に売ってるの一本まるごとじゃん。しかも六本もあるし……あぁ、これか」

 岩山の上で荷物の仕分けをしていた時に見つけたホットサンドメーカー。
 それ用のパンだろうな。

「ガスコンロとボンベもあったとな」

 キャンプなんて小学校の頃に家族で行ったっきりだし、自分で火をつけたこともない。
 ガイド本に接続の仕方とか載ってるかな?
 お、あるじゃん。メーカーも同じだし、こうして……こうか。

「なるほど。レンタルしたテントも、この本に組み立て方法が載ってるのか」

 本にはホットサンドメーカーの使い方も載っていた。
 へぇ、唐揚げとかもこれで揚げられるのか。いや焼けるというべきかな。

「けど肉はないんだよなぁ」

 今夜はカレーの予定だったけど、肉はキャンプ場の管理人棟で受け取ることになってるって、確か先生が言ってたっけ。
 ただウィンナーはある。クーラーの氷が溶けたら傷むだろうし、早めに使い切るか。

「調味料は塩コショウ、カレー粉、ケチャップ、マヨネーズ。あとしょうゆとみりんか」

 パン切包丁もあるな。
 食パンを適当に二枚切って、一枚をホットサンドメーカーに乗せる。
 マヨネーズを塗って、ウィンナー乗せて、塩コショウをしてもう一枚でサンド。
 蓋をして、ガイド本見ながらコンロを点火!

 で、両面それぞれ一、二分ぐらい焼いて──完成?
 持ち手のフックを外して開くと、美味そうな焦げ目がついてるじゃないか!
 くぅー、今食べちゃおうかな。
 けどまだ五時半だしなぁ。

 は、半分だけ……半分だけならいいよな。
 残りはアルミホイルで包んでっと。

「あんむ……ん、んん。んまっ」

 料理なんてそもそも学校の授業ぐらいでしかやったことがない。
 そんな俺でも手軽に美味しく作れるとは。
 ホットサンドメーカー、いいな。
 
「残りは……これだけじゃあ足りないよなぁ。もう一枚作っておこう。キャベツともやしもあるし、それも塩コショウ振って焼いておくか」

 出来上がったホットサンドはアルミホイルで包み、野菜炒めは紙皿に移してホイルで蓋をしておく。
 そうこうするうちに辺りは真っ暗に。
 夜空の月明かりで多少見えてはいるけど、ランタンが無かったらどうなっていたか。

 明日の朝の分は明るくなってからにしよう。
 ホットサンドと野菜炒めを食べ、ジュースで喉を潤す。
 万が一のことを考えて、荷物はまた俺のリュックの中に入れておこう。

 木の上からようを足していると、下の方から獣のような唸り声が聞こえてきた。
 動物か、それともモンスターか。どっちも嫌だな。

 登ってこないか、念のためパン切包丁を手に姿勢を低くして眼下を睨む。
 あ、なんか光ってる。赤い小さな二つセットの光は、たぶん目だな。
 それが三セットぐらいあるから、三匹か。

 光の動きで、たぶんジャンプしているんだろうなぁってのは分かる。
 月の明かりはあるが、根元は木の影でほとんど何も見えない。
 明るい方に視線を向けると──ぼよーんぼよーんって跳ねるボールみたいなのが見えた。

「スライムだな、絶対」

 とにかく、下の奴らは登ってこないようだ。
 登ってこないからって安心して眠れるわけもなく。

 異世界に召喚された初日は、スマホにDLした漫画を読んで気を紛らわせて終了した。
 一睡もしないまま朝を迎え木の下を覗き込むと──

「うぇっ。兎のモンスターじゃねーか。しかも増えてるぞ」

 黒い毛皮の兎の頭には角があった。それが後ろ足で立って、時折こちらに向かって跳ねている。
 それが八匹いた。

 血走った目は、可愛いペットの兎とはとど遠い。
 木には登れないようだし、そのうち諦めてどっか行ってくれないかな。
 あ、人参食べるかな?

 荷物から人参を出して、遠くに投げる!
 つもりが、向かいの巨木に当たって地面に落ちた。
 黒兎、ガン無視。
 俺しか見てない。

「俺は食い物じゃないぞ! あっち行けよっ」
『ギギュアァーッ』
『ギッギューッ』
「ぐっ……あぁーくっそ! なんで俺だけこんな目に会わなきゃならないんだっ」

 黒兎が騒いで跳ねて、巨木をその爪で引っ掻く。
 兎ってあんなに鋭い爪持ってたっけ?
 
 騒げば騒ぐほど、森の奥から一匹、また一匹とやって来る。
 あっという間にその数は二十を超えてしまった。

 マズい。この状況はめちゃくちゃマズいだろ。

「あぁもう! お前らどっか行けよっ。消えて無くなれ・・・・よ!」

 そう叫んだ瞬間だった。

 ブォンっと──電子音的なものが聞こえ、同時に俺の目の前にピンポン玉サイズの黒い球体が出現した。

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