上 下
109 / 110

71

しおりを挟む
「おいこらっ。椅子や机は向こうに用意してあるから、袋ん中入れようとすんなっ」
「え、新しいのがあるの!? ボロいのじゃないよねリヴァ兄ぃ」
「あぁ、新しいのだ。だから置いていけ、そんなもん」

 あれから三カ月。
 今日は教会のガキどもと引っ越しの準備だ。

 皇帝から、全員分の地上に出る許可は貰ってある。
 本当は『リヴァの任意で誰でも地上の居住権を得られる』という権利を貰ったが、そんなこと口外したら妙な連中に目を付けられてしまう。
 だからその権利は神父とセシリア以外は知らない。

「おいリヴァ。ライガルちゃんは先に送り届けたぞ」
「ライガルちゃんって……本人の前で行ったら怒られるぞ」
「だーいじょーぶ大丈夫。チビども、準備は出来てるかー?」
「「ぜんぜーん」」

 元気に答えるな!

 命の恩人であるライガルさんは、もちろん引っ越しに誘ってある。
 やっぱりかなと思ったが、子供好きだという彼は俺や神父がいない間も面倒を見てくれるらしい。

「しっかし、あんなところに誰が住むんだって思ってたが、意外と住民は多そうだな」
「あぁ。知り合いの猿人たちに家の建設を頼んだら、まさか自分たちにそこで暮らしたいって言われて、まぁいいかって」

 俺たちだけじゃ限界集落待ったなしの状況だった。
 それじゃあ寂しいし、移住希望は歓迎だ。
 
 だが人間はお断りしたい。
 いい人間もいるが、悪い人間も多い。
 ダンジョンのことを知られたくないし、だからここではライガルさん以外には話をしていない。
 チビどももダンジョンのことは知らないし、地上のどこかに引っ越す──とだけ説明してある。

 猿人たちが移住を希望したのには理由がある。

 あのくそスティアンどもが、デンをゲット出来なかった腹いせに猿人の里近くに火を放ったからだ。
 死者は出なかったそうだが、家屋がいくつか燃えてしまったし、周囲の森が焼けたことでモンスターが寄ってくるようになった、と。

 俺に責任はない。
 ないけど、やっぱり後ろめたい気持ちもある。
 断れる訳ないし、むしろ歓迎だ。

「リヴァ、マリアンさんのお店から、お洋服いっぱい買ってきたよ」
「セシリア。よし、袋にどんどん入れてくれ」
「うん。やっとお引越しね」
「あぁ。簡易でもいいから、とりあえず家が必要だったからな」

 三カ月の間に、猿人たちはダンジョンに家を建築した。
 建築には彼らの友人であるドワーフ族たちも手伝ってくれたそうだ。
 そのドワーフ族も、ダンジョンへの移住を希望している。
 近くに鉱山があって、そこに通うのにあのダンジョンの位置は最適なんだとか。

「さぁさぁ。そろそろ出発するぞ」
「「はーい」」

 チビどもにはおネエのマリアンに服を仕立てて貰った。
 別にいい生地とかではない。普通の値段の普通の服だ。
 それでもチビたちにとっては高級品と変わらない。
 今まで着たこともなかった、真新しく見栄えのいい服に袖を通したチビどもは、いつになく背筋も伸びて見える。

「リヴァ兄ぃ、一度外に出ないといけないの?」
「あぁ。ここで転移の指輪を使うと、天井に頭を打ち付けて即死だからな」
「ひいぃぃっ」

 本当のことだから仕方ない。

 おんぼろの教会を出て、それから俺たちは深々と頭を下げた。

 ここがなかったら、俺たちは確実に死んでいただろう。
 雨風の心配がない地下街でも、家の存在は大きい。
 壁に囲まれている、人に見られていない。それは安心して眠るという点で重要だった。

 拾ってくれた……

「神父にも感謝しねーとな」

 自然と口が開き、声に出してそう言っていた。

「リヴァ? おい、今お前、なんて言ったんだ? 感謝とか言ったか?」
「あぁ? 言ってねーし」

 耳ざとく神父がニタァっと笑いながらやって来た。

「リヴァ、もう一度言ってくれよぉ」
「何も言ってねーのに、言うことなんてないだろ」
「リヴァ~」

 鬱陶しい。チビどもを連れてさっさと行くか。

「よぉし。この生臭坊主を置いて行くぞぉー」
「「は~い」」
「え? ちょ。え? なんで君たち返事しちゃうの? えぇー?」
「ふふ。リヴァと神父さま、仲良しね」

 仲良しじゃねーっての。
 ったく。

 俺が先頭に立って、まずは二階へと続く階段へとやって来た。
 皇帝の印が浮かび上がる魔石を見せ、全員が階段を上る。
 チビどもは流石に緊張していた。

 まるであの日の俺のように。

 二階の街並みを横目に、一階へと続く階段を上る。
 
 地上へと続く階段の手前には、地下のギルド支部をまとめる、ギルドマスターの姿があった。

 彼は何も言わず、ただ頷いて笑みを浮かべるだけ。

 そうして……

 チビどもにとって人生初となる、太陽の日差しが眩しく降り注ぐ地上へと出た。





「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 チビ子の悲鳴──いや、歓声が響き渡る。

「お風呂だああぁぁぁぁーっ!」

 猿人たちには風呂小屋の建設も頼んでいた。
 シンプルな造りで、四方を板で囲っただけのもの。足元はスノコだ。
 小屋は草原を流れる川近くに建ててある。そこまで源泉を引いてきて、川の水で温度調節だ。

 ふふ。まぁある意味人工なんだろうけど、これでも立派な温泉だ。

 猿人たちは俺たちに気を使ってくれて、毛のある獣人用とそうでない種族用と別々に作ってくれている。
 もちろん男女別だ。

 女風呂ではセシリアがチビ子たちの面倒を見てくれているが、大丈夫だろうか。
 こっちは……

「兄ちゃん、おしっこ」
「うああぁぁぁっ、すっげ! すっげーぞ兄ちゃん! これが池って言うんだよな?」

 ちげーよ。

 とにかくチビたちを綺麗にするために、ダンジョンへ到着したらすぐにここへ来た。
 家すらまだ見ていない。家に上がる前に綺麗にしておきたかったからだ。

 暴れまくるチビどもと、神父と一緒に追いかけ回して頭を洗い、体を擦って……しかも三回ずつ。
 そうしてようやく身綺麗になったら、服ももう一度着替える。

「「はあぁぁぁ」」
「リヴァ、神父様、同時にため息吐いてる」
「吐きたくもなるさ。はぁ……じゃあ家に行くか」

 全員が浮足立つなか、俺はちょっと疲れてしまった。

 が、見知った猿人たちに案内された家を見て、テンションが上がる。

「すげっ。こんな家まで建てれたのか!?」
「いやぁ、これはほとんどドワーフたちが建てのさ。お前さんがこの前来た時に話していただろう。えぇっと、ロ、ローグハウス?」
「ログハウス。伸ばさなくていいよ。いやそれにしても、ちょっと絵に描いてみせた程度なのに、再現度すげーな」

 大きなログハウスは二階建て。らぶんロフトもあるだろう。
 ウッドデッキもあって、かなりお洒落だ。
 
「俺いちばーん!」
「あ、イストずるーいっ」
「部屋は早いもの勝ちだかんな!」
「なにぃー! 俺様の部屋は一階だかんな!」

 おい、神父まで。
 いや、一階がいいってのは、階段の上り下りが嫌だからだろうな。

「俺たちも入るか、セシリア」
「うん、はいっ」
「おっと。お前さんがたはあっちのローグハウスだ」
「「え?」」

 ログハウスの後ろ側に、もう一軒ログハウスがあった。
 こちらはそれほど大きくはないけど、ちょっとした別荘並みの大きさはある。

 俺たちだけの……家?

『ほほぉ。我の住処か』
「あぁ、デンがいたか」
『む? 何か不満か? もしやセシリアと二人っきりが良かったと申すか?』
「はぁ? ち、ちが……」
「リヴァ、私と二人が良かった?」
「お、お前までっ」

 なんで顔赤くしてんだよ。
 べ、別に俺は……俺は……まぁ、二人でも、いい、けどさ。

「どうしたリヴァ。顔が赤いぞ」
「げっ。ライガルさん!?」

 すぐ後ろにいたのに、気づかなかった。
 ヤベぇ、神父にこんな顔見られたらマズいぞ。

「俺はあっちの家に居候することになった。子供たちはみんな二階の部屋の争奪戦をやっている。お前たちの家は見たか?」
「いや、あの」

 何か言わなきゃ──そう思った時、ぐいっと俺の手を引く奴がいた。

「行こう、リヴァ」

 セシリアだ。

 満面の笑みを浮かべ、ログハウスの階段へと駆けだす。
 手に入れたんだ、俺は。

 ここはダンジョンの中。
 だが見上げれば太陽があり、青空には白い雲が流れる。
 風も吹き、草木は揺れ……地上とそう変わらない景色が広がっていた。

 ここはダンジョン。 
 俺が手に入れた自由は、ここから始まる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ドロップキング 〜 平均的な才能の冒険者ですが、ドロップアイテムが異常です。 〜

出汁の素
ファンタジー
 アレックスは、地方の騎士爵家の五男。食い扶持を得る為に13歳で冒険者学校に通い始めた、極々一般的な冒険者。  これと言った特技はなく、冒険者としては平凡な才能しか持たない戦士として、冒険者学校3か月の授業を終え、最低ランクHランクの認定を受け、実地研修としての初ダンジョンアタックを冒険者学校の同級生で組んだパーティーでで挑んだ。  そんなアレックスが、初めてモンスターを倒した時に手に入れたドロップアイテムが異常だった。  のちにドロップキングと呼ばれる冒険者と、仲間達の成長ストーリーここに開幕する。  第一章は、1カ月以内に2人で1000体のモンスターを倒せば一気にEランクに昇格出来る冒険者学校の最終試験ダンジョンアタック研修から、クラン設立までのお話。  第二章は、設立したクラン アクア。その本部となる街アクアを中心としたお話。  第三章は、クラン アクアのオーナーアリアの婚約破棄から始まる、ドタバタなお話。  第四章は、帝都での混乱から派生した戦いのお話(ざまぁ要素を含む)。  1章20話(除く閑話)予定です。 ------------------------------------------------------------- 書いて出し状態で、1話2,000字~3,000字程度予定ですが、大きくぶれがあります。 全部書きあがってから、情景描写、戦闘描写、心理描写等を増やしていく予定です。 下手な文章で申し訳ございませんがよろしくお願いいたします。

女神スキル転生〜知らない間に無双します〜

悠任 蓮
ファンタジー
少女を助けて死んでしまった康太は、少女を助けて貰ったお礼に異世界転生のチャンスを手に入れる。 その時に貰ったスキルは女神が使っていた、《スキルウィンドウ》というスキルだった。 そして、スキルを駆使して異世界をさくさく攻略していく・・・ HOTランキング1位!4/24 ありがとうございます! 基本は0時に毎日投稿しますが、不定期になったりしますがよろしくお願いします!

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

異世界に転生したけど、頭打って記憶が・・・え?これってチート?

よっしぃ
ファンタジー
よう!俺の名はルドメロ・ララインサルって言うんだぜ! こう見えて高名な冒険者・・・・・になりたいんだが、何故か何やっても俺様の思うようにはいかないんだ! これもみんな小さい時に頭打って、記憶を無くしちまったからだぜ、きっと・・・・ どうやら俺は、転生?って言うので、神によって異世界に送られてきたらしいんだが、俺様にはその記憶がねえんだ。 周りの奴に聞くと、俺と一緒にやってきた連中もいるって話だし、スキルやらステータスたら、アイテムやら、色んなものをポイントと交換して、15の時にその、特別なポイントを取得し、冒険者として成功してるらしい。ポイントって何だ? 俺もあるのか?取得の仕方がわかんねえから、何にもないぜ?あ、そう言えば、消えないナイフとか持ってるが、あれがそうなのか?おい、記憶をなくす前の俺、何取得してたんだ? それに、俺様いつの間にかペット(フェンリルとドラゴン)2匹がいるんだぜ! よく分からんが何時の間にやら婚約者ができたんだよな・・・・ え?俺様チート持ちだって?チートって何だ? @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 話を進めるうちに、少し内容を変えさせて頂きました。

外れスキル「トレース」が、修行をしたら壊れ性能になった~あれもこれもコピーし俺を閉じ込め高見の見物をしている奴を殴り飛ばす~

うみ
ファンタジー
 港で荷物の上げ下ろしをしたり冒険者稼業をして暮らしていたウィレムは、女冒険者の前でいい顔をできなかった仲間の男に嫉妬され突き飛ばされる。  落とし穴に落ちたかと思ったら、彼は見たことのない小屋に転移していた。  そこはとんでもない場所で、強力なモンスターがひしめく魔窟の真っただ中だったのだ。 幸い修行をする時間があったウィレムはそこで出会った火の玉と共に厳しい修行をする。  その結果たった一つの動作をコピーするだけだった外れスキル「トレース」が、とんでもないスキルに変貌したのだった。  どんな動作でも記憶し、実行できるように進化したトレーススキルは、他のスキルの必殺技でさえ記憶し実行することができてしまう。  彼はあれもこれもコピーし、迫りくるモンスターを全て打ち倒していく。  自分をここに送った首謀者を殴り飛ばすと心の中に秘めながら。    脱出して街に戻り、待っている妹と郊外に一軒家を買う。  ささやかな夢を目標にウィレムは進む。   ※以前書いた作品のスキル設定を使った作品となります。内容は全くの別物となっております。

「残念でした~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~ん笑」と女神に言われ異世界転生させられましたが、転移先がレベルアップの実の宝庫でした

御浦祥太
ファンタジー
どこにでもいる高校生、朝比奈結人《あさひなゆいと》は修学旅行で京都を訪れた際に、突然清水寺から落下してしまう。不思議な空間にワープした結人は女神を名乗る女性に会い、自分がこれから異世界転生することを告げられる。 異世界と聞いて結人は、何かチートのような特別なスキルがもらえるのか女神に尋ねるが、返ってきたのは「残念でした~~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~~ん(笑)」という強烈な言葉だった。 女神の言葉に落胆しつつも異世界に転生させられる結人。 ――しかし、彼は知らなかった。 転移先がまさかの禁断のレベルアップの実の群生地であり、その実を食べることで自身のレベルが世界最高となることを――

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

処理中です...