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『我が名は雷獣ヴァーライルトール・デン、である』

 魔石で水を沸かし、紅茶を入れて落ち着くことにした。
 まずはそれぞれ聞きたいことの答え合わせからだ。

「私の記憶違いでなければ、雷の上位精霊はヴァーライルトール、だったはずだけれど」
「デンってのは俺たちが付けた名前なんだ」
「古代獣に封印されていた時は、知らなくって電気くんって呼んでたの」

 アレスが何故? という顔をする。
 バチバチと静電気を放出していたし、夜になると明るかったのもあって電気って名前を付けた。
 そう話すと、彼が笑い出した。

「で、電気……ぷふふふっ。そ、それでヴァーライルトール・デンなのかい?」
「長いから俺はデンって呼んでる」
「し、しかし、ふふ。古代獣に大精霊を封印するなんて、いったい何故そんなことを」
『我を使役するためであろう。強欲な魔術師どもであったからな』
「なるほど。しかし契約すればよいだけのことを……その実力がなかったという事か」

 デンが頷く。
 精霊との契約は、特に上位精霊ともなると魔力が高いだけではダメらしい。

『最も重要なのは、精霊自身に契約したいと思わせることだ』
「ふぅん。まぁデンは俺たちを気に入って自分から契約してやるって言ってたもんな」
『感謝するがよい』

 上から目線の猫様だな。

「古代獣に封印されていた大精霊と、彼らも契約を結ぶ気だったのだろうか?」
『いや、あの者らは純粋に宝が目当てだったようだ。もっとも、あの場にいた者の中に精霊使いがおったから、気づいたのかもしれぬが』
「そうだと思う。ひとりだけずっとデン君見てた人いたから」
「古代獣が守っていた秘宝が、大精霊……と思っている節もあるかもしれないね」

 どっちにしろ、返せと言ってはいどうぞと出来るようなモノじゃないし、そもそも負けて逃げたのはあいつらだっての。
 自分たちの弱さをひとのせいにすんなよな。

「しかし、その大精霊はセシリアが既に契約している訳だし、どうやって取り返すつもりだったのだろうね」
『簡単なことだろう。娘を懐柔するか、もしくは殺すか。大精霊と契約出来る者は同一世界の同一時代にはひとりと決まっておる。我と契約を結びたければ、現在の契約者を殺すしかない』
「おいおい、物騒なこと言うなよ」
『心配するでない。契約者に害をなす者を、我が黙って見ている訳なかろう』

 だったら落される前になんとかしてくれればよかっただろ──と言ったところで口論になるだけか。
 奴らは女は生かしておけとか言ってたし、たぶん懐柔作戦の方をやるつもりだったんだろう。野郎、セシリアにご執着だったしな。

 キャロン、ディアン。二人は大丈夫だろうか。

「なぁアレス。キャロンは帰還の魔法を使えるのか?」
「あぁ、もちろんだ。怪我を負ってはいたが、意識もあったようだし直ぐに……」

 そう話すアレスの表情は暗い。
 正直、背中をばっさり斬られているだろうから、あの直後に気を失った……なんてこともあり得る。
 ディアンが彼女を抱えて逃げれる可能性もあるが、下手に動かすのは危険な状態だろう。

 キャロンが気絶することなく、帰還の魔法が使えていればいいんだが。

「帰還出来たとして、どこの教会に飛ぶんだ?」
「王都に近い場所にある、大聖堂だ」

 そりゃまた立派なところに飛ぶもんだ。
 だが大聖堂なら司祭とかゴロゴロしてるだろうし、怪我の治癒に関しては心配ないだろう。
 無事でいてくれよ、二人とも。

「今は二人の無事を信じよう」
「あぁ、そうだな。ところでアレス、その、セシリアのことなんだが」
「うん、驚いたよ。翼を広げていなければ、本当に分からないもんだね」

 アレスはそう言って笑った。
 屈託のない笑顔だ。

「セシリアが有翼人であることを、誰にも言わないでくれってことだろう?」
「あぁ、そうだ」
「お願い、アレス。私、リヴァと一緒にいたいから」
「はは。それってのろけでいいのかな?」
「え、ぁ、その、えと……ぅぃぃぃ」

 俺たちの付き合いは短い。短すぎる。
 それでも俺は、こいつの笑顔を信じたいと思う。
 だがら俺は──

「アレス。俺からもひとつ聞いていいか」
「うん、なんだい?」

 俺がアレスを信じるために。

「お前、本当は何者なんだ?」

 二つの違和感を感じた、その答えをここで聞く。

「あれ? どこで気づいたんだい?」
「え、いや、どこでっていうか」
「ん?」

 もっとこう、焦るのかと思った。なのにアレスはあっさりと、認めている・・・・・

「あのクソ兄弟は侯爵家の人間だ。子爵と侯爵では、圧倒的に侯爵の方が身分が上だろ。貴族ってのは上下関係にうるさい世界なはず。なのにお前はあの兄弟に対して強く出ていたからな」
「あぁー……しまったなぁ。もう少し自分を隠すべきだった。あ、でも身分どうこうではなく、普通にフォルオーゲスト侯爵家を嫌っているだけでもあるんだよ」
「侯爵家が嫌いって、それ態度に出せるのはそれより身分高い奴だけだろ」

 同じ発音でも公爵なら奴らより爵位は上だ。
 そうかなぁとも思ったが、あの時のディアンの言いかけた言葉を思い出せば……。

「お前が突き飛ばされた時、ディアンはお前のことを『でん』って言ってからアレス様と訂正した。それも関係あるんだろ? まさか自分の名前はアレス・デンなんてしょうもないこと言わないよな?」
「アレス・デンかぁ。はは、いいね」
『うむ。我と一緒であるな』

 だからちげーって。

「侯爵より身分が上で、でんが付く爵位なんて存在しない。ただでんが付く名称で呼ばれる連中はいる」
「うん、そうだね。私の名はアレスタン・グレイ・バースロイガン。このバースロイガン王国の第三皇子だ」
「え、王子様!? アレス王子様だったの!?」
「父がこの国の王だからそうなっているだけで、たまたま偶然さ」

 おいおい、生まれを偶然って。
 いや確かに偶然ではあるんだろうけど。

「ちなみに母は貧乏子爵家の出だからね、自己紹介はあながち嘘ではないんだよ」

 そう言ってアレスはまた笑った。
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