上 下
154 / 380

許せなかっただけだ

しおりを挟む
(勝てはしないが……しかし、ニーの硬さがあれば、逃げる時間は余裕で稼げるか……?)




 多くは稼げないだろうが、数秒でやられるという事はないだろう。




(……ニーは強いが、シグレは弱いな。ステは、俺と同じくらい……けど、GODレベルが解放されていないから、HPとMPが普通に低い。あいつは、ただのザコだ)




 プロパティアイで見通したシグレのステータスは、色々と酷かった。

 ホルスド相手では、まったく戦力にはなりえない。




(……シグレがもらったのは召喚系のチートで、俺はGODレベルというチート……神様からもらった力、どっちもスゲぇっちゃあスゲぇんだけど、ことこの状況においては、どっちも、クソの役にもたたねぇな……)




 ゼンは、ニーとホルスドの力の差を計算しつつ、




(二分くらい稼いでくれれば、どうにか出来るか? 気付かれた時点で終わりって事を考えると、大胆には動けねぇ……慎重に、気配を消して、ゆっくりと……となれば、五分くらいは稼いでもらいたいところだが……どうかなぁ……ニーのHP見えないから、その辺の具体的な計算が出来ねぇ……てか、なんで、ニーのステ、HPだけ見えねぇんだ?)







 心の中でブツブツ言いながら、ソーっと大木から降りるゼン。







 その間も、ずっと、左目は閉じたまま。

 何があっても対処できるよう監視は怠らない。







 気配を消して、音をたてないよう、少しずつ距離をとる。




 その間に、
















「ぐっ、ああああああああああああああああああああああ!!」
















 シグレが、訳のわからない攻撃を受けた。

 ニーの反応速度がまったく間に合っていない。

 おそるべき攻撃速度。




 悲鳴をあげるシグレの姿を見て、




「……」




 ゼンの心が、一瞬、グアっと熱くなりかけた――が、




(バカか……落ちつけ。出て行ったって、死体が二つになるだけだ。もし、シグレを哀れに思うってんなら、ここは退いて、あとで、あのホルスドとかいうムキムキ野郎に代償を払わせてやればいい。俺はこれから強くなれる。GODレベルを上げて、魔法を磨いて、いつか、あいつを殺せるようになったら、その時――)
















「ああああああああああああ!!」
















 二発目を受けて、激痛にのたうちまわっているシグレの姿。




 とても見ていられないその姿から、ゼンは目を放さなかった。

 体が、ワナワナと震えている。




 脈が加速していく。




 ――『迷い』の質量が、どんどん重く、深くなっていく。




(やめろ、マジで頼む。出るな。やめろ。動くな。てか、逃げろ。何をしている。だから言ってんだろ、ここで出ていっても死体が二つになるだけだ。意味がねぇ)










 ゼンは、シグレについての情報を頭の中から引っ張り出して並べて揃える。










 なぜ、そんな事をしているのか。

 知らない。

 分からない。







 知りたくない。

 無視したい。

 それが本音のはず。







 なのに、ゼンは、頭の中にあるシグレの情報に目を向けてしまう。

 知りたくないんだ。

 本当に。

 けど、なぜだか、本当に分からないのだけれど、ゼンは、シグレの情報に触れてしまう。







(……田中……シグレ……)




 ゼンは奥歯をかみしめた。




 彼女の情報に触れると、心の奥の方が痛んだ。




 シグレは、高校であった『色々』について、口では、『大した事じゃなかった』、『さほど被害はなかった』と言っていたが、







 まあ、もちろん、当り前の話で、そんな訳はなかった。







 もっといえば、『イジメられていた気の弱い男子』を『助けるつもりはなかった』という発言だって、明らかなウソが混じっている。




 『イジメに参加しなければ空気が読めていない』

 そこまで極まった空気の中で、『何もしない』という『抵抗』は、明らかな『挑発』だ。




 正義感からの行動じゃなかったのは事実。

 示したかったのは正義じゃない。







 ――ただ、許せなかった。







 だから、抵抗した。

 それだけ。
















 その男子は、最初の自己紹介で、花が好きだと言った。

 病気がちのお母さんを元気づけるために、色々な花を買ったり摘んだりしている内に、自分も好きになったと言った。




 ――それが、いじめの始まりだった。




 『あいつ、狙いすぎだろ』

 『いきなりのマザコン暴露とか、勇者だな』




 最初は小さな、ちょっとした冗談交じり。

 次第に加速、妙にヒートアップして、気付けば、取り返しのつかない空気。




 確かに、少し吃音気味で、弱弱しさが少し鼻について、少し可愛い顔をしていたせいで、それが変にカラまって、妙な方向からのヘイトを稼いでしまって、少しだけ頭が良かったものだから、プライドの高い連中のストレス解消の的になって、それでもがんばって、必死に頑張ってニコニコしていたら、それがムカつくと、余計に拍車がかかって――




 悲運と不運が重なって、

 『彼』は壊された。




 おっとりとして、優しくて、気が弱くて、少しだけ強くて、

 だから、誰にも相談できずに、必死に、ニコニコと笑って――







 つまり、単純な話。




 シグレは、自分に言い訳をしながら――必死に戦った。










 確かに、正義じゃなかった。

 絶対に正義ではなかった。

 ただ、許せなかったから、闘った。










 それだけ。










 『汚いものになりたくない』という『そういう【強い】感情』が、隠そうとしても『表』に出てしまう事くらい、そして、『その手の連中』が『そういう【弱い】感情』に対して酷く敏感だって事くらい、







 ――シグレは知っていた。







 そのぐらい、あの世界で、十五年近くも生きていれば、誰だって分かる。

 神様の推理力なんて必要ない。







 当たり前の話なんだ。







 ああ、もちろん、しょうもない闘いだ。

 イジメなんて、小さな問題でしかない。




 大した事じゃない。




 ぬるい問題でしか――
















                           フザケルナ

                           クソドモガ
















 シグレは、闘った。







『あんたがここにおるせいで、あたしまで余計な被害をこうむってんけど? 学校、やめてくれへん? あたしのために』







 ――お母さんが、喜んでくれたから。

 一生懸命、勉強を頑張って、偉いねって。

 そう言ってくれたから、

 だから、やめられない――







 そう言って、必死に血で汚れた笑顔でニコニコしながら、あの地獄にしがみついていたその手を、シグレは、血だらけの足で踏みつけた。

 むりやり、手を放させて、シグレだけがあの場所に残った。







 その闘い方が正しかったかどうか。




 知ったこっちゃないよ、そんな事。







 そんな話じゃないんだ。

 どこまでいったって、




 ――ただ、許せなかった。




 それだけの話でしかないんだ。







 そうやって、

 田中シグレは、

 全力で闘って、傷ついて、




 けど、泣き言を言える相手はもういなくて、

 だから、自分は大丈夫だと必死にごまかして、




 ずっと、ずっと、闘って、闘って







 そして、ここにきた。










 そんな女が、今、目の前で甚振られている。










 ――知りたくない情報だった。

 ――けど、知ってしまった。










 ――ゼンは、




(あのホルスドって野郎にムカついているのは分かった。同郷の同年代を甚振られてムカついている。了解だ。復讐したいって気持ちはOK、了解。それは充分に分かった。けど、頼む。ここでは動くな。頼むから、行くな)




 己の感情に抵抗する。




 頭の中が、異常なほど高速で回転する。

 思考しようとは思っていない。

 むしろ、脳死して逃げたいと思っている。




 だが、とまらない。




(逃げろ。行くな。意味がない。というか、シグレがどうなろうと知ったことか。同郷? 同年代? ほんのちょっとだけ哀れな過去を背負っている? はぁあああああ? それがなんだ、アホか)




 本気で思う。

 本音。




 飾りのない、心の声。




(つい数分前まで、顔も知らんかった奴で、数時間前までは、存在すら知らんかったヤツだぞ。それなのに、なんだ? どうした? 俺はラノベの主人公か? 違うだろ? 違うよな? てか、むしろ、いつも、軽蔑してただろ? なんで、知らんヤツを助けるんだって。ありえねぇだろって。ふざけんなって。そう思って生きてきただろうが。だから、行くな。絶対に行くな。後悔しかしない。無意味、無意味、無意味ぃいい!)



















「……ふむ。どうやら、貴様の悲鳴では、イレギュラーを動かす事はできないらしい。となれば、これ以上は時間の無駄。さっさと壊して組み立て直すとしようか」



















 言いながら、ホルスドは、指先を、シグレの足ではなく、彼女の心臓に向けた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界転移パパは不眠症王子の抱き枕と化す~愛する息子のために底辺脱出を望みます!~

北川晶
BL
目つき最悪不眠症王子×息子溺愛パパ医者の、じれキュン異世界BL。本編と、パパの息子である小枝が主役の第二章も完結。姉の子を引き取りパパになった大樹は穴に落ち、息子の小枝が前世で過ごした異世界に転移した。戸惑いながらも、医者の知識と自身の麻酔効果スキル『スリーパー』小枝の清浄化スキル『クリーン』で人助けをするが。ひょんなことから奴隷堕ちしてしまう。医師奴隷として戦場の最前線に送られる大樹と小枝。そこで傷病人を治療しまくっていたが、第二王子ディオンの治療もすることに。だが重度の不眠症だった王子はスリーパーを欲しがり、大樹を所有奴隷にする。大きな身分差の中でふたりは徐々に距離を縮めていくが…。異世界履修済み息子とパパが底辺から抜け出すために頑張ります。大樹は奴隷の身から脱出できるのか? そしてディオンはニコイチ親子を攻略できるのか?

【R-18】記憶喪失な新妻は国王陛下の寵愛を乞う【挿絵付】

臣桜
恋愛
ウィドリントン王国の姫モニカは、隣国ヴィンセントの王子であり幼馴染みのクライヴに輿入れする途中、謎の刺客により襲われてしまった。一命は取り留めたものの、モニカはクライヴを愛した記憶のみ忘れてしまった。モニカと侍女はヴィンセントに無事受け入れられたが、クライヴの父の余命が心配なため急いで結婚式を挙げる事となる。記憶がないままモニカの新婚生活が始まり、彼女の不安を取り除こうとクライヴも優しく接する。だがある事がきっかけでモニカは頭痛を訴えるようになり、封じられていた記憶は襲撃者の正体を握っていた。 ※全体的にふんわりしたお話です。 ※ムーンライトノベルズさまにも投稿しています。 ※表紙はニジジャーニーで生成しました ※挿絵は自作ですが、後日削除します

【R18】転生エルフ姫は魔王に溺愛される

雪月華
恋愛
ムーンライトノベルズにも掲載、アルファポリスでは、序盤から新たにエピソード複数を追加。プロローグから大幅に加筆修正して甘味成分を増量中(辛味成分はカット)。……勇者が魔王を滅ぼした後の世界に、エルフの少女として転生した渚。妖精の森で出会った魔族の王カインに連れ去られ、結婚させられてしまう。未熟な二人が少しずつ成長して、ドロドロに溶けていくような性愛の世界へ。剣と魔法の世界観だけど、カインと渚のふたりの愛の物語が主軸です。(3話に一度位の頻度でR18あり) 過去と未来を行き来し、甘く切なく愛し合う二人。女性向けファンタジー官能小説。

ゲロトラップダンジョン-女騎士は適量とペースを守って酒なんかに負けたりはしない!-

春海水亭
ファンタジー
女騎士ノミホ・ディモ・ジュースノーム(20)は王命を受け、ダンジョンの攻略に挑む。 だが、ノミホの屈強なる精神力を見込まれて赴いた先は、 すえた吐瀉物と濃いアルコールの臭いが立ち込めるゲロトラップダンジョンであった。 ノミホは先人が残した嘔吐マッピング機能を利用して、ゲロトラップダンジョンの攻略を開始する。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

【猫画像あり】島猫たちのエピソード

BIRD
エッセイ・ノンフィクション
【保護猫リンネの物語】連載中! 2024.4.15~ シャーパン猫の子育てと御世話の日々を、画像を添えて綴っています。 2024年4月15日午前4時。 1匹の老猫が、その命を終えました。 5匹の仔猫が、新たに生を受けました。 同じ時刻に死を迎えた老猫と、生を受けた仔猫。 島猫たちのエピソード、保護猫リンネと子供たちのお話をどうぞ。 石垣島は野良猫がとても多い島。 2021年2月22日に設立した保護団体【Cat nursery Larimar(通称ラリマー)】は、自宅では出来ない保護活動を、施設にスペースを借りて頑張るボランティアの集まりです。 「保護して下さい」と言うだけなら、誰にでも出来ます。 でもそれは丸投げで、猫のために何かした内には入りません。 もっと踏み込んで、その猫の医療費やゴハン代などを負担出来る人、譲渡会を手伝える人からの依頼のみ受け付けています。 本作は、ラリマーの保護活動や、石垣島の猫ボランティアについて書いた作品です。 スコア収益は、保護猫たちのゴハンやオヤツの購入に使っています。

【完】大きな俺は小さな彼に今宵もアブノーマルに抱かれる

唯月漣
BL
「は? なんで俺、縛られてんの!?」  ゲイである事をカミングアウトの末、ようやく両想いになったと思っていた幼馴染みユウキの、突然の結婚の知らせ。  翔李は深く傷付き、深夜の繁華街でやけ酒の挙げ句、道路端で酔い潰れてしまう。  目が覚めると、翔李は何者かに見知らぬ家のバスルームで拘束されていた。翔李に向かってにっこり微笑むその小柄な彼……由岐は、天使のような可愛い外見をしていた。 「僕とセフレになってくれませんか。じゃないと僕、今すぐ翔李さんを犯してしまいそうです」    初めての恋人兼親友だった男から受けた裏切りと悲しみ。それを誤魔化すため由岐に会ううち、やがて翔李は由岐とのアブノーマルプレイの深みにハマっていく。 「お尻だけじゃないですよ。僕は可愛い翔李さんの、穴という穴全てを犯したい」    ただのセフレであるはずの由岐に予想外に大切にされ、いつしか翔李の心と体はとろけていく。  そんなおり、翔李を裏切って女性と結婚したはずの親友ユウキから、会いたいと連絡があって……!? ◇◆◇◆◇◆ ☆可愛い小柄な少年✕がたいは良いけどお人好しな青年。 ※由岐(攻め)視点という表記が無い話は、全て翔李(受け)視点です。 ★*印=エロあり。 石鹸ぬるぬるプレイ、剃毛、おもらし(小)、攻めのフェラ、拘束(手錠、口枷、首輪、目隠し)、異物挿入(食べ物)、玩具(ローター、テンガ、アナルビーズ)、イキ焦らし、ローションガーゼ、尿道攻め(ブジー)、前立腺開発(エネマグラ)、潮吹き、処女、無理矢理、喉奥、乳首責め、陵辱、少々の痛みを伴うプレイ、中出し、中イキ、自慰強制及び視姦、連続イカセ、乳首攻め(乳首イキ、吸引、ローター)他。 ※アブノーマルプレイ中心です。地雷の多い方、しつこいエッチが苦手な方、変わったプレイがお嫌な方はご注意ください。 【本編完結済】今後は時々、番外編を投下します。 ※ムーンライトノベルズにも掲載。 表紙イラスト●an様 ロゴデザイン●南田此仁様

【完結】飛行機で事故に遭ったら仙人達が存在する異世界に飛んだので、自分も仙人になろうと思います ー何事もやってみなくちゃわからないー

光城 朱純
ファンタジー
空から落ちてる最中の私を助けてくれたのは、超美形の男の人。 誰もいない草原で、私を拾ってくれたのは破壊力抜群のイケメン男子。 私の目の前に現れたのは、サラ艶髪の美しい王子顔。 えぇ?! 私、仙人になれるの?! 異世界に飛んできたはずなのに、何やれば良いかわかんないし、案内する神様も出てこないし。 それなら、仙人になりまーす。 だって、その方が楽しそうじゃない? 辛いことだって、楽しいことが待ってると思えば、何だって乗り越えられるよ。 ケセラセラだ。 私を救ってくれた仙人様は、何だか色々抱えてそうだけど。 まぁ、何とかなるよ。 貴方のこと、忘れたりしないから 一緒に、生きていこう。 表紙はAIによる作成です。

処理中です...