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無人の大都市

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そこは、魔天楼だった。







 人は誰もいない。

 無音が耳に痛い。




 しかし、数え切れないほどの超高層ビルが立ち並んでいる、なんとも不気味な光景。







(ほう……)







 センは、アスファルトで舗装された五車線の幅が広い道路を踏みしめる。

 南へと、ゆっくり歩を進めながら、周囲を見渡し、




(第一アルファよりも進んだ文明……その無人都市……少しだけ、そそるじゃねぇか)




 間違いなく、車が走る事を想定して作られている道路。

 だが、どこを見渡しても車は存在しない。

 大都市という箱があるのみで、生命の気配は常にゼロ。




(……パソコン等もなし……)




 センは浮遊の魔法を使い、空をフラフワと漂いながら、窓からビルの中を覗き込む。




 ビル内部には机やイスなどは置かれていたが、どこに視線を向けて見ても、電子端末などは一つも置かれていなかった。




(これほどの街を作るには、コンピュータによる超高速の演算処理が必要不可欠。そして、そこらに、かつては設置されていたであろう跡はいくつか散見している。あったはずだ。間違いなく。高度な文明が、『計算機』を生み出さない訳がない。電動か魔動かの違いならあっても、有か無の違いはありえない。だが、部品の一つも見当たらない。それ以外にも……ここが何であるかに繋がる情報は一切見当たらない)




 窓を割り、ビルの内部に侵入するセン。




 テキトーに机や棚をあさり、情報を集めようとする――が、




(何もねぇ……見事に何も……)




 引き出しつきの机はあるのに、その中には、書類の一つも入っておらず、本棚はあるのに書籍類は一冊もない。




(つまり、排除されたんだろうな……誰が? 何の目的で?)




 センは、ビルの外に出て、テキトーに散策しながら、頭を働かせる。




(異常に発展した文明……しかし、完全なる無人……滅んだように見受けられるが、しかし、どこも腐食していない。この領域一体に保存の魔法がかかっているのだろう……誰もいなくなった街、情報を丁寧に削除し、けれど、わざわざ『保存』と『遠視を阻害する高位の魔法』をかける。んー……見えねぇな……何がしたいのか、さっぱり分からねぇ……)




「主上様」




 声をかけられて、センは足をとめた。




 アダムに視線を向けると、




「ここは……いったい、なんなのでしょうか……この風景は、なんといいますか、この世界の文明と……あまりにもかけ離れ過ぎていて――」




「そうか?」




「え?」




「確かに時代とは乖離しているが、本質の方は、それほどかけ離れているという訳でもないぞ」




「どういう事でしょうか。わたくしめには、サッパリ――」




「この街に立ち並ぶ建物は大きく分けて二種類ある。『紫銀のエンブレム』が掲げられた超高層ビルと、エンブレムがない高層ビルだ」




 言われてみて、注視してみると、確かに、その差が見受けられた。




「なるほど、確かに……気付きませんでした。しかし、それがいったい?」




「ようするに、かつて、同じ歴史を辿った連中がいたって話だよ」




「……っ……なるほど……」




 そこで、アダムは軽く首肯して、




「魔人と人間が、手を取り合い、発展した……しかし、相互の差別意識は、結局、消えなかった……」




「そう考えると、『戒め』として、ここを残したって線も考えられるが……どうも、そうじゃないような気がするんだよなぁ……そうにしては、あまりにも綺麗に情報が掃除されすぎている……執念すら感じる、このイカれた徹底ぶり……もっと、明確で、切迫感のある、『誰かに何かをさせたい』っていう強い意志を感じる……メッセージだとは思うんだが……しかし、誰に対する、どんな……」




(わずかな情報から、すでに、いくつもの仮説を導き出し、確かな答えへと近づかれている……流石は主)




 そこで、センが、







「……ん?」







 立ち止り、警戒の質を変えた。










「どうかなさいましたか?」




「くく……どうやら、無人じゃなかったらしいぜ」




「は?」




 アダムは、センの視線の先を追ってみた。







 そこには、一人の女がいた。







 気配はまったく感じない。

 よく見てみると、その女の周囲が、半径五十メートルくらいのドーム状の薄い透明な膜に覆われている。




 アダムは、心の中で、




(面妖な……)




 と、つぶやく。




 五つの道路が交わる巨大なスクランブル交差点のど真ん中で、宙に浮かんで眠っている二十台前半くらいの女。




 スリットが激しい純白のチャイナドレスを着た銀髪ツインテール。

 健康的な褐色肌だというのに、どこか病的な雰囲気を漂わせている。

 スラリと手足が長く、腰も鉄棒みたいに細いのに、胸だけは豊か。







 センは、




「くく……また、随分な萌え豚ホイホイじゃねぇか。そんなに俺をブヒらせたいか?」







 軽口をたたきながら、注意深く周囲に目を向ける。




(これも、俺一人なら、もう少し、無遠慮に踏み込んでいく場面なんだが……ほんと、厄介だねぇ、荷物を抱えるってのは)




 この面倒くささにだけは飽きる事なく、いつだって新鮮に辟易してしまう。










 センは、アダムの盾をしながら、慎重に、その女に近づいていく。










「眠れる無人都市の美女か……くく……残念だったな。訪問者が、小綺麗な王子様じゃなくて。俺は、ただの無粋で木っ端なオシャレルーキー。かぼちゃパンツを履きこなし、白タイツで遊んじゃうほどの瀟洒な勇気は持ち合わせちゃいねぇ。……こんな俺でもよかったら、キスさせてもらうけど、どうするよ」










 どんな対処でもとれる距離で、周囲を警戒しながら、中身のない声をかけてみた。




 キスという単語を耳にしたアダムが、一瞬、目をクワっと開いて、センを見たが、そんなささいな事に構っていられる余裕はない。




 センが、もう一度、口を開こうとした、その時、










「……驚いたわ……どうやって入ってきたの?」







 その美女は、気だるげに、半分だけ目をあけて、虚空を見つめながらそう言った。
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