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《 神の領域 》

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   風が吹いた。
 疾風。

 アダムが、身を低くして飛び出していた。
 それは、人の目では追えない迅雷。

 武器はエルボー。

 もちろん、それは、ただの肘じゃない。
 グリムアーツ『雷禅/緋色』

 雷神を名乗っていた魔王から奪いとったグリムアーツ。
 豪速で懐に飛び込み、体幹を回転させながら、えぐるように肘をいれる体技。

 ゆっくりとなら、子供でも楽に型をマネできる、単なる武の一つ。


 しかし、その単なる武を昇華させるのがグリムアーツ。


 究めれば『武術』を、つまりは『肉体』を、戦略級兵器に変えられる技術。

 アダムが『雷禅/緋色』を全力で使えば、山を木っ端みじんに吹き飛ばせる。
 一点集中の力、範囲極小の力で、世界の地形を変えられる。


 グリムアーツは、魔法と違い、会得するのに膨大な時間がかかり、会得してからも絶え間ない研鑽が求められる、非常にワガママでダダッコな能力。
 だが、極めてしまえば、魔力の消費を必要とする魔法と違い、なんのリスクもなく使用できる頼れる必殺技となる。

 魔法よりも、グリムアーツを鍛えた方が、最終的には強くなれる。
 そんな事は誰だって知っている。

 だが、なかなか実行には移せない。

 大抵の者は、一つか二つ、魔法耐性が強い者と戦う時のためにと、正拳突きやハイキックを少しばかり磨くだけ。

 なぜなら、前述したように、グリムアーツの取得は面倒くさすぎるから。
 会得するのも持続するのも、時間と手間がかかりすぎる。


 ゆえに弱者はグリムアーツではなく魔法を好む。




 ――愚かな神よ。
 貴様もそうだろう?




 確かに、ランク30の魔法は素晴らしい。

 流石は神。

 ――しかし、切り札に選んだ魔法が酷過ぎる。



 よりにもよって、コピーだと?



(愚か! 貴様は、最初から、精神的に死んでいる! 私の前に立つ資格はない!)


 空気を裂くようなステップを踏むアダム。
 腕を固定し、肘を固め、重心低く、高速で、神の懐に踏み込み――

「――え?」

 すっころんだ。
 ステンと仰向けで倒れこんでいた。


 認識が追い付かない。


 しかし、聞こえる。


「悪くないぞ、アダム」

 センは、アダムの、プルンと揺れた大きな胸を、足でツンツンとつつきながら笑う。

 かなり、しっかりめのセクハラ。

 センは、三秒ほど、アダムの胸を楽しんでから足を離す。

 追撃はせず、優雅に、まるで演舞中のスケーターのように、
 地を滑るように、すり足で距離をとりながら、

 ――センは、さらに採点を続ける。



「お前に負ける事はありえないが、同じ能力である今ならば、常に確定でパーフェクト勝ちできるほどの差はない。その領域にいる者は、全世界を探し回ってもそうそういない。お前は強い。だから、自信を持って
 ――負けにこい」





 ――アダムは立ちあがる。
 最小限の動きで戦闘態勢に戻る。


 幸い、なのかどうかは知らんけども、ダメージはない。
 動ける。
 動こうと思えば、今すぐにでも。


 ――しかし――

「……くっ」

 アダムは、土埃を払いもせずに、苦い顔でセンを見る。

 その美貌に、『可憐さ』が生まれた瞬間。
 芽生えた恐怖が、アダムをより美しくする。

 その完璧な美しさに、儚さが浮かぶようになり、脆さが含まれた。

 ――アダムは、センをただ睨む。
 それしかできない。
 まるで威圧感が、体にまとわりつく、鋼のツタのよう――

(マグレではない……先の一手だけでも分かる……)

 冷や汗が溢れる。
 心がグニャグニャしている。

 その豊かな胸の谷間に冷たい汗が流れていく。

(強い……信じられない……こいつ、私よりも遥かに戦闘力が高い……ありえない、あってはいけない。私より強い者ならともかく……私よりも『圧倒的に強い者』など……そんなもの……)


「俺を見誤るな。それは、勘違いだ」

 センは軽く、両肩を回しながら、

「さっきの受け流しは、経験の差が生んだ、確定的なマグレでしかない。ブロント語に聞こえるかもしれないが、あるんだよ、事実、そういうものが」

 確定的なマグレ。
 なんのトンチだと、アダムは一瞬混乱する。

「……お前は強い。愚直に積み重ねてきたのが分かる。気が遠くなるほど繰り返したのが分かる。戦闘だろうが勉強だろうスポーツだろうが、なんだって同じ。積み重ねた結晶が結局、一番、美しい」

「……」

「さあ、やろう、アダム。何度も言うが、心配するな。お前は強い。俺が本来の存在値を持ってここに立っていたならば、お前の命は一秒持たないが、今はステータスだけなら同等。つまり、お前が積み重ねてきた研鑽は、充分、俺に届く。だから、全力で」


 ――俺に負けるがいい――
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