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青春

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「てめぇ、何ナメた事言ってんだ。あんまり調子のって――」

「世界中の人間に、お前達の笑顔を見てもらう。 ああ、なんて素晴らしいんやろう」

「……や、やれるもんなら、やってみろよ。そんなクソみたいな脅しに俺が――」

「そこのデカいブスの口に、無理やりゴキブリの死骸を詰め込んだ、この傑作シーンなんて、喝采が起こるんちゃうか? そのブスの使用済み生理用品を展示した、この斬新極まりないファンタスティックショータイムなんて、ほんま最高やったから、劇的に鬼バズるはずや。想像するだけでも高揚が止まらへんわ」

「ヤバいぞ、工藤。脅しじゃない。こいつ、ガチで録画してる」

「お、お前、わかってんのか? それをネットに上げたりしたら、普通に犯罪だぞ。肖像権の侵害と、あと、脅迫だ。退学になるぞ。少年院にだって――」

「え、そうなん? 世知辛い世の中やなぁ。でも、まあ、しゃーないな。みんなが幸せになるためやもん。退学も逮捕も、甘んじて受けなな」

「おい、こいつ、目がイってる。ヤベぇぞ、完全にラリってやがる」

「さあ! ともに、吹き荒れること間違いない『いいね♪』の嵐に身を委ねようやないか。ぁ、そうや! まずは、お前らの親、この地区の市長、PTA会長、教育委員会の皆様方に、君らの花のような笑顔を見てもらおう。そうしよう、それがええ」

「わかった。降参だ。望みを聞く。だから……頼むから……やめてくれ」

 ★

(あいつが余計な事をしたせいで、あたしは、望む復讐を果たせなかった。死ぬこともできなかった。復讐と自殺の邪魔をしたあいつを、あたしは絶対に許さない。必ず殺す)

 ジュリアの人生は、トウシが動いてから変わった。
 まず、誰からも迫害されなくなった。

 そして、ある理由のために始めたダイエットが完璧に成功した。
 唯一の目的のために始めた体力作りと美容対策が絶大な効果をもたらした。

 パーフェクトな高校デビュー。いまや、彼女の評価は、校内一・二を争う超絶美少女。
 彼女の人生は軌道に乗った。それもこれもすべて、トウシのせい。許さない。

(タナカトウシ……絶対に殺してやる)

 その目的のために、彼女は、脂肪をそぎ落とした。毎晩かかさず美肌パックを装着するようになった。
 胸を大きくするため、女性ホルモンを大量に分泌させるために自分で毎朝最低二十分は揉むようになった。命であるキューティクルを完璧な状態に保つための方法は、この世に存在する全ての理論を試した。

 血反吐を吐きながら、完璧な美少女になるための訓練を積んだ。

 すべて、田中東志を殺すため。
 すべての努力は、やつの息の根を確実に止めるためのもの。

(私の復讐と自殺を邪魔したあの男を、あたしは絶対に許さない)

 少しでもオシャレに見えるよう制服を改造したのも、やつを殺すため。
 スカートを短くしているのも、かわいく見えるよう仕草に気をつけるようになったのも、すべて、トウシを殺すため。

 美しくなることで、なにがどうなってトウシを殺せるのかは、イマイチよくわかっていない。だが、そんなことはどうでもいい。

 やつと同じ学校に入るために死ぬ気で勉強したのは、あくまでも、標的の動向を監視するため。ヤツと同じクラスになれたと知った際、「ふはぁああああ」と叫んで喜んだのも、やつを殺せる機会を得られたから。

 彼女の部屋の壁がトウシの盗撮写真で埋め尽くされているのも、もちろん、この殺意を風化させないためだ。

 去年の二月、トウシのカバンに忍ばせたチョコレートに毒を入れ忘れたのは、一生の不覚。

 三月に受け取ったクッキーを食べないで神棚に飾ってあるのは、もちろん、毒を警戒してのこと。

 たまに、ノートなどに、田中樹理亜などと書いてみる行為も、すべては、トウシを殺すためのもの。その行為の何がどうなって、トウシを殺せるのかは、彼女自身も分かってはいないが、しかし、だけれど、つまりは、しかして、すべては、そういうことなのだ。



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