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いやがらせ

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 帰り支度をしているトウシのもとに、ホウマがかけよってきて、

「ぴよぴよ(さすがに、やりすぎじゃない? 意味なくいたぶるのを黙って見ているのは、しんどいものがあるのだけれど)」

「ツカム」

「はい?」

「ちゃんと計ったか?」

「はい」

「何キロやったか、ホウマに教えたってくれ」

「141です」

「ぴよぴよ(え? 五キロどころか九キロも上がっているじゃない。どういうこと?)」

「単純な話や。あいつの一球目、あいつは本気で投げたと思っとるか知らんけど、実際には大分抜いた球やねん。肩・肘を大事にしすぎて、無自覚のまま、無意識のうちに、全力が投げられんようになってたんや。せやから、心をつついて、全力で投げさせたった。それだけの話や」

「ぴよぴよ(無自覚なリミッターをはずすために怒らせたというわけ?)」

「まあ、それ以外にもいくつかやったけどな。怒りに任せて投げるだけやったら力んで終わりやから、丹田に力を入れるよう再三注意したし、右腕思いっきり引かすために鉛入りのグラブ持たせたし、リミッターをはずしやすくするために叫ばしたし、ステップ幅を適正位置に戻してやったし」

「結果、この球速ですか。完全勝利ですね」

「あんなカスに勝てん奴が、五連覇とかできへんやろ」

「ぴよぴよ(カス……ね。まあ、確かに私たちからすればカスだけれど、でも、一年生のこの時期に140キロの球を投げるというのは、実際、すごいことじゃない?)」

「今どき、たいしたことあらへん。一年のこの時期に150投げたヤツかておるからな。まあ、年に一人おるかおらんかの天才なんは間違いないけど」

「すごいのがいたんですね」

「ワシが調整してやらな、球がちょっと速いだけのカスやけどな。まあ、まぐれ勝ちに魅せるんが、かなり楽になったんは確かや」

「利用する気満々なんですね。でも、大丈夫ですか? 心へし折っちゃいましたけど。明日から引きこもっちゃったりしたら……」

「そんときは最初のプランに戻すだけや。なんの問題もない」

「ぴよぴよ(ちなみに、なんで、左投手に右で投げさせるの? いやがらせだと思っていたのだけれど、もしかして、違うの?)」

「いや、いやがらせやで」

「えぇ」

「ぴよぴよ(こらこら)」

「今日の球数に関しては……だけどな」


 ★


「はぁ……はぁ……」

 トウシたちが帰ったあと、三分は、もくもくと、右で球を投げ続けていた。

(負けた……負けた……負けた……)

 定期的に奥歯をかみしめる。

 あの場面を思い出すだけで心が潰れそうになる。

「くそ……くそぉお!」

 百五十球目を投げたところで、三分はボールを地面に叩きつけ、のどが千切れるほど叫ぶ。

(なにが罰だ……なんで俺が……こんないやがらせを……)

 折れるほど、奥歯をかみしめていると、背後から、

「あれ? どうして右で投げているの?」

 声をかけられ、振り返ると、いつもゴチャゴチャと鬱陶しい女が立っていた。

 八当たりで怒鳴りそうになるのを必死に抑えつけていると、

「ああ、もしかして、矯正しているの?」

「……なに?」

「珍しいわね、あなたがそういう練習するのって。でも、まあ、確かに、最近、体軸が、かなり歪んでいたから――」

「これ、練習なのか?」

「は? 分かっていてやっていたのではないの?」
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