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第一章(木・金・土)
第5話
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「え? ピーちゃんなんて、随分かわいい名前付けたんだねー?」
ユミが茶化す口調なので、「ああ。あのインコは白い毛色が綺麗で、お嬢様だと思ったからな。可愛いらしい名前にしたんだ」と和也は語気を強めた。
「あの子はね、サキチっていうの。お嬢様じゃなくて男の子。あはははは。今頃は家に戻っているはずよ」
ユミはころころと笑っている。和也は助けた白いインコをメスだ、と早合点していたのに気づいた。智美がこの部屋から出ていって以来の独身生活に飽きて、自然と女性を求めていたのだろうか。目の前で無邪気に笑う美少女が普通の女性なら、恋に落ちたかもな。一瞬そんな考えが和也の頭をよぎるが、想いを打ち消すように話題を変えた。
「なにやら古風な名前だな。どうして『さきち』っていうんだい?」
「さて問題です。私が尊敬している人の名前が由来です。だーれだ?」
ええと、さきち、さきち……。と唱えたところで、あっと和也は閃いた。
「自動車メーカーの創業者の?」
「ぶぶーっ!」
悪戯に成功したかの表情をユミはしている。他の『さきち』という名前の人物を、和也は即座に連想できなかった。若干の悔しさを覚え、真剣に考えようと思う。和也は気分転換に一息入れたくなったが、ユミの超常現象のせいで、飲み物の用意を中断したのを思い出した。
「俺はコーヒーを飲むけど、ユミちゃんはどうする?」
「私は要らないよ」
和也はコーヒーを淹れるため「そうか。ちょっと待ってて」と、キッチンへ移動した。
コーヒーメーカーに豆と水をセットし、スイッチを押して抽出準備が完了したところで、和也の首筋に突然何かが触れて、冷水を浴びせられたような寒気が走った。
「ひゃあッ!」
思わず悲鳴をあげる和也。驚いて振り返れば、「ごめーん。どんなキッチンか見たかったんだけど、つい……」ユミがペコリと頭を下げた。
「つい、ってなんだよ?」呆れて和也が尋ねると、「私の部屋より、広いキッチンだからいいなーっ、て思ったの。だから、つい驚かせちゃおうかなって首にぴたっとね」
ユミは平然と、いたずらっ子のような目つきで笑っている。ユミの屈託ない表情に、和也は怒る気も失せた。
「いいな、と思ったから驚かす、って変だぞ?」
「人間じゃなくて怨霊なので、変なのでーす。えっへっへっ」
ユミはふざけた笑いを残し、くるっとセミロングの髪をなびかせた。
そしてソファへ戻っていくのだが、歩きではなく、なんと一〇センチほど宙に浮かんでの水平移動だ。
「おわっ!? ちょ、ユミちゃん! 普通に歩いて!」
「えーっ!? 飛んだほうが楽なのよー?」
「はははは……」
怪現象の続出に、和也には乾いた笑いしかなかった。
「で、なんで『さきち』なんだ?」コーヒーを飲んでも、他の『さきち』が浮かばないため、和也が尋ねる。
「あー、インコの名前ね。石田三成だよ。補佐の『佐』に吉日の『吉』で佐吉ね」
石田三成といえば、天下分け目の関ヶ原で、徳川家康と戦って破れた武将だ。佐吉という別名は知らなかったな。先ほど見せた鋭い洞察力といい、ユミはかなりの博識ぶりを見せつけている。二十歳前に見える風貌から大学生だろう、と和也は見当を付けた。
「ユミちゃんは大学生?」
「うん。数ヶ月通った覚えはあるよ」
なるほど。ユミが数ヶ月間大学に通ったなら、スムーズに進学していれば一八歳か一九歳。見た目の印象にぴったりだ。とはいえ、数ヶ月とはどういうことか。和也は疑問に思う。
「数ヶ月通ったというと、どういう意味?」
「私ね、いろいろと思い出せないことが多いんだ」
ユミは視線を下に落とす。
「なるほど……。大学に通った記憶があるんだな。なら一番新しいのは、どういう記憶なんだろう?」
ユミは二、三度首をかしげた後に、強く頭を振った。
「うーん……。暑い頃まで大学に通った覚えはあるけど……それ以上は思い出せない。気づいたらこんな変な状態なの」
ユミは薄手の白いワンピースを着ている。どう見ても夏の装いだ。暑い時期に彼女は亡くなったのかもしれない。自分の死を、受け入れられてないのだろうか。死の記憶が解決すれば、ユミは成仏できるのかもな、と和也は思う。
「なるほど……。誰かに深い怨みがあるとか、強い気持ちがあるのかもしれないな」
「特に誰かに怨みがあるわけじゃないよ。ただね、すごーく何かをやり残している気がする」
一八歳か一九歳で亡くなったのだから、ユミにはやりたかったこと、やり残したことは、とても多いはず。二十代の和也が自分の身に当てはめてみても、今ここで人生が終わるとしたら、やりたいことや、やり残したことは、当然多くて、未練が残るだろう。
――ユミを縛り付けているのは、この世への未練なのかもしれない。
和也の胸がきゅっと締め付けられる。なんとかしてやりたい――その一心で尋ねる。
「ねえ……ユミちゃん? 今なにかしたいことある?」
ユミの答えは、和也の予想外だった。
ユミが茶化す口調なので、「ああ。あのインコは白い毛色が綺麗で、お嬢様だと思ったからな。可愛いらしい名前にしたんだ」と和也は語気を強めた。
「あの子はね、サキチっていうの。お嬢様じゃなくて男の子。あはははは。今頃は家に戻っているはずよ」
ユミはころころと笑っている。和也は助けた白いインコをメスだ、と早合点していたのに気づいた。智美がこの部屋から出ていって以来の独身生活に飽きて、自然と女性を求めていたのだろうか。目の前で無邪気に笑う美少女が普通の女性なら、恋に落ちたかもな。一瞬そんな考えが和也の頭をよぎるが、想いを打ち消すように話題を変えた。
「なにやら古風な名前だな。どうして『さきち』っていうんだい?」
「さて問題です。私が尊敬している人の名前が由来です。だーれだ?」
ええと、さきち、さきち……。と唱えたところで、あっと和也は閃いた。
「自動車メーカーの創業者の?」
「ぶぶーっ!」
悪戯に成功したかの表情をユミはしている。他の『さきち』という名前の人物を、和也は即座に連想できなかった。若干の悔しさを覚え、真剣に考えようと思う。和也は気分転換に一息入れたくなったが、ユミの超常現象のせいで、飲み物の用意を中断したのを思い出した。
「俺はコーヒーを飲むけど、ユミちゃんはどうする?」
「私は要らないよ」
和也はコーヒーを淹れるため「そうか。ちょっと待ってて」と、キッチンへ移動した。
コーヒーメーカーに豆と水をセットし、スイッチを押して抽出準備が完了したところで、和也の首筋に突然何かが触れて、冷水を浴びせられたような寒気が走った。
「ひゃあッ!」
思わず悲鳴をあげる和也。驚いて振り返れば、「ごめーん。どんなキッチンか見たかったんだけど、つい……」ユミがペコリと頭を下げた。
「つい、ってなんだよ?」呆れて和也が尋ねると、「私の部屋より、広いキッチンだからいいなーっ、て思ったの。だから、つい驚かせちゃおうかなって首にぴたっとね」
ユミは平然と、いたずらっ子のような目つきで笑っている。ユミの屈託ない表情に、和也は怒る気も失せた。
「いいな、と思ったから驚かす、って変だぞ?」
「人間じゃなくて怨霊なので、変なのでーす。えっへっへっ」
ユミはふざけた笑いを残し、くるっとセミロングの髪をなびかせた。
そしてソファへ戻っていくのだが、歩きではなく、なんと一〇センチほど宙に浮かんでの水平移動だ。
「おわっ!? ちょ、ユミちゃん! 普通に歩いて!」
「えーっ!? 飛んだほうが楽なのよー?」
「はははは……」
怪現象の続出に、和也には乾いた笑いしかなかった。
「で、なんで『さきち』なんだ?」コーヒーを飲んでも、他の『さきち』が浮かばないため、和也が尋ねる。
「あー、インコの名前ね。石田三成だよ。補佐の『佐』に吉日の『吉』で佐吉ね」
石田三成といえば、天下分け目の関ヶ原で、徳川家康と戦って破れた武将だ。佐吉という別名は知らなかったな。先ほど見せた鋭い洞察力といい、ユミはかなりの博識ぶりを見せつけている。二十歳前に見える風貌から大学生だろう、と和也は見当を付けた。
「ユミちゃんは大学生?」
「うん。数ヶ月通った覚えはあるよ」
なるほど。ユミが数ヶ月間大学に通ったなら、スムーズに進学していれば一八歳か一九歳。見た目の印象にぴったりだ。とはいえ、数ヶ月とはどういうことか。和也は疑問に思う。
「数ヶ月通ったというと、どういう意味?」
「私ね、いろいろと思い出せないことが多いんだ」
ユミは視線を下に落とす。
「なるほど……。大学に通った記憶があるんだな。なら一番新しいのは、どういう記憶なんだろう?」
ユミは二、三度首をかしげた後に、強く頭を振った。
「うーん……。暑い頃まで大学に通った覚えはあるけど……それ以上は思い出せない。気づいたらこんな変な状態なの」
ユミは薄手の白いワンピースを着ている。どう見ても夏の装いだ。暑い時期に彼女は亡くなったのかもしれない。自分の死を、受け入れられてないのだろうか。死の記憶が解決すれば、ユミは成仏できるのかもな、と和也は思う。
「なるほど……。誰かに深い怨みがあるとか、強い気持ちがあるのかもしれないな」
「特に誰かに怨みがあるわけじゃないよ。ただね、すごーく何かをやり残している気がする」
一八歳か一九歳で亡くなったのだから、ユミにはやりたかったこと、やり残したことは、とても多いはず。二十代の和也が自分の身に当てはめてみても、今ここで人生が終わるとしたら、やりたいことや、やり残したことは、当然多くて、未練が残るだろう。
――ユミを縛り付けているのは、この世への未練なのかもしれない。
和也の胸がきゅっと締め付けられる。なんとかしてやりたい――その一心で尋ねる。
「ねえ……ユミちゃん? 今なにかしたいことある?」
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