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第10話:辺境の独眼竜

#11

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 ドゥ・ザンが攻撃的な笑みを浮かべる一方、ナグヤ家艦隊旗艦『ゴウライ』では、その状況の変化をオペレーターが深刻な声で報告していた。

「右翼八番艦『クァルコル』より入電。“長距離センサーに感あり! 敵らしきもの、我よりの探知方位106プラス63。艦数11!」

「なにっ!?」

 ヒディラス以下、ナグヤ艦隊首脳が目を見張る。敵らしきものとは、こちらの右斜め後ろ上方に出現したそれが、IFF(敵味方識別装置)が味方の信号を発していないという事だ。戦術状況ホログラム上にその反応が新たに表示されるに伴って、さらにオペレーターが詳細を報告する。

「敵艦隊、距離約7万2千。戦艦級4、巡航艦級2、駆逐艦級4、さらに後方に打撃母艦1を伴うと思われる」

「新たな敵の旗艦判明。戦艦『バグルシェーダ』!」

 その艦名を聞いて、ヒディラスの参謀達がざわめく。数日前までドゥ・ザンの本隊に先行し、オ・ワーリ宙域の各所を荒らしていたサイドゥ家の懐刀、ドルグ=ホルタの乗艦だ。ドルグ=ホルタはヒディラスの弟、ヴァルツ=ウォーダの艦隊との戦闘で撤退したのだが、補給と損害の応急修理を終え、絶妙のタイミングで主君の増援に現れたのだった。

「増援と言っても、たかが十一隻。接近するというなら引き付けておいて、右翼部隊に砲火を集中させればよい」

 参謀の一人が叩きつけるように言い放つ。だが事はそう簡単ではないようだ。単縦陣を組んだホルタ艦隊は左方向に回頭を始める。

「うぬ!…」

 そのホルタ艦隊の動きを睨んでいたヒディラスは、奥歯を噛み締めた。ホルタ艦隊が向かったのは、開戦劈頭にミノネリラ軍の集中砲火を浴びて大混乱に陥り、後方で戦力を立て直しつつあるキオ・スー艦隊だったのだ。

 キオ・スー艦隊は数こそ二百隻以上だが、散り散りになった艦を再び隊列に組み直すため、三十隻ほどの艦艇がミノネリラ軍との間に、防御陣を築いているだけである。ホルタ艦隊は防御力の高い四隻の戦艦を前方にして激しく砲火を浴びせ、キオ・スー家の防御陣に突撃を掛けた。
 約三十対十ならば一応の勝負にはなる。単縦陣で突撃したホルタ艦隊は、各艦が僅かに位置をずらして角度の浅い傾斜陣に移行、一斉射撃を浴びせた。戦艦が展開するアクティブシールドに命中したそれらは、激しい稲妻を発して宇宙の暗闇を照らす。

 ただそこからがドルグ=ホルタがドゥ・ザンの懐刀である由縁であった。ホルタ艦隊はキオ・スー防御陣に真正面から襲い掛からず、途中で斜めに掠めるようなコースを取る。そしてその動きに釣られて防御陣が剥がれた所を、後方の打撃母艦から発進したBSI部隊が急襲したのだ。

 24機のBSIユニット『ライカ』の狙いは防御陣の向こう側で、再編を急ぐキオ・スー本隊であった。ひとかたまりとなって防御陣の虚を突いたBSIは素早く編隊をブレイクし、キオ・スー家の宇宙艦の間を高速で飛行する。そして手当たり次第に超電磁ライフルを撃ちまくった。移動中の駆逐艦が命中弾にガクリと速度を落として横に流れ始め、打撃母艦の平らな甲板に穴が開いて、戦艦のメインセンサー群が砕け飛ぶ。思い出したように各艦が防御砲火を放ちだすが、乗員の焦る気持ちそのままに当たらない。
 
 無論、二百隻を超えるキオ・スー艦隊を、その程度の戦力で壊滅させる事は不可能である。しかしホルタ艦隊の意図は、キオ・スー艦隊を再び混乱させる事であり、それについては完全に成功を果たした。

 そしてこの機会を見逃すような“マムシのドゥ・ザン”ではない。ホルタがナグヤの艦隊と、キオ・スーの艦隊の間に亀裂を入れたのを見るや否や、自軍左翼を固める麾下の第5艦隊司令、コーティ=フーマに通信回線を開いて直接命令を下す。

「コーティ。左翼部隊を前進させ、ナグヤとキオ・スーの間に楔を打ち込め!」



「撤退命令だと!?」

 ヒディラスはウォーダ軍総旗艦『レイギョウ』からの、命令を届けた通信士官をギロリと睨んだ。敵の第5艦隊が前進を始めて程なく、オ・ワーリ軍の総司令官を務めるキオ・スー家のディトモス・キオ=ウォーダは、全軍に第一防衛線を放棄し、このムルク星系からの撤退を指示したのである。自分の艦隊の再編が完成しないまま敵第5艦隊に圧迫され、戦線を支えきれなくなったのだ。さらに、主君に睨みつけられた通信士官は震え上がりながらも、命令には続きがある事を告げる。

「なお、ナグヤ艦隊は殿(しんがり)を務められたし。との事です」

 それを聞いて参謀達が口々に不満を爆発させた。

「なに! 本気か!!」

「ふざけるな!」

「早々に突出して不利な展開を招いたのは、キオ・スーではないか!!」

「厚顔無恥も甚だしい!」

 しかしそんな声を制するように、ヒディラスは「よい!」とズシリと重く言い放った。

「総旗艦に“相分かった”と返信せよ。我等はこれより味方の撤退を援護する!」

「殿!」

「ヒディラス様!!」

 主君の思わぬ言葉に参謀達が驚く。それに対しヒディラスは顔色も変えず伝えた。

「ここで詰まらぬ口論をしている暇はない。誰かがやらねば、ウォーダ軍全体にさらに被害が増えるだけだ。そしてそれは戦線を唯一維持している、我等に与えられた栄誉と言うものだ」

 さすがに今のナグヤ家の隆盛をもたらした、ヒディラス・ダン=ウォーダである。その言葉の重みは、参謀達の不満を抑えるに十分な響きがあった。参謀達は誰からともなく頭を垂れて、御意に従う意思を見せる。そこで一人の参謀が意見を述べた。

「第二惑星には住民がおります。これをいかが致しましょう?」

 この星系にはムルクという固有名詞がある。それはつまり住民が暮らす植民星系だという事を示していた。そうであるからこそ、ウォーダ家はこの星系を防衛線の基点の一つに定めていたのだ。それを放棄するのというは、住民を見捨てるのと同義語である。しかしその話については、ヒディラスは楽観的であった。

「ドゥ・ザン殿は民間の出だからな。敵国の者とは言え、民衆を無下にはしまい」

 そう言うと、別の指示を出す。

「カルツェに連絡を取り、あ奴には撤退するように告げよ。万が一のためだ」



 ナグヤ艦隊が砲撃を続けながら、艦隊の陣形を段構えに変更しようとしているのを確認して、ドゥ・ザン=サイドゥは敵が撤退しつつある事を察知した。それは配下の第5艦隊司令コーティ=フーマも洞察しており、指示を求めて来る。

「追撃態勢をとりますか?」

 四十代後半の真面目そうな顔立ちのフーマが、スクリーンの中で尋ねた。だがドゥ・ザンはおもむろに首を振って告げる。

「いや、わしが指示を出すまで、砲撃とBSI部隊で正面のナグヤ艦隊を叩き、戦力を削るだけに留めておけ。あの男…窮鼠にするは危険ぞ」

 次でウォーダ家の息の根をとめてくれよう…ミノネリラ宙域星大名、ドゥ・ザン=サイドゥは二つ、三つと爆発の閃光を発して消耗していく、ヒディラス・ダン=ウォーダのナグヤ艦隊を見詰めながらほくそ笑んだ。

 こうしてウォーダ家の対サイドゥ家迎撃戦の決戦第一ラウンドは、不本意な結果に終わったのである………


▶#12につづく
 
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