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第6話:暗躍の星海

#10

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「ドゥ・ザンの娘だと!?」

 それを聞いて、さしものノヴァルナも少なからず驚いた。ドゥ・ザンに娘がいる事は噂に聞いていたが、それは“マムシのドゥ・ザン”の異名を持つ父親とは似ても似つかぬ、奥ゆかしい令嬢だという話だったからだ。それがいきなり将官専用機のBSHOに乗って、戦場のど真ん中に飛び出して来るとは予想もつかない。

 無論、相手にすればノヴァルナの想像など知った話ではなく、左手でポジトロン・パイクを小脇に抱え、右手の超電磁ライフルを『センクウNX』に向けて、居丈高に言い放つ。

「あなた。ウォーダのノヴァルナね? 我がサイドゥ家の支配するミノネリラ宙域を侵犯した上に、我等に攻撃を仕掛けるとは不届き千万! 命が惜しくば降伏しなさい!」



「あ? なんだと…」

 一拍おいて遠雷のような口調で言ったノヴァルナの声に、親衛隊機と戦闘中のマーディンとランは同時に“これはまずい…”と感じた。間を置いて身構えた感じで話しだすのは、ノヴァルナが本気で怒りだす予兆だからだ。筋違いの事を頭ごなしに言われるのは、ノヴァルナが一番激怒し易いパターンである。
 ところが思わぬ事はそれだけではなかった。ノア姫を名乗るサイドゥ家のBSHOが、有無を言わさない勢いで、ノヴァルナの『センクウNX』に再びライフルを放ったのだ。

「この!!」

 相手のBSHOの引き金を引く、指の動きを注視していたノヴァルナは、咄嗟に操縦桿を倒して機体を沈め、銃撃をかわす。そしてそれに連続するように見える素早さで、自機のライフルを構えて放った。だが敵はその時すでに間合いを詰めて来ており、銃弾は虚空を貫くだけだ。そして敵は近距離から左腕のポジトロン・パイクを突き上げて斬撃を放つ。
 咄嗟のスクロールで回避した『センクウNX』は、左脚で蹴りを繰り出すが、敵機は重力子放出でバランスを取って、ひらりと後方に“バック転”して逃れた。宇宙空間では見た事もない挙動だ。両機は少しの距離を置いて対峙する。

“ヤベぇ…こいつ、マジ強いぞ”

 ノヴァルナはヘルメットの中で舌を出し、上唇をペロリと舐めた。油断ならない敵の強さがかえって怒りを鎮め、冷静さを呼び戻す。強さの系統は違うが、以前戦ったモルンゴールの傭兵隊長か、それ以上だ。

“どうやら、恰好つけに戦場に出て来たワケじゃなさそうだぜ。こいつは”


 相手に隙を与えない動き。その前のこちらの回避行動を読んだ射撃も、親衛隊機との戦いを見て僅かな時間で操縦の癖を見切ったのだろう…恐ろしい才能だと言っていい。

「ちょい待った、ノア姫。俺はあんたと戦うつもりはねぇ」

「問答無用!」

 言うが早いか、ノア姫の機体はパイクを振り抜いて“胴斬り”を放って来た。ノヴァルナは重力子のリングをオレンジ色に輝かせ、『センクウNX』を後方へ滑らせて回避する。ノアは距離が開いた『センクウNX』に躊躇いなくライフルを撃った。

「戦うつもりが無いなら、降伏しなさい!」

「くッ!」

 咄嗟に突き出したパイクの刃で、ライフル弾を防ぐノヴァルナだが、命中の衝撃でバランスが崩れる。そこへすかさず、ノアのBSHOが斬り掛かって来た。

「降伏しろと言っている!」

「はん! やなこった!!」

 ノヴァルナは放言して、機体のバランスが崩れるに任せたままノア機にライフルを放つ。

「そんな苦し紛れのごまかし弾!!」

 ノア機は身を翻して弾をかわしながら、間合いを詰め、切っ先鋭くパイクを薙ぎ払った。パイクはノヴァルナ機の超電磁ライフルの銃身を真っ二つに切り裂く。ところがノヴァルナは短銃身となったライフルを拳銃のように扱い、互いに接近したノアのBSHOのこめかみに銃口をつきつけた。苦し紛れに見せかけて、ノア機を油断させるノヴァルナの罠だったのだ。

「!!!!!!」

 意表を突かれたノア機は慌てて回避行動を取る。だがそれは今までと違い、動揺を伴って単調な動きとなった。ノヴァルナは敵が見せた初めての隙を逃さない。ライフルを手放し、腰部に装備した量子ブレード(クァンタム――Qブレード)の柄を握って起動させる。

「くぅ!」

 ノア機は小さく呻いてポジトロン・パイクを振るった。しかし懐に飛び込んだノヴァルナに、長さのあるパイクでは取り回しが悪い。ノヴァルナは左手のパイクの柄で、ノア機の振るったパイクの柄を押し防ぎ、右腕のQブレードを素早く逆手に持ち替えて、ノア機の首筋を掻き切ろうとした。首筋に束ねた頭部の各センサー系伝達ケーブルを切断すれば、ほぼ勝負は見える。
 だがそこでノア機は思わぬ行動に出た。ノヴァルナの『センクウNX』の頭部に、勢いよく頭突きを喰らわせたのである。

 二機のBSHOがセンサーの集中する頭部をぶつけ合う様子は、マーディンとランもコクピット内に浮かばせた、拡大映像のホログラムで視認していた。BSIユニットの操縦においては一目も二目も置く、自分達の仕える若君が一対一の戦いで初めて見せる苦戦の状況に、二人の『ホロウシュ』は焦りの表情が隠せない。
 だが自分達も敵の親衛隊機と戦っている今、ノヴァルナの援護には向かえなかった。自分達が足止めされているのと同様に、こちらも敵を足止めしておかなければならないからだ。

 そして敵の親衛隊機は驚くほどの手練れであった。マーディンが押され気味なのも珍しいが、ランが高機動格闘戦で五分に持ち込まれているのは脅威的も甚だしい。身体能力の高いフォクシア星人のランの機体は、高機動格闘戦に特化した仕様なのである。

 ランと敵の親衛隊機は、細い竜巻状の黄色い星間ガスが林立する中を縫うように飛び交い、互いに間合いを詰めてはポジトロン・パイクを打ち合っていた。二撃、三撃と両者のパイクの刃が火花を散らすと、再び二機は離脱して距離を取る。だが距離を開いてもライフルは使えない。眼下の雲海から立ち上る星間ガスの竜巻が、強力な放射線を発して、射撃用照準装置の精度を落としているからである。

“本当なら、『好敵手なり』と武人としては喜ぶべき相手だけど―――”

 ランは操縦桿とフットペダルを素早く操作しながら、唇を噛んで思考を巡らせた。

“―――これでは、ノヴァルナ様を守れない!”

 機体の右側に重力子の光のリングを二つ、三つ、四つと重ねて描き、ランは敵機に向けて急旋回をかける。だが―――今度の一撃も決定打とはならないだろう。分かっていながら打つ手がない状況に、操縦桿を握る指が力を増して手袋をギュッと鳴らす。



 一方のマーディンは機体を錐揉み状態にしながら、複雑なコースを描いて飛行し、敵の親衛隊機からの連射をどうにか回避していた。その“どうにか”も紙一重といったところで、マーディンのヘルメットの中では額に玉の汗が浮かんでいる。

“そろそろ奴の弾は尽きるはず。仕掛ける頃合いか…”

 自分を狙っていたサイドゥ家の御用船は遥か後方にあり、マーディンは砲撃の射程圏外に出ていた。機動性は敵の親衛隊機の優位を認めるところで、そこに御用船からの援護射撃まで受けては、不利になるばかりだからだ。

 マーディンの読み通り、親衛隊機はライフルを投棄すると右手にポジトロン・パイク、左手にQブレードを構え、急加速の突撃を掛けて来た。狙撃の好機だとマーディンは判断し、ライフルを構える。回避を優先していたのも弾を残しておくためだった。



“射撃モードは連射。精確過ぎる照準は、逆に見切るだけの技量を持つ相手である事は、すでに承知している。だから弾道が僅かに散開するように―――”



 放射線の影響か、ロックオンの表示が出ない。だがむしろ弾道散開の助けとなる。そして狙撃による撃破は目的ではない。目的は相手の突撃の足を止めてこちらから格闘戦を仕掛け、優位を確保する事だ。射撃と同時にポジトロン・パイクを起動して逆撃に移る………
 マーディンはそれらの考えをひとまとめにして、操縦桿にある射撃トリガーを押した。いや、押そうとした。ところが突撃を仕掛けて来た敵機は不意に速度を緩め、バックパックから何かを射出する。次の瞬間、マーディンと敵機の間で強烈な光芒が輝いた。敵が射出したのは照明弾であったのだ。

「うあっ!!」

 反射的に目を逸らしたマーディンに向け、敵の親衛隊仕様『ライカ』は再加速し、一気に間合いを詰めて来た。思わぬ劣勢に立たされたマーディンは、『シデンSC』を咄嗟のエンジン全開で離脱させる。さらに追いすがる親衛隊仕様『ライカ』。
 マーディンとラン。そしてサイドゥ家の二機の親衛隊仕様機も、決着がつかぬまま、自分達が守るべき主君から次第に遠ざかって行った………







ガガガンッ!!!!!!―――

 時間は少し巻き戻り、ノヴァルナとノア姫の二機のBSHOが頭部を打ち合わせた瞬間、『センクウNX』のコクピットを強烈な衝撃が襲った。

「なにッ!? てめえっ!!!!」

 舌を噛みそうになりながらノヴァルナは操縦桿を握り締め、機体の位置を確保しようとする。全周囲モニターが一瞬ブラックアウトし、すぐに映像が復活するがひどく画質が低下している。しかも戦術状況ホログラムは、情報の断片がグシャグシャに固まったような状況で、何が何やら分からない。今の頭突きでメインカメラや各種センサーの集中する頭部が、相当に破損したのは間違いない。サブのセンサー類は、この放射線の強い環境下では正常に作動しないのだ。
 そこにさらに大きな衝撃が押し寄せた。ノア姫のBSHOが、ノヴァルナ機の胸板を蹴り飛ばしたのである。

“マズい!”

 この位置から距離が開くとポジトロン・パイクの間合いになる。ひどく劣化したサブモニター映像で確認するより早く、両機の位置関係からノヴァルナは瞬時の判断で、機体を下方に潜り込ませた。ところがノア姫の機体は全く見当はずれのところにパイクを振り下ろす。

“ヤツもまともに見えてねえのか”

 ノア姫を名乗るBSHOはノヴァルナに、頭部首筋のセンサー類の伝達ケーブルを切断されるところであった。どうせカメラやセンサーが使えなくなるのであれば相手も同じ条件に、と瞬時に判断して頭突きによって双方の頭部を破壊したのであろう。

「チッ! いい度胸してやがる!」

 ノヴァルナは機体を旋回させながら、ポジトロン・パイクを突き出した。予備の格闘戦用照準機が放射線で作動していないため、映りの悪い画像を頼りにした適当な狙いだ。するとノア機は反射的に回避行動を取る。向こうの近接警戒センサーは生きてるようだ。
 ノヴァルナは照準がつかないままで、突進してはポジトロン・パイクを振り抜き、同時にコクピット内でNNLのホログラムキーボードを起動して、片手で素早くキーを打ちながら通信で呼び掛ける。

「オーケィー、ミノネリラの姫様。あんたが強ぇえのはよくわかった。しかしそろそろ、マジで手打ちにしようじゃねーか」

「そう思うなら、降伏しなさい!」

 回避行動を続けながら言い返すノア機の脇を、ノヴァルナ機のパイクの先端が掠めた。

「はあ? まぁだそんな事言ってんなら、マジで叩き斬っちゃうぜぇ」

 余裕を見せて言い放つノヴァルナだが、実際にはまともな照準も出来ない。劣化画像の目視のみを頼りにしての斬撃―――つまりハッタリである。そしてそのハッタリは、ノア姫もすぐに見抜いたようであった。

「へらず口を! あなたの攻撃があてずっぽうなのは、わかってるわ!」

 ノア機は自らのパイクの先でノヴァルナのパイクを弾き、足場として発生させた重力子フィールドを踏み込んだ。魔法陣のようなオレンジの光のリングでバランスを取り、突きを繰り出す。

“すげえや。まともに見えねえのに、パイクの先をぶつけただけで間合いを計りやがった!”

 ノヴァルナはQソードでノアのパイクを打ち払いながら、目を見張った。加速をかけてパイクの間合いから離脱する。ただこれでまた、互いに半ば手探りなる―――はずだったのだが…



▶#11につづく
 
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