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第5.5話:波紋

#02

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■オウ・ルミル宙域国、ノーザ恒星群星大名アーザイル家本拠地、
 ナッグ・ハンマ星系第三惑星グバング、オルダニカ城。

 天を衝くほど高い天守を誇るオルダニカ城は、朝の光をうけて薄紫に輝いていた。新興の星大名の居城らしい、まだ新しさを感じさせる外壁だ。
 さらにその広大な城の一角からは、直径が百メートルはある半透明のチューブが、空の彼方まで真っ直ぐ伸びていた。いわゆる『軌道エレベーター』であり、衛星軌道にまで届くその先は宇宙城『キールゴーク=クールマ』と接続されている。

 大きな窓に蒼空を描き出す書斎で、ナギ・マーサス=アーザイルはNNLに届いた一通のメールをホログラム化して眼前に開いた。『流星揚羽蝶』の家紋が入ったピンク色の封筒ホログラムが開封され、メッセージボードが軽やかに一回転して飛び出す。送り主の欄にはオ・ワーリ宙域国ナグヤ=ウォーダ家の次女である、フェアン・イチ=ウォーダの名が見えた。


 どうと言う事はない、身の回りに起きた事を知らせる内容…しかも言い回しこそ軽妙だが、中身は限りなく平凡なメール…それでもナギは優しげな目を細めてそれを読んだ。


 そして返信にどんな事を記そうと考えを巡らせ始めたその時、書斎のドアに控え目なノックが響いて、ナギの思考を現実に引き戻す。メールの画面を閉じて一つ息をつき、ナギは応えた。

「どうぞ」

 物腰の柔らかい主人であるナギの許可を得て入室して来たのは、惑星『サフロー』でナギと行動していた初老の男と赤毛の男である。初老の男は名をシューゼン=エイン・ドゥ。赤毛の男はその息子のトゥケーズ=エイン・ドゥで、二人ともナギが絶大な信頼を寄せる腹心だ。

「殿下」軽く頭を下げるシューゼンとトゥケーズ。

「朝から二人揃ってとは…またものものしいね」

 少しからかう口調で言うナギに、トゥケーズは苦笑いで応じた。

「ハッハッハッ。本当は暑苦しいと仰りたいのでしょう」

「まあね」

 ナギは悪びれる様子もなく言い放つ。

「ハッハッハッ!」

 トゥケーズがひと笑いを終えると、ナギは微笑みを収めて真顔になった。

「…じゃ、聞こうか」

 二人の家臣の来た目的に見当がついているらしいナギは、書斎の机をぐるりと回って音も立てずに席に着いた。

 シューゼンは僅かに背を丸めて進み出、軽く咳ばらいをして報告を始める。

「先日のナグヤのノヴァルナ殿から得た情報。裏付けが取れましてございます」

「うむ」

「アーワーガ宙域星大名ナーグ・ヨッグ=ミョルジ、ホルソミカ一族のジンツァーを次期皇国宰相とし、現宰相ハル・モートン=ホルソミカの辞職を要求する気配あり。これを拒むハル・モートンと一部の貴族が戦力の増強を図るため、艦艇及び機動兵器用の『アクアダイト』を大量に欲している由。ロッガ家、キルバルター家はハル・モートン支持派にございますれば、水棲ラペジラル人に不正産出させた『アクアダイト』は、これが目的かと…」

「うん…という事は、取引場となっていたドーム都市の『ザナドア』を所有する皇国貴族も、現宰相派という事かな?」

 ナギの言葉に、トゥケーズが頷く。

「さようです。モクルス・キナ=ニリュズ卿…元はタンバール宙域の荘園惑星の執政官ですが、ハル・モートンの宰相就任時に、皇国会計監査局長官に取り立てられています」

「現宰相の子飼いというわけだね」

「はい。ただし先日のノヴァルナ殿の行動で、宰相派は戦略の見直しが必要となるはず。オーニン・ノーラ戦役の時のように、ロッガ家が直接介入する可能性もありますれば、我等にとって御家発展の好機となるやもしれません」

 硬い口調で述べるシューゼン。ナギは頷いてため息混じりに応じた。

「シューゼンの言う通りだけど…問題は父上がどう言うかだな」

「クェルマス様の仰せになる言葉でしたら、いつも通りでしょう―――」

 トゥケーズは肩をすくめてつまらなさそうに続ける。

「―――“アザン・グラン家とよく打ち合わせて、慎重に事を運べ”ですよ。きっと」

「不敬だぞ、トゥケーズ」とシューゼンが息子を窘めた。

 ナギの父で、アーザイル家の現当主であるクェルマス=アーザイルは、保守的に過ぎる人物として知れ渡っており、新興星大名のアーザイル家を支援してくれる隣国エテューゼンの星大名、アザン・グラン家との関係を何よりも重視していた。
 しかしその一方で、以前にロッガ家と戦って敗れ、属国化してからは、ロッガ家の干渉に唯々諾々と従ってしまい、家臣―――特に中堅・若手の間では、批判的な立場を取る者が増えているのだ。

 彼等はナギの武将の才能を高く評価しており、すでに家中でも派閥を形成しつつあった。中でもこのトゥケーズ=エイン・ドゥは急先鋒で、若いながらも将来のナギ政権を担う第一人者と目されている。
 そしてナギをはじめとするアーザイル家の若き志士達が、共に望んでいる事こそ“今の閉塞感を打破したい”というものであった。祖父の代に星大名となったばかりの、新進気鋭と言っていいアーザイル家が現状に納得し、硬直してしまうのはまだ早い。

 ナギは書斎の窓からオルダニカの空を眺めた。夜ともなれば、大暗黒星雲の『ビティ・ワン=コー』が中天に流れる黒い大河となって星々の光を隠す、オウ・ルミル宙域ならではの印象的な空だ。



「ノヴァルナ・ダン=ウォーダ殿か…」

 ナギは先日MD-36521星系で邂逅した、ナグヤ=ウォーダ家の若君を思い浮かべた。以前から噂に聞いたイメージでは、わがままで乱暴者の気難し屋だったが、実際に顔を合わせてみると、そんなイメージは全くの虚構である事がひと目で分かった。
 先方の大切な妹達を送り届けたという事もあるだろうが、恒星間クルーザーでナグヤの宇宙戦艦『ヒテン』とランデブーした際は、ノヴァルナ自身がドッキングベイまで出迎えに来ており、初対面のナギに屈託のない笑顔を見せると、いとも簡単に深く頭を下げて、妹達を救った礼を口にしたのである。

「おもしろい人だったな………」



あの人なら、アーザイル家に新しい風を運んでくれるかも知れない―――



 そんな目をする純粋な主君に、トゥケーズは小さなため息をつく。今回の一件を通して、自分の見立てでも確かにノヴァルナ・ダン=ウォーダという若者は、うつけどころか不世出の奇才の器を秘めていると知った。まさに自分達の若君と通じる器だ。

ただ………

 同時にノヴァルナからはナギにはない“闇”をも感じる…それがトゥケーズを不安にさせるのだった。あの歳でうつけを装い世間を欺き、今と、そしてこれから対立するであろう者達に隙を与える裏で、牙を研ぐ獣…そんな若者がノヴァルナの正体だと感じ取れる。

 だがしかし、その闇はむしろ将として大成するには必要な資質だ。それがわかるトゥケーズであるからこそ、忠節を誓ったナギのために思うのである。



“ナグヤのノヴァルナ………あるいは殺すべきか”と―――




▶#03につづく
 
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