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第5話:逆転! 海賊討伐(後編)
#15
しおりを挟むカダールはこの状況に勢いづき、通信を部下のBSI『シデン』に切り替えて命じる。
「俺達も海賊共の母船に向かうぞ。俺の手で沈めてくれる」
そう言ってカダールはハッチの乗るASGULにライフルの照準をつけた。素早く回避行動を取るハッチの代わりに射撃体勢に入るヤーグマーのASGUL。だがカダールはそれを無視し、突然別方向へライフルの向きを変える。
「なにッ!?」
カダールが狙ったのは、『ホロウシュ』達の操縦するASGULではなく、配下の『シデン』を取り囲んでいる、『クーギス党』の宇宙攻撃艇だったのだ。思わぬ方向から不意を突かれた、攻撃艇の一機が爆発して砕け散る。
「し、しまったッ!!!!」
モリンの悔恨の言葉も虚しく、『クーギス党』攻撃艇のフォーメーションが崩れたところを、『シデン』によってさらに一機が爆散した。カダールの嘲りの表情が大きくなる。
「よし、今だ。この小うるさい連中を突破する! 援護しろ!」
勝ち誇るように告げ、カダールは『セイランCV』をスクロールさせて最大加速に入った。その『セイランCV』を背後に、護衛の『シデン』が外側を周回しながら続く。
「逃げられっぞ!」とハッチ。
「止めるんだ!!」とヤーグマー。
一番近くにいたモリンが接近して機首のビームを放とうとするが、先に敵の『シデン』が回り込んでライフルを撃って来た。
「く、くそっ!」
一対一になると途端に歴然となる機体の性能差に、モリンは悪態をついて敵弾をかわすが、その僅かな時間ですでに敵の二機とは相当な距離が開いてしまう。
「マズい!!」
遠ざかって行くカダール達を見詰めて、苦々しく奥歯を噛み締めるヤーグマー。モリンは仲間を叱るように励ました。
「諦めんな! 追うぞ!!!!」
『クーギス党』の民間人…家族が乗る『ビッグ・マム』に急行するモルタナは、その目鼻立ちのはっきりした顔に、焦りの色を隠せないでいる。弱肉強食、群雄割拠のシグシーマ銀河とはいえ、戦いにはルールがあり、敵の指揮官が星大名の一族で名誉を重んずるなら、降伏が受け入れられるものと思っていたのだ。
「まだ敵の旗艦とは、連絡は取れないのかい!!??」
海賊船の艇長席で指が白くなるほど、強く拳を握りしめたモルタナが通信担当官にせっつく。しかしもはや当然のように通信担当官は首を横に振るだけだ。
“あたいらが甘かったって事かい…奴等も所詮は、母さんとリーチェルお姉ちゃんをなぶり殺しにした、キルバルター軍の連中と同じだったって事かい………”
沸き上がる怒りにモルタナの目が鋭くなる。いや、そのような事はモルタナ自身も気付いていたはずなのだ。ただ『リトル・ダディ』の中でラン・マリュウ=フォレスタに語ったように、自分達『クーギス党』の活動が限界に達し、仲間だけでも生かそうとして、自分達の都合のいいように物事を見誤っていたのである。
変な意味だがモルタナは、ノヴァルナ・ダン=ウォーダという若者に出逢い、外聞に反して、その内に秘めていた人間性に触れてしまった事で、信じてはいけないものを信じるようになったとも言える。そして改めて現実を突き付けられ、ようやくそんな甘い夢から目が覚めたのだ。
全てか無か…もはや最後までノヴァルナの作戦に賭けて『ビッグ・マム』を守り抜くしか、手は残っていない。席を蹴って立ち上がったモルタナは、むしろせいせいした様子で、右腕を大きく振って配下に命じる。
「いいだろう、あたいらの意地を見せてやるさ! ついて来れる船だけでいい。ありったけのスピードで、『ビッグ・マム』を追撃中の敵の横合いに仕掛けるよ!」
そう言っておいて、センサー担当官に問い質す。
「『リトル・ダディ』の方はどうなのさ?」
放棄した『リトル・ダディ』は遠隔操作の自爆装置が仕掛けられ、モルタナ達の後方で、あらかじめプログラムされたコースを緩やかに蛇行しながら進んでいる。
「敵の砲火を数発受けてますが健在です。間もなく敵が追いつきます」
「よし。予定通り自爆させな!」
「ですが、これで『ビッグ・マム』がやられたら、帰る場所がなくなりますぜ!?」
そう口を挟んで来たのは、モルタナが移乗した海賊船に元から乗っていた男だ。確かにナグヤの若君が立てたこの作戦は、まず『ビッグ・マム』が第五惑星圏を離脱し、第四惑星の裏側に隠れている事が前提となっており、それが破綻した今、『リトル・ダディ』を自爆させ『ビッグ・マム』まで失われてしまうと、戻る船がなくなってしまう。しかし甘さを捨て、鉄火肌ぶりを取り戻したモルタナは、どこか冗談めかしてきっぱりと言い放つ。
「はん! あたいらに帰るトコなんざ、ハナからありゃしないだろ!?」
モルタナの言う通りであった。家族の乗る『ビッグ・マム』が破壊されておいて、自分だけが生き延びてなんになる―――それが故郷を逐われた『クーギス党』の共通認識だ。海賊船の操縦室にノヴァルナが見せるのとは別種の、不敵な笑みが広がる。
その数秒後、自爆装置が作動した『リトル・ダディ』は、巨大な光の球に姿を変えた。
『リトル・ダディ』を追っていたのは、ロッガ家派遣艦隊の軽巡航艦1と駆逐艦2、そしてベシルス星系駐留艦隊の唯一の生き残りとなった、同じくロッガ家の駆逐艦1。
それらを率いていたロッガ軍の准将、コバック=ベルカンは、座乗する軽巡航艦の目前で突如発生した大爆発に、目を眩ませてのけ反った。
「むおっ!!??」
先行していた二隻の駆逐艦が慌てて回避行動に入る。宇宙空間を速度が落ちないまま、超高速で飛来する破片を喰らえば、駆逐艦クラスでは大きな損害を受けるからだ。ベルカンの乗る軽巡も、左舷へ舵をきり、破片を避けようとする。
「ば、爆発しおった! 吹っ飛んだぞ!」
追っている船が自爆するなど予想していなかったベルカンは、回頭する座乗艦の艦橋で、太った小役人を思わせる容姿の両腕を振り回した。
後方で混乱し、艦の向きまでがバラバラになった、『リトル・ダディ』を追っていた敵艦隊の様子を確認してモルタナは軽く頷く。これで後方の敵はすぐにはこちらへ向かえないはずだ。
時間を表すクロノメーターを見る。あと5分もない。宇宙魚雷を全て使ってしまった今、海賊船の主兵装は二基の連装ブラストキャノンだけ…駆逐艦相手でもままならない火力だが、いざとなったら体当たりしてでも、作戦の本命時間まで『ビッグ・マム』を守ってみせる!…そう思う一方で、モルタナは『リトル・ダディ』の中で、ノヴァルナが口にした冗談をふと思い出した。
“俺の博打に乗っかるんなら、負けたあとの事は考えなくていい!…か、ふふん。まったくその通りだね。負けたら、あたいらにゃ何にもなくなっちまう”
モルタナは、ひょっとしてノヴァルナがこうなる事を見越して、甘い考えを抱いた自分に釘を刺したのではないか…と思った。それが証拠に、操縦室のメインスクリーンに映る映像の中で、先に『ビッグ・マム』を追う敵艦隊に辿り着いたノヴァルナ達のASGULが、果敢に攻撃を始めたからである。
「後方より海賊のASGUL3機、急速接近!」
二隻の駆逐艦を先行させた、重巡『ジルミレル』のセンサーオペレーターが叫ぶ。ノヴァルナ達の機体だ。迎撃の小口径火器がビームを放つ。しかし三機のASGULは楔型の高速機動形態で一列縦隊のまま、『ジルミレル』には目もくれずに追い抜いて行くと、『クーギス党』の母船『ビッグ・マム』に一番近付いていた『ヴァルル』型駆逐艦を襲撃した。
「キノッサ、俺が援護する! 前へ出てあの駆逐艦の鼻先にビームを撃て! でもって、そのまま舳先を駆け抜けろ!」
「り! 了解ッス!」
意味は理解出来ないが、キノッサはノヴァルナに命じられるまま、ビームを放ちながら駆逐艦の直前を斜めに横切る。すると駆逐艦は驚いた鯨のように、ぐるりと回頭を始めた。その光景にニヤリとしたノヴァルナは、後続するランに告げる。
「思った通りだ。次は俺がやる。ラン! 援護しろ!」
「了解」
ランの声が少し不満そうなのは、ノヴァルナにわざわざ自分から危険な真似をしてほしくないからだ。ただそれを口にしたところでノヴァルナが聞き届けるはずもなく、行動では無鉄砲な主君に素直に付き従った。
ノヴァルナは駆逐艦の迎撃砲火をかいくぐりながら、キノッサが取ったコースよりも大胆に、舳先ギリギリを通過して行く。駆逐艦はさっきよりも慌てたようにさらに回頭し、追っていたはずの『ビッグ・マム』とは、全然別の方角を向いていた。
「な…なんなんスか? あれ」
キノッサが機体を旋回させながら、駆逐艦の見せた奇妙な動きを不思議そうに尋ねて来る。
「衝突回避システムだ」とノヴァルナ。
「衝突回避システム?」
「駆逐艦てやつは軍艦の中でも高速機動戦闘が持ち味だろ。それで戦闘中は衝突事故を避けるために、自動の回避システムを前方方向に強めに設定するのさ。その代わり、目前の探知範囲を横から急に飛び出されたら、システムが“びっくり”して勝手に回頭しちまうってわけだ」
敵の動きを見ながら告げたノヴァルナに、キノッサは感心した様子で応じる。
「へええ。流石はノヴァルナ様。駆逐艦の細かいとこまで知ってらっしゃる」
「おう。この前演習中の親父の艦隊に、『ホロウシュ』連れて無断で奇襲かけた時、初めて知ってな!…よし、次の駆逐艦にも仕掛けるぜ! ついて来い!」
▶#16につづく
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