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第5話:逆転! 海賊討伐(後編)

#13

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「よし、その調子だ。てめーら、間違っても先走んじゃねーぞ」

 ノヴァルナは見事な連携でカダールらを翻弄する『ホロウシュ』達に声を掛けた。こっちの思惑通りなら、今頃カダールは、自分達が消耗戦術に引き込まれているか、何かの罠に嵌められようとしていると判断しているはずである。それで積極的攻勢を控えてくれれば好都合だ。

“あとはカダールの奴が、どのタイミングで打開策を繰り出して来るかだ”

 そう思いながらアストロマップとクロノメーターを確認すると、この作戦の核心部分まで位置的には問題ないが、時間的にはまだ十五分以上必要だった。モルタナの乗る『リトル・ダディ』と連絡を取る。

「ねーさん、そっちはどうだ?」

「ああ。今のところ、どーにかなってるよ」

 応じるモルタナは言い回しは軽いが、口調としては真剣そのものだった。第一衛星の裏側から急速離脱する際に射出したのはダミーの機雷であり、それを警戒した敵の艦隊を引き離す事には成功している。しかし『リトル・ダディ』は打撃母艦の役目を持っているとは言え、所詮は足の遅いタンカーだ。機雷がダミーである事に気付かれれば、速度を上げた敵艦隊に程なく追いつかれてしまうに違いない。ノヴァルナはそのあたりの事情も見越して告げた。

「オッケーだ。ヤバくなったら…わかってるな?」

「わかってるよ、任せな。以上」

 ノヴァルナとの通信を終えて、『リトル・ダディ』のブリッジにいるモルタナは手元の赤いレバーに視線を落とす。それは『リトル・ダディ』の推進機関である、対消滅反応炉の非常用量子崩壊制御レバーだが、事前に細工が施してあり、遠隔操作出来る自爆装置の起動レバーとなっていた。敵艦隊が追いついて来る直前にモルタナは脱出し、敵が『リトル・ダディ』を取り囲んだその時に自爆させる段取りとなっている。
 無論、そのために現在の『リトル・ダディ』はモルタナを含む五名だけで航行しており、あとの人員はモルタナの父親、ヨッズダルガが指揮して別働している本拠地母船『ビッグ・マム』に移乗済みだった。

「お嬢、敵が速度を上げましたぜ」

 センサー画面を睨む『クーギス党』の配下が報告する。

「はん。言ってる尻から、ダミー機雷に気付いたようだね」

 モルタナは苦笑いに口元を歪めた。間に合わせのダミー機雷ならこんなもんだろ…と思う。

「少々早いが、脱出の準備だよ。遠隔操作の回線を再チェックしときな」

 敵はこの『リトル・ダディ』を、本拠地母船だと思っているはずである。『ビッグ・マム』は敵の前に姿を晒した事はない上に、元々、例のノヴァルナからナグヤへの偽の通信では、このMD-36521星系第五惑星の衛星軌道で、ノヴァルナが『クーギス党』の代表と会見する事になっていたからだ。そうであれば、ここに来ているのが『クーギス党』の移動本拠地だと考えるのが妥当だ。それが目の前で自爆したとなると、敵は大混乱を起こすに違いない。

“まったく…悪意たっぷり、嫌がらせたっぷりな作戦だねぇ。人が悪いったらありゃしない”

 モルタナはノヴァルナが立てた作戦に、胸の内でおかしな褒め方をした。敵が次々に遭遇するこちらの手は、全てがデタラメのインチキなのだ。そこに理由づけをしようとすればするほど、わけが分からなくなるだろう。
 『リトル・ダディ』を捨て駒に使う事になるが、『ビッグ・マム』同様、いつ動かなくなってもおかしくない廃船レベルの現状であれば、むしろはなむけと考えていい。

「後方の敵艦隊、距離4万8千!」

「このまま第五惑星を回り込むんだ。重力場のスイング・バイで少しでも速度と距離を稼ぐよ。進入角度の算出を急ぎな!」

 そう命じながら、モルタナはニヤリと笑った。クロノメーターでは目的の時間までおよそ15分足らずである。何よりありがたいのは、ここまではまだ味方に一人の死傷者も出していない。ノヴァルナが海賊船から宇宙魚雷を取り上げ、戦闘に参加させずにいるのも、海賊船の乗組員は本来民間人で、妻子持ちが多い事を知ったからだ。これについてはモルタナも心の中でノヴァルナに手を合わせていた。多少の修正は余儀なくされたが、作戦は概ね予定通りと言っていい。



 だが………どのような時にも、落とし穴というものは存在している。



「おっ! お嬢!!」

 センサーを担当している男が突然叫ぶ。そのただならぬ声でモルタナの顔に緊張が走ると、ブリッジ内の前面にセンサー画面が、大きくホログラム化されて浮かび上がった。

「こ…これを見て下さい!」とセンサー担当の男。

 その画面を見たモルタナは愕然として、呻くように言う。

「うそだろ…なんで、まだこんなとこにいるのさ………」

 モルタナの『リトル・ダディ』の動きが不意におかしくなったのは、かなりの距離が開いたノヴァルナのASGULでも、長距離センサーが捉えていた。それに『リトル・ダディ』を追っているはずの、海賊討伐艦隊も半数が針路を変えている。ノヴァルナはその様子に何か不測の事態が起きた事を悟った。即座に通信でモルタナを呼び出す。

「ねーさん、どうした!? 何か起きたのか!?」

 返信はすぐに来たが、その声には明らかな焦りが感じられた。

「た、探知圏内に…長距離センサーの探知圏内に、『ビッグ・マム』がいる!」

「んだとぉ!!??」

 これにはさすがのノヴァルナも驚きの声を上げざるを得ない。作戦では『クーギス党』の海賊や兵士の家族達を乗せている『ビッグ・マム』は、敵艦隊の転移予想時刻前には第五惑星圏を離れ、第四惑星の裏側へ向かっていなければならなかったのだ。

 宇宙タンカーの『リトル・ダディ』の長距離センサーが捉えたのなら、それより高性能の軍用センサーを搭載した討伐艦隊が発見しないわけがない。事実、敵の半数が針路を変えている。ノヴァルナ達の乗るASGULの長距離センサーでは探知圏外だが、敵の半数が向かう先に『ビッグ・マム』がいるのだろう。
 一気に表情を険しくしたノヴァルナは「チッ!」と舌打ちし、この若者には珍しく、ありのままの気持ちを口にした。

「こいつはマズい…」

 その気持ちはモルタナも一緒であった。ただこちらは同時に、烈火の如き怒りを含んでいる。通信機を『ビッグ・マム』向けに切り替えてコンソールを「バン!」と両手で叩き、マイクが壊れそうなほどの大声で、父親のヨッズダルガに怒鳴った。

「馬鹿親父ッ!!!! 何やってんだい、このスットコドッコイ!!!! 逃げてる話だろがッ!!!!」

 だが『ビッグ・マム』からは何の応答もない。

「親父! 聞こえてないのかい!!!!????」

 するとセンサー担当の男が表情を強張らせて、モルタナに告げた。

「お嬢! スキャナーの解析、来やした。『ビッグ・マム』からガス化した液体窒素と、大量の陽電子が漏出しているようです!」

 その報告を聞いたモルタナは、苦虫を噛み潰したような表情で前を向き、「しまった!」と呟く。冷却材の液体窒素と、対消滅反応の産物の陽電子が漏出しているのは、『ビッグ・マム』の推進機が故障を起こしたに違いない。


▶#14につづく
 
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