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第22話:大いなる忠義

#08

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 タンゲンが死の病に冒されているのであれば、昨年終盤のルヴィーロ・オスミ=ウォーダの洗脳による前当主ヒディラスの殺害、さらにナルミラ星系領主ヤーベングルツ家と連携したキオ・スー家の部隊の襲撃といった、優れた戦略眼を持つタンゲンが裏で糸を引いているはずにしては、些か投機的に過ぎるとも思える一連の行動にも、自らの死を前にして焦りを見せたという説明がつく。

“いや、あるいはヤーベングルツ家やキオ・スー家と戦った時にはもう、タンゲンのおっさんは死んでたのかも知れねーな…”

 ノヴァルナは司令官席にふんぞり返って座りながらも、真面目な双眸になって、ふと先日の戦いを思い起こした。敵の襲撃にタンゲンが絡んでいたのなら、もっと周到な用意がなされていたに違いなく、自分の考えた時間差攻撃が、あれほどズバリと嵌るとは考え難いものがある。

 実際にはヤーベングルツ家の寝返りや、キオ・スー家が仕掛けた連携攻撃にタンゲンはほとんど関与していないのだが、それをタンゲンの生死に結び付ける辺りは、ノヴァルナにとって、ある種のトラウマになっていると言っていい。

 惑星キイラの住民虐殺では、初陣のノヴァルナに戦闘へのトラウマを与える事には失敗したタンゲンだが、そのタンゲン自身がノヴァルナの深層心理の中で、喉に刺さった魚の骨のような存在となっていたのだ。

 そうであるなら自分では気付いていなくとも、タンゲンの死がノヴァルナの気分を高揚させないわけがない。

「おっし! んなら、景気よくイマーガラの連中の尻を、蹴っ飛ばしてやるぜ!」

 するとセルシュのホログラムは真面目な調子で、すかさず釘を刺す。

「ですが、油断は禁物。タンゲン殿が亡くなられても、イマーガラ家は当主ギィゲルトをはじめ、シェイヤ=サヒナンやモルトス=オガヴェイなど、手強き人材に溢れておりますゆえ」

 それに対しノヴァルナは、不敵な笑みで「わかってるって!」と応じ、さらにからかい気味に、セルシュに問い質した。

「ところで、爺。今回も持って来てんだろな?」

「は?…何をでございましょう?」

「何をって、爺の『シンザン』に決まってんだろ」

「!…は、まぁ…一応、この『ヒテン』に積んでおりますが」

 ノヴァルナが問い質したのは、セルシュが自身の専用BSHO『シンザンGH』を、持参して来ているかについてである。

 BSHOに搭乗可能な将官は、出撃の際に自分の座乗艦に搭載しておくのが、この世界の慣習となっている。無論搭乗して戦場に出るまでの義務はないが、通常の人型機動兵器BSIユニットとは桁違いの高性能機BSHOでの将官自身の出撃が、味方兵の指揮の鼓舞や、ピンポイントでの戦況の打開、さらには窮地での逆転の一手となる場合も多い。

 どうやらノヴァルナは数か月前の、自分が不在だったタンゲン艦隊とナグヤ艦隊の戦いの際に、セルシュが自分の旧式BSHO『シンザンGH』で出撃しかけた話を聞いて以来、自分の後見人の操縦の腕に興味津々らしい。自分が物心ついた頃にはセルシュはすでに、パイロットを引退していたのだから、当然とも言えた。

「おう、それなら今回のBSI部隊の先陣は、爺に任せるとすっかな」

 冗談とも本気ともつかない表情で振り向く若き主君に、セルシュは渋い困り顔で「お戯れを」と返す。これまでにも冗談だと思っていたのが、本気で命じようとしたりする我儘を何度も聞いているため、簡単に一笑に付すわけにもいかない。

 ただそのようなやり取りが出来ていたのはそこまでだった。ノヴァルナの命令で艦隊に先行している偵察駆逐艦部隊が、目的地のムラキルス星系内に到達。敵発見の報告を送って来たからだ。

「爺」

 表情を引き締めたノヴァルナが呼び掛けると、セルシュのホログラムは「はっ」と応じて頭を下げ、ノヴァルナが座る司令官席の傍らから消え去った。総旗艦『ゴウライ』の艦橋中央に巨大な戦術状況ホログラムが立ち上げられ、偵察部隊からの第一次情報が次々に反映されていく。

 ノヴァルナは脚を組んで司令官席に背中を沈め、まるでパズルか積み木遊びのように、組み上げられるホログラムの表示情報へ視覚を集中させた。まずムラキルス星系第八惑星が出現し、馬蹄形の宇宙要塞がその衛星軌道上に描き出される。

 そして次に並べられだしたのは、敵の艦隊の布陣だった。要塞正面に三個艦隊、左右に各一個艦隊が陣取っている。要塞後背はがら空きだが、第八惑星があるためそちらに回り込むのは困難だ。この恒星系は“ムラキルス”という固有名詞を持っている通り、有人の植民惑星を有している。だが人が住んでいるのは第二惑星であり、この宇宙要塞がある第八惑星は、藍色をした冷たいガス惑星であって、撃ち合いに一般人が巻き込まれる恐れは無さそうだった。

「ふぅん…オーソドックスな守備陣形だな。艦隊が張り付いてるって事は、要塞の稼働率が予想以上に低いのか?」

 イマーガラ軍の宇宙要塞と各艦隊の位置関係を見たノヴァルナは、要塞自体の完成度が低く、いまだ単独での防衛拠点として使用出来る状態ではないのだろうと考えた。要塞が完成しているのであれば、駐留艦隊は張り付く事無く、要塞の防御火線を利用した機動戦を仕掛けて来るはずだからだ。

 そこに偵察部隊からの新たな情報が入って来た。敵の各艦隊旗艦の識別が完了して、編成が判明する。要塞の真正面にいるのは旗艦が『ギョウガク』のイマーガラ家第2艦隊、あのセッサーラ=タンゲンの座乗艦だった。それを見た参謀の一人が怪訝そうに言う。

「タンゲン殿の艦隊? タンゲン殿はSCVIDに感染して、亡くなられたのでは…」

「タンゲンのおっさんの艦がいるからって、乗ってるとは限らねぇさ」

 脚を組み替えながら応じたノヴァルナは、慎重な眼差しで敵の配置図を見詰めた。するとオペレーターが硬い口調で報告する。

「偵察部隊より入電。“ワレ、敵迎撃部隊ト交戦ヲ開始セリ”」

 それを聞いてノヴァルナは躊躇うことなく、偵察部隊の撤退を命じた。

「引き上げさせろ」

 戦術状況ホログラム上の敵の配置を見るノヴァルナには、イマーガラ軍の総旗艦『ギョウガク』にセッサーラ=タンゲンが乗っている気配が感じられなかった。確証があるわけではないが、機動戦を仕掛ける事が多いタンゲンが採る陣形にしては、同じ守備陣形でも艦隊の位置が宇宙要塞に近すぎる気がするのだ。

 無論、それも罠…と考えられなくはないが、この状況で攻め手有利にしてしまうには、意味がないように思う。

 結論として、タンゲンは居ない。万が一まだ死んでいなくとも、この戦場には来ていない、とノヴァルナは考えた。タンゲンの座乗艦がいるのは、健在のように見せかけるためのものだろう。中堅武将辺りが考えそうな手だ。

 そうこうしているうちに指揮下の艦隊が、ムラキルス星系第九惑星の公転軌道を越え、敵陣へと近づいた。ノヴァルナは各艦隊司令を呼び出し、タンゲンの専用艦の存在に関する、今しがたの自分の判断を告げる。

 各艦隊司令もノヴァルナの考えを是としたため、ノヴァルナは正面攻勢を決断。要塞左側をミズンノッド艦隊、右側をヴァルツ艦隊に任せ、自分は前面の敵と当たる旨の指示を出した。




▶#09につづく
 
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