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第22話:大いなる忠義

#01

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 ノア・ケイティ=サイドゥが、ノヴァルナ・ダン=ウォーダとの正式な婚約を交わし、ナグヤ=ウォーダ家へやって来てから、およそひと月が過ぎていた。

 二月の終わりのナグヤは、寒気に覆われた中にも、どこかしら春の兆しを感じさせる。

 二重太陽タユタとユユタから注がれる陽光、肌を撫でていく空気、僅かに青みを帯びて来た草原《くさはら》に、春の微粒子の存在を感じさせるのである。

「いってらっしゃい」

 ナグヤ城のシャトルポートまで見送りに来たノアは、反重力シャトルでナグヤ家の行政府であるスェルモル城へ向かうノヴァルナに、軽く手を振りながら声を掛けた。ノアの背後には、サイドゥ家から連れて来た護衛係兼侍女の、メイア=カレンガミノとマイア=カレンガミノの双子姉妹が、行儀よく控えている。

「おう、行って来る!」

 ノヴァルナはナグヤ城付きの次席家老、セルシュ=ヒ・ラティオと『ホロウシュ』のラン・マリュウ=フォレスタ、ナルマルザ=ササーラを引き連れ、少し気取った仕草で右手を挙げ、振り返る。

 これがここ最近のノヴァルナとノアの朝の風景だった。ノヴァルナは居城をナグヤにしたままであり、“週休二日”でスェルモル城まで“出勤”していたのだ。

 ヤディル大陸中央部のナグヤから、大陸東岸のスェルモルまでの“通勤”と聞くと、ひどく面倒にも思えるが、実際は大気圏離脱速度まで一気に加速可能なシャトルを使用するため、乗り降りも込みにして三十分程度の話だ。

 ノヴァルナ達が乗り込むと、重力子ドライヴの甲高い金属音が大きくなり、昇降ハッチが閉じられるのと同時に、シャトルはふわりと宙に舞い上がった。それを小さくなるまで見送ったノアは、シャトルポートの出入り口に向かう。そこにはノヴァルナからつけられたナグヤ側からの侍女が六人待っており、近寄って来たノアに一斉にお辞儀をする。

 この城へ…いや、ナグヤ家の一員となってひと月、ノアは早くも、ノヴァルナの家臣達から一目置かれる存在となっていた。

 それは才女、というだけでなく人柄。そしてなによりここへ来て早々、悪ふざけの過ぎるノヴァルナの頭を、「いい加減にしなさい!」の言葉と共に景気よくペーン!と張り倒した事、そしてそれで怒られたノヴァルナが、「いてぇなっ!…」と不満そうな目を向けながらも、ノアの言う事を聞いたからである。
 このナグヤ家の誰もがなしえなかった、ノヴァルナに対する“キツめのツッコミ”…それを当たり前のようにやってのけたノアを見て、目を丸くした家臣達は、“さすがはノヴァルナ様のお選びになられたお方”と妙な感動の仕方をした。

 日頃から、ノヴァルナの傍若無人ぶりに振り回されていた家臣達にすれば、この“キツめのツッコミ”は胸のすく思いだったようで、それ以来ノアは、ノヴァルナが命じた以上の丁重さで、ノヴァルナの家臣達から扱われているのである。

 ただ一方でノアはここへ来てみて、ノヴァルナの家臣達が巷間で囁かれているほど、主君を嫌ってはいない事に気が付いた。若い主君の我儘放題に、手を焼いているのは確かであったが、その反面、自分を着飾る事無くさらけ出し、相手の全てを受け止めるだけの気概を示す主君に、その器《うつわ》に、忠義を示さずにはいられないらしい。

 特にノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』の中でも、ノヴァルナと同年代の者などは、ノアへの自己紹介の際、全員が異口同音に“自分はノヴァルナ様の第一の忠士にて!…”と告げ、笑いを堪えさせられたほどだ。

 そうなると惜しむらくは、そんなノヴァルナの器量を見抜くには、間近で時間を掛けて接する必要があるという点だった。一目見て馬が合うと理解し合った、ムツルー宙域の星大名マーシャル=ダンティスなどは稀な例で、今は婚約まで果たしたノア自身も、出逢ってしばらくはノヴァルナの事が大嫌いであったのであるから、一般的な価値観で遠くからノヴァルナを見ている人間は、尚更分かりづらいはずである。

 ナグヤに来たノアは、ノヴァルナのためにまずは、この辺りから支えて行こうと決めていた。ノヴァルナの見送りを済ませて、城内へ通ずる廊下を歩きながら、ノアはメイアとマイアに確認する。

「今日のこのあとの予定は?」

「まず十時より、NNLジャーナリストのインタビューです」とメイア。

「十一時より、ナグヤの中央商工会婦人部と意見交換。そのまま昼食会です。十四時からは重臣の奥方様達とのお茶会。十六時から家老のナイドル様と共に、航宙商船組合の定例会となっております」

 とマイアが続ける。まだ婚儀の日取りも決定していない婚約者の身でありながら、ノアはもう内助に勤しむ妻のように、「今日も忙しくなりそうね」と応じ、内心で“さあ今日も、頑張ってノバくんを売り込まなきゃ…”と呟いた。

 ノアのこのような態度に感銘を受けたのが、ノヴァルナの後見人だったセルシュ=ヒ・ラティオである。ナグヤ家に到着して十日ほどは身の回りの事で費やしていたが、それを終えると積極的にノヴァルナの補佐を努めるようになったからだ。

 言い方は悪いが、さすがはあの“マムシのドゥ・ザン”殿が、政略結婚の目玉として手塩にかけて育てられただけの事はある…と思う。それにあの美貌で笑顔を向けられては、血の気の多い家臣達も毒気を抜かれないはずはなく、少なくとも先代ヒディラスの急死以来、神経質になっていたナグヤの家中の空気は、良くなったと感じられる。

 それに何よりノアを連れ帰って以来、ノヴァルナに当主らしさというか、頼もしさが増した事がセルシュは嬉しかった。

 荒っぽい言葉遣いは大して変わってはいないが、元々軍事的な案件には一定の評価があるのに加え、内政に関しても疲弊した経済の立て直しを中心に、不用意な増税を抑え、失業者対策も兼ねたヤディル大陸の開拓事業の拡大といった、公共事業に力を注がせるなど手堅い政策を指示。

 またサイドゥ家との同盟が強化された事による交易協定締結は、ウォーダ宗家のキオ・スー家やイル・ワークラン家を出し抜いたナグヤ家の独占協定であり、昨年下半期は下がる一方であった株価も、それを好材料として緩やかだが上昇傾向へ移行している。

 このようなノヴァルナの才覚に触れ、またドゥ・ザン=サイドゥとの会見で見せた凛々しい星大名の姿と、こちらへ来てから常にノヴァルナに寄り添う姿勢を見せる、ノア姫の誠実さもあって、ノヴァルナ派と反ノヴァルナ派に分かれていたナグヤの家中も、ノヴァルナの新当主を認めようか…という空気が流れ始めていた。

 ヒディラスの葬儀の際のノヴァルナは、『閃国戦隊ムシャレンジャー』の主題歌のゲリラライブという、奇行を極めた暴挙で、式典をぶち壊しにしてセルシュを大いに失望させたが、どうやらその時に唯一人、ノヴァルナの行動を評価した皇国貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナの目は、確かだったようである。

“なるほど、これが新たな風というものであろうか…”

 スェルモル城へ向かうシャトルの中で、そんな思いを巡らせて穏やかな表情になり、口元を綻ばせるセルシュに気付いたノヴァルナは、訝しげな目で尋ねる。

「なんだ爺、妙に嬉しそうじゃねーか?」

「さようでしょうかな?」と、とぼけてみせるセルシュ。

「おう。怒ってねぇ爺は、イメージじゃねぇからな」

「怒られるのがお望みでしたら、幾らでも怒って差し上げますが?」

「いらねー」

 そう言ってプイと窓の外に目を遣るノヴァルナだが、嬉しそうなセルシュを見るとつい悪戯心がムズムズ湧いて来る。すぐに振り向いてからかうように告げた。

「そういや爺。サンザーの奴から聞いたんだが、俺とノアがムツルー宙域へ飛ばされてて爺が第2艦隊を指揮してた時、『ヒテン』に自分のBSHO…『シンザン』を積み込んでたらしいじゃねーか?」

「!…」

「んで、もうちょっとで実際に操縦して、出撃するところだったとか?」

 ノヴァルナの言葉にセルシュは、頬をピクリと引き攣らせる。それはノヴァルナ不在で第2艦隊司令官代理を務めていた際、ヒディラスとドゥ・ザンの混戦に乗じて、双方を撃滅しようと奇襲をかけて来たセッサーラ=タンゲンの艦隊に対し、旗艦の『ヒテン』に搭載していたセルシュの専用機『シンザンGH』の、発進準備を命じた話だった。

 ところがこの『シンザンGH』、まだセルシュが中堅家臣として最前線に立っていた三十年ほども前の機体で、およそこの二十年、実戦に参加はしていない旧式機である。年甲斐もない…と自分でも反省した点を突かれ、生真面目なセルシュは口を真一文字に結ぶ。

 だがノヴァルナのからかう言葉は終わらない。

「いや、爺もまだまだ若いもんだぜ。なんなら爺に女でも紹介してやろーか?」

「若殿ッ!!」

 腹に据えかねたセルシュは、いつも通りの怒声を発した。ただノヴァルナの方は“そうこなくちゃな…”という顔でニタリと笑い顔になる。

「冗談だって、じょーだん。今度、模擬戦でもやろーぜ」

「そのようなもの、私に勝ち目はありませぬ」

「だからさ。やっつけてやるぜ」

「まったく、そのような子供っぽいところだけは、当主になられたというのに…」

 とセルシュはブツブツ言いながら、座席に座り直した。だがまぁ、ノヴァルナもまだ十七歳であり、子供とまでは言えずとも、まだはしゃいでいたい年齢ではある。

 とは言えそういう態度を取るのも相手がセルシュだからであって、シャトルがスェルモル城へ到着し、筆頭家老のシウテ・サッド=リンの出迎えを受けると、ノヴァルナは少々わざとらしく気難しげな表情を作っていった………




▶#02につづく
  
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