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第21話:華麗なる円舞曲
#03
しおりを挟む新星帥皇テルーザとナーグ・ヨッグ=ミョルジの宇宙港でのやり取りは、NNLの皇国チャンネルの中継によって、ここトーミ宙域でも視聴する事が出来た。
夜景の中、ホテルの一室でその中継を眺めているのは、ソファーに並んで腰を下ろしているカールセン=エンダーと妻のルキナだった。故郷であるムツルー宙域への旅の途中、二人はこのトーミ宙域で新年を迎えたのである。
二人がいるのはアイウォータ星系第五惑星ハスルヴァルス。トーミ宙域の宙都星系だ。ホテルのある地域はハスルヴァルスでは真夏であり、エンダー夫妻はエアーコンディショナーがそよがせる涼やかな微風を肌に感じながら、新たな年を祝っている。
その二人がNNLの中継ホログラムを見る目は興味深げだった。
画面に映る新星帥皇テルーザの横顔を眺め、カールセンは顎の無精髭を指先で撫でながらぼそりと言う。
「やっぱり…あのテルーザ陛下だな。俺達の元いた、三十四年後の世界の星帥皇陛下」
「当然、若いけどね」
ルキナはニコリと微笑んで頷いた。このエンダー夫妻は、皇国暦1589年のムツルー宙域へ飛ばされたノヴァルナとノア姫が、元の世界に帰還する際の危機に緊急回避的に連れて来た、平たく言えば“未来人”であった。
当然二人には三十四年後の世界の知識があり、細部まで詳しいわけではないが、当時の一般人並みの歴史知識も有していて、現状をそれと比較する事が出来る。
カールセンはルキナを振り向いて問い掛けた。
「確か、このテルーザ陛下がノヴァルナを、関白殿下に取り立てたんだよな?」
「ええ。ただそれは、私達の知っている歴史通りに進めば…だけどね」
カールセンとルキナがいた皇国暦1589年の世界では、ノヴァルナ・ダン=ウォーダはヤヴァルト銀河皇国の関白となっており、星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガの名の元に、いや事実上、皇国の支配者としてシグシーマ銀河系の統一を図り、対抗勢力と全方位で争っていた。ノヴァルナに対するテルーザの信任は厚く、星帥皇室の銀河支配権の一つ、NNLの統括権まで与えていたほどである。
しかし次元物理学に知識の深い妻のルキナによれば、量子学的に未来の事象が過去に影響を及ぼし、その未来の事象に向けて歴史の流れが改変される可能性があるという。それは二人が知る歴史通りに、これからの物事が進むとは限らないという事を示していた。
歴史が改変された、またはこれから改変される可能性…元武官であった夫のカールセンの私見と合わせ、ルキナが見たところ可能性は高かった。
それはノヴァルナとノア姫によってこちらの世界にやって来たエンダー夫妻が、ナグヤ家にしばらく逗留していた時に、あらためてムツルー宙域で起きた事がもたらす、可能性を検証した時である。
カールセンが一番気にしていた事案は、自分達も関わる事になった、マーシャル=ダンティス率いる星大名ダンティス家と、ギコウ=アッシナ率いる星大名アッシナ家の間で起きた、『ズリーザラ球状星団会戦』だった。
あの時はアッシナ家に捕らえられたノア姫を救出するため、カールセン達…特にノヴァルナは感情的に行動し、封鎖されたNNLの再起動に成功。結果的にダンティス家勝利、アッシナ家敗退の原因を作ったのである。
だがもし、あの場にノヴァルナやノア姫がいなかったとしたら―――
マーシャル=ダンティスは敗れ、おそらくダンティス家は滅亡していたに違いない。そして向こうの世界の関白ノヴァルナは、元から銀河皇国側であったアッシナ家をムツルー宙域星大名として安堵し、支配権を与えていたはずだと考えられた。
これが銀河皇国の歴史において大きな影響を及ぼすのは必至で、この出来事が本来なら起こり得なかったものであるなら、いまエンダー夫妻がいる銀河皇国の歴史は、これから『ズリーザラ球状星団会戦』でダンティス家が勝利するように、改変されていくものと推察される。
ルキナが情報を得て判断したところ、こちらの世界の歴史は僅かだがすでに改変が起きている。エンダー夫妻が住んでいた世界ではノア姫は、ノヴァルナと出逢う事なく事故死していたからだ。
そのノア姫はノヴァルナとの婚約を果たした。敵対する両星大名家の二人であるから、様々な障害はあるだろうが、あの二人なら必ず結ばれるとルキナは信じている。それはいい…だが問題は別にあった。ルキナ達の住んでいた世界では、関白ノヴァルナの妻は別の人物だったのである。
そしてルキナとカールセンはナグヤ家に逗留している間に、その関白ノヴァルナの妻になった人物と逢った。向こうの世界でも型破りだった関白ノヴァルナが妻に選んだ、親衛隊のフォクシア星人の女性に。カールセンは関白ノヴァルナの妻がフォクシア星人である事以上は知らなかったが、彼女がそうであるとすぐ理解した。
ルキナとカールセンが出逢ったそのフォクシア星人の女性は、とても美しかった。そしてその女性を含む親衛隊の若者達に少し照れながら…楽しげに未来のムツルー宙域でのノア姫との冒険を語るノヴァルナを、その女性はどこか寂しそうでいて、どこか誇らしそうな笑顔で眺めていた。
その時になってルキナとカールセンは、自分達もまた、未来を変えてしまった事を思い知ったのである。それが銀河皇国にどの程度の影響を与えるかは不明だが、少なくとも一人の女性から未来の夫を奪った可能性は否めない。
エンダー夫妻がノヴァルナの元を離れ、ムツルー宙域へ帰る事を決めたのも、一番大きな理由はこの時代にも存在しているはずの謎の巨大施設、ノヴァルナとノアを1589年のムツルー宙域へトランスリープさせた、恒星間ネゲントロピーコイルの調査であるが、未来人の二人がこれ以上ノヴァルナの傍らにいて、不用意な助言や手出しをするべきではないと感じたのもまた、もう一つの理由だった。
「こんな事になるなら、もう少しちゃんと歴史を覚えとくんだったな」
苦笑い混じりの夫の言葉に、ルキナの意識は現実へ引き戻された。カールセンの言う通り、一応は記憶インプラントで銀河皇国の歴史は覚えたはずなのだが、使いどころがなければ、時と共に大まかな部分しか覚えていなくなるのは今の人類も変わらない。
「そうね。ノバくんと陛下がどこで、どんな経緯で味方同士となったのかぐらいは、覚えておいた方がよかったかも」
ルキナも同意の苦笑いを向ける。今の星帥皇室に従っているロッガ家やキルバルター家などは、ノヴァルナのナグヤ=ウォーダ家とは敵対しているらしく、これから先、星帥皇室とノヴァルナが協力関係になっていくなら、自分達のいた未来と比べてみるのも興味深かった。
ただ自分達には自分達で決めた使命がある。前述の恒星間ネゲントロピーコイルを調査し、ノヴァルナに情報を伝える事だ。誰が何の目的であれほど大規模なものを建造したのか不明であり、その存在は場合によっては全銀河系にとって、大きな脅威にもなりかねないものである。それを考えると学術的興味だけで済む問題ではない。
とは言え夫妻は現在、すぐには旅を続けられない状況となっていた。数日前にルキナが体調を崩したのだが、それは妊娠によるもので、このため重力変動が負担になる恒星間旅行を中断している状況だったのだ。
▶#04につづく
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