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第21話:華麗なる円舞曲

#02

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 同じ日、つまり1556年1月1日、ヤヴァルト銀河皇国皇都惑星キヨウでは、盛大な祝典が行われていた。ミョルジ家側についた新星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガの皇都への帰還を、新年の祝賀と合わせた大々的な祝典である。

 今はその祝典の最大の場面、キヨウ中央宇宙港に到着した星帥皇室専用シャトルから降り立った新星帥皇テルーザを、ミョルジ家当主ナーグ・ヨッグ=ミョルジが出迎えるところであった。

 よく晴れた青空の下、広大な宇宙港の1番離着陸床には、星帥皇室専用シャトルへ向けて、出迎えの人々の列から紫紺の長い絨毯が敷かれている。その長さは二百メートルはありそうに思われ、シャトル側ではその絨毯を挟んで、星帥皇室近衛隊専用BSIユニットの『サキモリCX』が左右に八機ずつ、右手の長大なポジトロンランスを垂直に突き立て、まるで巨人の衛士の如く、主君を警護していた。
 一方のミョルジ側も周囲に、二十四機の親衛隊仕様機『サギリSS』を配置している。無論双方も典礼用としてであり、数から言えばミョルジ側が優勢だが、機体性能では万が一戦闘になった場合、八機の『サキモリCX』の方が勝利する可能性が高かった。

 テルーザとナーグ・ヨッグは絨毯の両端から、ほぼ同時に歩き始める。テルーザの方は彼自身が先頭に立ち、十名程の側近が従う。
 ミョルジ側はナーグ・ヨッグと、新宰相ジェリス=ホルソミカが二人並び、さらにその背後に側近のヒルザード・ダーン・ジョウ=マツァルナルガに、“ミョルジ三人衆”と呼ばれるナーガス=ミョルジ、ソーン=ミョルジ、トゥールス=イヴァーネルの武将、さらにミョルジ家と同盟関係にあるウーサー家をはじめとする、周辺宙域の星大名や独立管領らが二十名も続いた。

 新星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガは金髪碧眼の二十歳。やや面長の秀麗な顔立ちが印象的で、特にその瞳の輝きは切れ味の鋭い刀剣のようである。BSHOの操縦技術には天才的なものがあり、乗機『ライオウXX』単独で挑んだキヨウ脱出戦での活躍は記憶に新しい。

 対して事実上の皇都キヨウの支配者となっている、アーワーガ宙域星大名ナーグ・ヨッグ=ミョルジは三十七歳。細面の小役人的な人相は、一見するとどこかの市役所の窓口にいそうな印象を与える。だがその眼力は若いテルーザに劣るものではなく、戦略の緻密さと戦術の的確さを今の隆盛が証明していた。

 歩き出した両者は、長く敷かれた絨毯のほぼ真ん中で足を止めて向き合う。するとナーグ・ヨッグ以下のミョルジ側が、テルーザに対して一斉に片膝をついた。臣下の礼だ。

 戦国の世となり、その権勢は失墜したものの、ヤヴァルト銀河皇国の統治者はいまだ星帥皇であり、敵味方に分かれて戦っている星大名も全て星帥皇の臣下である。今回のミョルジ家の叛乱もナーグ・ヨッグの裏の思惑はどうであれ、表向きは政治を壟断し、戦国という混乱した現状に何の手立ても施さなかった宰相、ハル・モートン=ホルソミカの排斥を目的としていたのであるから、忠義を示すのも当然の事であった。

 片膝をついたナーグ・ヨッグは恭しく頭を下げて、テルーザに告げる。

「よくぞ我等の元へお出で下されました、新星帥皇テルーザ様」

 軽く頷いたテルーザは、こちらも内心を隠して静かに右手を差し出す。

「皆、面を上げよ」

 テルーザはキヨウ脱出戦の際、ナーグ・ヨッグが宿敵ハル・モートンもろとも、自分達星帥皇室を滅ぼしても構わない…と考えている事を見抜いていた。父親で前星帥皇だったギーバル・ランスラング=アスルーガは、脱出戦の最中でも楽観視していたのだが、専用機『ライオウXX』で実際に戦場へ出撃したテルーザは、自分に向かって来るミョルジ連合軍との戦いで、ナーグ・ヨッグ=ミョルジが星帥皇室を必要としない宇宙を、思い描いているのを感じ取ったのである。

「恥を忍んで帰って参った。我等の受け入れ、感謝する」

 テルーザがそう言うと、一旦顔を上げていたナーグ・ヨッグ達は、さらに深く頭を下げて答えた。

「何を仰せられます。我らこそ畏れ多くも星帥皇室に弓を引き、強訴とも言うべき無礼な態度を取りましたるをご寛恕頂き、感謝の極み」

「そう畏まらずともよい。先代ギーバルも含め、ハル・モートンの専横を放置した予が悪かったのだ。許せ」

「許すなどと、まさに畏れ多き事! 星帥皇陛下に我等の忠義をお認め頂けましたるだけで恐悦至極! 武人の本懐これに尽くるものにて」

 感涙にむせぶ振りをしながらナーグ・ヨッグはテルーザを、この若者…只者ではない、と感じていた。ただBSHOを駆り、単身で戦場に飛び出してくるだけの血気盛んな子供なら、幾らでもあしらいようはある。だが今「予が悪かった、許せ」と、あっさり全員の前で謝ってみせる芸当まで身に着けているとなると厄介だ。

「予はこの銀河の争いを鎮め、皇国に再び秩序を取り戻したいと考えている。其方においては予の力となってほしい。そのための協力、予の惜しむところではない。さぁ、立って予に力を貸してくれ」

 穏やかな調子のテルーザの言葉に従って立ち上がったナーグ・ヨッグは、「勿体無きお言葉―――」と会釈して続ける。

「我等こそ陛下の御為、また皇国の安寧の回復の為、その身を尽くす所存。どうぞ盾に剣に、存分にお使い頂きますよう」

「うむ。宜しく頼む」

 互いの腹の内を隠し、和やかな空気を作り出したテルーザとナーグ・ヨッグは、共に居並ぶ出迎えの人波へと絨毯の上を歩き始めた。新宰相のジェリス=ホルソミカはナーグ・ヨッグの傀儡である事が確実で、すでにもう影が薄い感じがしている。

“そういえば―――”

 テルーザの右側を僅かに下がって歩くナーグ・ヨッグは、自分がヤヴァルト宙域進攻を決めたきっかけとなった、ある人物を思い出した。

“ロッガ家のアクアダイト不正産出を妨害し、我に皇国の軍備増強を気付かせたノヴァルナ・ダン=ウォーダなる者も、オ・ワーリ宙域はナグヤ=ウォーダ家の、まだ少年だと聞く…”

 噂ではノヴァルナ・ダン=ウォーダという少年は八方破れで、“大うつけ”と揶揄されているらしいが、それは翻って、どのような状況でも大胆不敵な決断が出来るという事だと、ナーグ・ヨッグは評価した。

“イツァン・クルスーサ星団会戦ではモーリー家から入った新当主、二十二歳のタッカード=コヴェンゲート率いる艦隊がバルガット=スェン軍の主力艦隊を破り、シナノーラン宙域では二十七歳のシーゲン・ハローヴ=タ・クェルダと、二十六歳のケイン・ディン=ウェルズーキがしのぎを削っている…”

 新たな風を吹かせる者達か―――そう思いながら、ナーグ・ヨッグはやや前を行く若き新星帥皇に視線を遣る。

 一方でテルーザも考えていた。今はミョルジ家の傀儡になっても、いずれはこの手に皇国の支配権を取り戻し、銀河を平和な時代に導きたい…と。いや、支配権を取り戻さずとも、ハル・モートンのように自らの権力のままに国政を壟断する事なく、目指すものを同じくする友と呼べる誰かが現れれば、その者と共同統治を行ってもいい…と。



“そのような者が、現れてくれれば…の話だが”



 歩きながら独り言ちたテルーザは、青く澄み切った皇都の空を見上げた―――



▶#03につづく
 
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