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第20話:新たなる風
#03
しおりを挟むナグヤ城に帰還したノヴァルナはセルシュ達、腹心の出迎えを受けると、ようやく人心地がついたようであった。スェルモル城では居住について、いろいろと家臣達に放言したものの、本音はやはり居心地が悪いというのが一番らしい。
ノヴァルナはスェルモル城で筆頭家老のシウテに告げたように、セルシュにも家督相続全般の事務的処理を指示し、さらに参謀長としてアーク・トゥーカー星雲会戦、カルル・ズール変光星団会戦でノヴァルナに従ったテシウス=ラームを、セルシュの元へ返して、補佐する事を命じた。そしてそれに付随する幾つかの指示を付け加えると、一週間後に父親のヒディラスの葬儀をとり行う事を決定したのである。
その後すぐ、出迎えの者達も含めて解散させたノヴァルナだったが、ここでもまた、自室に真っ直ぐには向かわなかった。再びランとササーラを従えると、ナグヤ城の医療区画を訪れたのだ。目的はカルル・ズール変光星団会戦で負傷した『ホロウシュ』の、ガラク=モッカとジュゼ=ナ・カーガを見舞うためである。
この二人に幸い身体は無傷だったサーマスタ=トゥーダを加えた三人は、キオ・スー家総旗艦部隊のBSI直掩隊との戦闘で機体を損傷し、ガラクとモッカはコクピット内にまでダメージを受けた。重傷を負いながらも戦闘を継続し、直掩隊の撃退まではどうにか戦い続けたが、その後のノヴァルナとの合流は指揮官のササーラに止められ、近くの味方艦に収容されたのである。そしてノヴァルナがスェルモル城へ降下する際には、先にナグヤへ帰還して入院させられていたのだ。
オフホワイトと淡いミントグリーンが基調色となっている医療区画は、静寂に包まれている。通路を歩くノヴァルナの派手な紫色のジャケットが、落ち着いた色調の医療区画でひときわ目立ち、それを着ているノヴァルナ本人より、あとに続くササーラの方が気まずそうに眼を泳がせた。
その前方にいた三人の医療用アンドロイドを連れた二人の女性看護師が、ノヴァルナの登場に驚いた表情になり、慌てて通路の端に寄って道を開け、深々とお辞儀をする。ただ二人の女性看護師の視線は、やはりノヴァルナのおよそ当主らしくない、派手なだけの着衣に戸惑っている感があった。
その前を気にするふうもなく通り過ぎたノヴァルナは、程なくして負傷した二人のいる病室へ到着した。
「おぃーっす、いるかぁ~」
さすがにいつものように大きな声ではないが、それでも砕けた口調で呼びかけながら病室に入るノヴァルナ。並べられた二つのベッドに横たわっていたガラク=モッカとジュゼ=ナ・カーガは、その姿を見るなり、急いで上体を起こそうとした。しかしノヴァルナは「やめとけ、寝てろ」と二人を制する。
「ノヴァルナ殿下」
「ササーラ様にフォレスタ様も…申し訳ありません」
ガラク=モッカは左肩から胸の辺りまで、ジュゼ=ナ・カーガは右の脇腹に大きく、組織再生パッドが貼られており、ベッドの脇に置かれた治療装置から伸びるロボットアームの先端に装着されている、再生促進ビーム照射器の光を照らされていた。
二人とも、かつて身分を隠したノヴァルナが、ナグヤ城下のスラム街で行った“不良狩り”で、壮絶な殴り合いの末に『ホロウシュ』に取り立てた同い年の若者である。重傷を受け、最後までノヴァルナに従って戦えなかった事が、本当に口惜しそうだった。
するとそんな二人にノヴァルナは陽気に告げる。
「バーカ。てめーら、なに不景気なツラしてやがんでぇ」
「殿下…?」
呆気にとられる二人に、ノヴァルナは続ける。
「その辺のチンピラと喧嘩してケガしたんならともかく、俺のために戦ってケガしたんだろーが、胸を張って自慢しやがれ!」
それを聞いたガラクとジュゼは、みるみるうちに表情を明るくした。そしてさらに投げ掛けられる言葉は、いかにもノヴァルナらしい。
「まだまだ忙しくなんのはこれからだぜ。とっとと治して戻って来い!」
それは受け取りようによっては酷い言い方だった。“忙しいのに休みやがって”と責めているようにも受け取れる。それとは逆に「俺達の事は気にせず、ゆっくり休め」と言われるとどうだろうか? 自分は期待されていないのではないか?…と、変に気を回してしまう場合もある。
だがノヴァルナは『ホロウシュ』達の心をしっかりと掴んでいた。いつもの不敵な笑みで「とっとと治して戻って来い!」などと言われれば、忠誠心旺盛な『ホロウシュ』達は“自分はノヴァルナ様に必要とされているんだ”と、思わずにはいられない。
「はい!」
「必ずや!」
優しい目でササーラとランが見守る中、力強く応えるガラクとジュゼに、ノヴァルナは「おう、頼んだぜ!」と大きく頷いて見舞いを終えた。
病室を出ようとしたノヴァルナは、ドアが自動でスライドすると同時に「おわっ!」と驚きの声を上げた。病室の真ん前に誰かが立っていたからだ。それが誰かを認識して、ノヴァルナは「…んだよ、てめーか」と肩を落とした。
ドアの前に立っていたのはトゥ・キーツ=キノッサである。
どことなく猿に似た風貌の十四歳の少年は、「てへへ…」と愛想のいい笑顔でペコリと頭を下げた。ノヴァルナは両手を自分の腰に当て、首を傾げて面倒臭そうに問い質す。
「てめ、なんでこんなトコに居んだよ? てゆーか、何の用だ?」
「いえ。そろそろ私にも新しいお仕事を頂きたい、と思っておりましたところに、丁度ご城内で殿下のお姿を目にしましたもので…ついて参った次第で」
「はん。相変わらず、おっさん臭い物言いしやがって…」
トゥ・キーツ=キノッサは夏頃にノヴァルナの配下に加えられて以来、『ホロウシュ』見習いとしてトゥ・シェイ=マーディンの指揮下にいたものの、実際は雑用係であった。
そして人質生活を送っていたミ・ガーワ宙域星大名トクルガル家の嫡男、イェルサスの身の回りの世話をしていたのだが、そのイェルサスがルヴィーロ・オスミ=ウォーダとの人質交換でミ・ガーワへ帰ったため、何の職務も与えられていないままだったのだ。
マーディンの出奔にヤーベングルツ家、キオ・スー家との戦闘がほとんど間を置かずに発生したため、誰にも気に留められなかったのである。言い換えればキノッサはいまだ、その程度の小物に過ぎないという事だった。
「で?…てめーは次に何がしたい? 言ってみ?」
ノヴァルナに尋ねられて、キノッサは再び「てへへ…」と頭を掻いて笑い、相手の腹の内を探るように思っている事を口に出してみる。
「筆頭のマーディン様が去られ、『ホロウシュ』の皆様がお一つずつ席次を繰り上げられまして、今は末席が空いておりますなぁ…」
「んー。そうかなぁ…」
顔を見上げてとぼけてみせるノヴァルナ。しかしながらキノッサは委細構わず、自らの希望を告げた。
「その末席に、私めを―――」
ところがノヴァルナは自分の言葉でそれを遮って、みなまで言わせない。
「やなこった!」
それを聞いてキノッサはズルリとずっこけた。すぐさま困惑した顔で抗議する。
「なんでッスか!?」
キノッサの抗議に、ノヴァルナはシレッと応える。
「てめーにゃ、十年早い!」
「えええー」
純度百パーセントの不満、といった表情で不貞腐れるキノッサ。するとノヴァルナは、不敵な笑みを交えて告げた。
「その代わり、てめーは今日から俺直属の!………雑用係にしてやる」
「なんスか。結局は雑用係ッスか」
唇を尖らせて面白くなさそうに言うキノッサを、ノヴァルナは「アッハハハ!」といつもの高笑いで笑い飛ばして続ける。
「同じ雑用係でも出世ってもんだぜ。まずは地道に働くこった!」
「かしこまりましてございまーす」
そう言ってわざとらしく深いお辞儀をするキノッサの態度は、新たなナグヤ=ウォーダ家の当主に対するには不敬もいいところであった。しかしノヴァルナに憤慨する様子は全く無く、通路の向こうをビシリと指差して陽気な口調で命令を下す。
「おう。わかったら、先に俺の執務室に戻って掃除だ。駆け足、急げ!」
「御意ーーーっ!」
ノヴァルナの言葉に煽られるように、キノッサは自分に与えられた新たな任務のために走り去って行った。その直後、通路の向こうの方で「廊下は走らないでください!」と、女性看護師の怒る声が聞こえて来る。悪戯成功とばかりにニタニタ笑うノヴァルナと、そんな主君の残す子供っぽさに、傍らのササーラとランが呆れた顔をした。
「しかし、よろしいのですか?」とラン。
「そうです。働き者ではあるようですが、『ホロウシュ』となると…」
ササーラも同様の懸念を伝えると、ノヴァルナも「わかってるって」と応じる。
「あの野郎は俺のために死ぬようなヤツじゃねぇからな。同じ命を賭けるにしても、自分の出世のために賭けるだろうさ…それに第一―――」
そこでノヴァルナは、ふん!と鼻を鳴らして言葉を繋いだ。
「―――宇宙海賊の件の時に見たが、あの野郎の操縦は使えねぇ」
こうしてトゥ・キーツ=キノッサは、ノヴァルナの差配によって『ホロウシュ』とは別の道を歩み始めた。それがこの少年にどのような未来をもたらすかは、まだ誰にも分からない………
さて、といった感じでササーラとランを見渡したノヴァルナは、いつもの不敵な笑みを浮かべて告げた。
「おし。じゃ、ついでに他の怪我人達も、見舞って行ってやるとするか」
▶#04につづく
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