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第19話:血と鋼と

#06

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 モルザン星系の外縁部に達したノヴァルナ率いるナグヤ第2宇宙艦隊は、叔父のヴァルツ=ウォーダ率いるモルザン星系の外宇宙艦隊との邂逅《かいこう》を果たした。

 ノヴァルナの第2艦隊が戦艦10、重巡10、軽巡14、駆逐艦18、空母4.それにヴァルツ艦隊が戦艦4、軽巡8、駆逐艦9、空母1である。ヴァルツ艦隊はこのところの連戦で相当消耗しており、星系防衛艦隊を含む大半の艦がいまだ修理中で、ここに随伴している中でも、戦艦2隻は艦内で修理作業を行っているような状態だった。

「さすがは猛将で名高い叔父御、ハンパないっスね」

 第2艦隊旗艦『ヒテン』の艦橋で司令官席に座るノヴァルナは、通信スクリーンに映る叔父のヴァルツに、感心した様子で告げた。修理作業を行っている戦艦の一隻は、ヴァルツ自身の乗艦である旗艦『ウェルヴァルド』であり、実際にヴァルツの座る席の背後でも作業員が動き回っていたからだ。猛将の名に相応しい光景である。

 旗艦『ウェルヴァルド』はノヴァルナの『ヒテン』よりひと回り小さい、通常の艦隊型戦艦であった。艦齢も古く、ノヴァルナが生まれるずっと前から現役を続けている。この前のサイドゥ家、イマーガラ家によるオ・ワーリ侵攻の際も、獅子奮迅の活躍を見せた、練度の高い名艦だ。

「破天荒で鳴らすナグヤの若君に、そう言われるのは悪い気はせんな」

 ノヴァルナの誉め言葉に、ヴァルツは如何にも武人といった顔を僅かに綻ばせた。ナグヤ艦隊は三列の単縦陣、モルザン艦隊は一列の単縦陣で横並びになって、黒い宇宙空間に浮かんでいる。
 ノヴァルナにとっては父親、ヴァルツにとっては兄のヒディラスが殺害されて四日、未だ葬儀を済ませていないどころか、ヤーベングルツ家のイマーガラ家への寝返りと艦隊の出撃が、ノヴァルナとヴァルツからヒディラスの死の現実感を奪っていた。

「それで、どうする?」とヴァルツ。

「俺の艦隊でこのまま間を置かず、ヤーベングルツを叩く」

 ノヴァルナがそう告げると、ヴァルツは「ほう」と声を漏らす。

「叔父御にはここで後詰めを頼む」

 ノヴァルナはヤーベングルツの戦力を正確に読んでいた。数的優勢はヤーベングルツにあり、ノヴァルナ艦隊とモルザン星系の双方に、同時攻撃をかける可能性を考えたのだ。不利な条件で戦うことになるが、モルザンを失えば退路が断たれる事になり、包囲される危険が生じる。

 しかもヴァルツは歴戦の武将であり、ノヴァルナが今言った言葉の意味の裏も理解していたようであった。興味深そうな目で通信スクリーンの向こうから問い質す。

「モルザンの“防衛”ではなく、“後詰め”と言うか。我が甥っ子は」

 するとノヴァルナは「ふふん」と小気味良さげに小さく笑い、再び意味深な言葉を叔父に告げた。

「ああ。つまり叔父御は、俺の保険代わりというわけさ」

 いずれこれが何を指しているのかは解る事になるのだが、この時はまだ着任して間もない参謀長のテシウス=ラームだけでなく、ササーラやランといった『ホロウシュ』達も、ノヴァルナの傍らで首を傾げていた。

「だが、ヤーベングルツが部隊を分けなかった場合、おぬしの艦隊だけで倍近い敵と戦う事になるが、よいのか?」

 ヴァルツの指摘も正しい。ヤーベングルツ家の戦力は少なくとも二個艦隊。これが分離せずに一団となったまま向かってくれば、ノヴァルナ率いるナグヤ第2宇宙艦隊だけで、対処しなければならなくなる。しかし当のノヴァルナはさらりと応じた。

「おう。取りあえず勝つよりも負けねぇ事を考えりゃあ、何とかなるだろ。それに初っ端から負けてるようじゃ、俺も先が見えてるってもんさ。そん時は、叔父御は自分が生き延びる事だけ考えてくれりゃいい」

 迷いなく言うノヴァルナの言葉を聞き、ヴァルツは「そうか…」と告げて何かに思いを巡らせる目をする。それはおそらく急死した自分の兄、ヒディラスの記憶を追っていたのだろう。そしてしばしの間を置いて視線をノヴァルナに戻すと、深く、大きく頷いた。

「わしもおぬしを、途方もない大うつけと思うていたが―――」

 そう切り出しておいて、ヴァルツは破顔して続ける。

「兄者がおぬしを、次の当主であると頑として譲らなかった気持ちが、ようやく分かった気になったわ。ハッハッハッ…」

 ヴァルツにしてみれば、暗殺という予期せぬ政変で、突然四面楚歌の状況に置かれてしまった甥のノヴァルナに助け船を出したつもりであった。ところがノヴァルナはすでにナグヤの当主として、逆にヤーベングルツ家の寝返りで窮地に陥った、戦力の台所事情が苦しいヴァルツ自身への援護を兼ねた戦略を提示して来たのだ。そうなると猛将ヴァルツをして、ノヴァルナの器量を認めないわけがない。「あてにさせてもらうぞ」と言い残し、ヴァルツは笑顔で通信を終えた。



▶#07につづく
 
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