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第18話:陰と陽と

#09

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 惑星シルスエルタの警察機構は、星系防衛組織でもあった。いわゆる“警察軍”で、これも大規模な正規軍を持たない貴族の荘園惑星では、比較的よくあるケースである。
 六台ものエアロバイク隊からの連絡が一度に途絶えた事を、テロの類いではないかと憂慮したシルスエルタ警察機構が、陸戦型BSIの出動も考慮し始めたその頃、ノヴァルナとノアは伐採材運搬列車を降りて、彼等がいる街―――シルスエルタの首都、バルタルサの工場区画の木工エリアを歩いていた。

 惑星の環境上、シルスエルタでは当然ながら木工業も盛んで、人口構成比の高いアントニア星人の曲線を多用した建築文化と、巨木から切り出した建材の融合は、独特の風合いを持って歓迎されている。
 そのためノヴァルナとノアがいる木工エリアは、言葉から連想する下町の木工所とは違い、巨大な工業プラントのようであった。

 そんな中で、ノヴァルナ・ダン=ウォーダはご機嫌斜めだった。

「…ったくよぉ、デートが台無しじゃねーか!!」

 人の気配が全くしないオートメーション工場の間を歩きながら、ノヴァルナは愚痴をこぼした。何者かに命を狙われているというのに、何を呑気な…と言いたげなノアが諭す。

「ちょっと、もう少し真面目にしてよ」

 ノアからすれば、負傷したノヴァルナの事が気が気ではなかった。早く然るべき医療機関で処置したいのだが、今の状況ではそれもままならない。しかしノヴァルナの方も今の言葉が本音である事は確かだった。

「は!? おまえとのデート以上に、真面目な事なんざあるかよ!」

 そう言い切られてしまうと、ついまんざらでもない表情になるノアだが、慌てて顔を引き締め直して応じる。

「と、とにかく、その肩の傷だけでも、ちゃんと応急処置しないと」

 とは言うものの無人の工場地帯では、その応急処置をする手立ても見つけられそうになかった。そしてそうやって無機質な工場の間を、あてもなく歩いて行くノヴァルナとノアの上空を飛んでいる、羽虫のような超小型の偵察用プローブがある。傭兵のゲーブルがノアの銃撃を受けて一時退避した際、二人を尾行させるために放った、複数のプローブの一つだ。

 自分達を監視しているプローブに気付いたわけではないが、ノアはノヴァルナを振り向いて尋ねた。

「ねぇ、ノヴァルナ。あの男…追って来てると思う?」
 
 ノアの質問にノヴァルナは不敵な笑みを浮かべて答えた。

「たぶんな…」

「他にも仲間がいると思う?」とノア。

「さぁな。だがあの野郎…噂に聞く、イガスター宙域の特殊傭兵に違いねぇ。もっと数がいたなら一辺に襲い掛かられて、今頃は二人仲良く、デートの続きをあの世でしてたはずだぜ」

「つまり、敵はあの二人だけ、ということなの?」

 実際にはジェグズが警官隊に囲まれて自爆したため、残っているのはゲーブルただ一人なのだが、事情を知らないノヴァルナもノアも、敵は二人のままだと思っている。

「ああ。雇い主との連絡係はいるかも知らねぇが、表には出て来ねぇだろうぜ」

 敵は僅か二人とは言え、厄介な事だ―――と、ノヴァルナは胸の内で呟いた。左肩の負傷は、ノアに心配をかけさせまいと我慢してはいるが、ジリジリとした痺れが指先まで広がっていて完全に感覚がない。この状態でノアを守りながら、イガスターの特殊部隊と戦うのは圧倒的に不利だった。

 ノヴァルナも身体能力は人並み以上で、訓練も積んではいるが、どんな敵にも勝利する無敵のスーパーヒーローではない。事実、ムツルー宙域では、アッシナ家のレブゼブ=ハディールを護衛していた、特殊部隊の兵士にかなり苦戦した。またノアも白兵戦を行う事は出来るが、とても特殊部隊を相手にさせる事などできはしない。

「こりゃあ…この星から逃げた方がいいな」

「そうね」

 ノヴァルナの言葉にノアも同意した。惑星の上を逃げ回っていても、相手が相手だけに振り切れるものではないだろう。しかしこの時すでに二人の背後からは、光学迷彩ホログラムを周囲に張り巡らしたゲーブルが、メカニカルアームを背中に折り畳み、周囲の風景に姿を溶け込ませた形で工場の屋根伝いに接近していた。距離にしておよそ二百メートルである。距離的にはライフルで狙撃も可能だが、ノヴァルナとノアはそれを警戒し、通りの両側に並ぶ工場の壁際を、不規則に右へ左へ移動しながら進んでいる。

 ノヴァルナ・ダン=ウォーダは負傷して左腕が利かない。そしてノア姫もいるが…先程のジェグズのような油断さえしなければ、白兵戦でも勝てない状況ではない―――そう判断したゲーブルは、一気に距離を詰めて二人に追いついて行った。それと同時に、二人の上空にいた偵察用プローブに、牽制の襲撃行動を取らせる。プローブに気を取られた隙を突くつもりだ。

 ところが、戦うべき相手がいると分かった場合のノヴァルナの隙の無さは、宇宙でも地上でも抜きん出ていた。急降下して来て、目の前で8の字を描き出した羽虫のようなものが、金属製の煌きを見せた刹那、利かないはずの左腕でノアを抱き寄せ、反射的に道路に体を倒したのである。
 間一髪、ノヴァルナとノアが立ったままであったなら、光学迷彩を解いて屋根から飛び降りたゲーブルが繰り出す二本のメカニカルアームに、二人とも胸板を刺し貫かれていたはずだ。予想を遥かに超えたノヴァルナの反射神経に、「なにっ!!」と驚くゲーブル。

 さらに起き上がりざま、ノヴァルナとノアはハンドブラスターを至近距離から撃つ。しかしゲーブルの反応も尋常ではなく、即座に後方へ飛び退くと、六本すべてのメカニカルアームを体の前面で組み合わせ、盾代わりにしてビームを弾いた。

「ノア!―――」

 銃を撃ち続け、ゲーブルを防御態勢で足止めしたノヴァルナは、ノアに言い放つ。

「先に逃げろ!」

 こういった時のノアは素直だった。それは臆病とかではなく、「いやよ!」などと言って踏みとどまったりすれば、かえってノヴァルナの足を引っ張りかねないという、冷静な判断からである。その代わりノアは駆け出しながら、なにか二人で逃げられる手立てはないものかと、素早く辺りに視線を巡らせた。すると二十メートル程先の工場の壁に、非常口らしき扉がある事に気付く。

「ノヴァルナ!!」

 振り返ってノヴァルナに大声で呼び掛けたノアは、先に扉に走り寄った。扉はロックされていたが、その制御盤にブラスターの銃口を向けて、躊躇いなくトリガーを引く。火花と小さな炎を噴き出して穴が開いた制御盤の奥で、ロックが外れる音がする。扉を力一杯開いたノアは、もう一度振り返ってノヴァルナを呼んだ。

「ノヴァルナ!! この中へ!!!!」

 ノヴァルナはノアを一瞬振り向き、言っている意味を理解すると、銃を撃ちながら後ずさりを始めた。しかしゲーブルも組み合わせたアームで銃撃を弾きつつ前進して来る。とその時、ノヴァルナの銃のエネルギーが尽きた。二度、三度引き金を引くが、全く反応はない。チッ!と舌打ちして銃身を見るノヴァルナ。エネルギーパックを交換しようにも、元はジェグズのハンドブラスターであり、予備のエネルギーパックは同じ傭兵であるゲーブルの、腰のベルトにあるだけだ。

 ノヴァルナの銃のエネルギーが尽きた事に気付いたゲーブルは、足早になり飛び掛かろうとする。空になった銃を投げつけようとしたノヴァルナだが、代わりに背後からノアが銃を放って援護し始めた。不意を突かれて再び防御姿勢になり、足を止めるゲーブル。

「ノヴァルナ! 早く!!」

 ノアの声に促され、ノヴァルナはハンドブラスターを投げつけるのをやめ、ポケットに押し込んで走り出す。銃を撃ち、開けた扉の前で待っていたノアは、ノヴァルナが扉を潜り抜けた直後、立て続けに三度トリガーを引いてゲーブルを釘付けにしておき、自分も扉の中に駆け込んだ。

 扉の内側は広い空間に、無人の巨大な工作機械が整然と並んでおり、美しい曲線に削り出された長さが十メートル近くもある木材が造り出されている。これらは見た目も手触りも木製品そのままだが、分子レベルの加工処理によって、鋼鉄並みの強度を持たされいるのだった。この惑星シルスエルタの特徴的な木造建築は、これらの強化建材によって組み立てられているのである。

 ただ無論、ノヴァルナもノアも工場見学などしている場合ではない。

 閉めた非常用扉から距離を取って振り向き、銃を構えるノアだが、ゲーブルは扉からではなく、その上五メートル以上の高さから、薄い外壁をメカニカルアームで突き破って跳び込んで来た。咄嗟に銃を構え直して撃つノアだが、当たらない。

「ノア!」

 叫んだノヴァルナはノアを抱き寄せ、工作機の間に滑り込む。飛び降りて来たゲーブルがメカニカルアームを突っ込むが、細いパイプを引き裂いて火花を散らせるだけだ。工作機の向こう側へ抜け出たノヴァルナの左手は、再び血に赤く濡れ初めている。ここまでの一連の動きで、ノアが衣服を引き裂いて作った止血の紐が緩んだのだ。それを見てノアは唇を噛むが、今はどうする事も出来ない。工作機械を駆け上がってゲーブルが迫る。

 ノヴァルナとノアにとって厄介なのは、敵のバックパックに取り付けられているメカニカルアームだった。伸ばせば三メートルにもなる金属製のアームが六本、そのすべての先端が鑓のように尖っているとなると、懐に飛び込んでぶん殴る事も不可能である。肩から打ち出していた卍型ナイフは品切れのようだが、このままではデートの続きがあの世になるのは確実だ。突き出されたアームが、咄嗟の回避を行った二人の背後で、工作機械の側面に風穴を開けた。




▶#10につづく
 
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